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夕飯と風呂と


「あーうー……」


 遥歩が家に帰ってくると、リムリーフが居間のテーブルに突っ伏して唸り声を上げていた。

 控えめに表現すると、アレだ。死んだ目をしている。率直に言うとレイプ目。


「…………どしたのコイツ」

「体力を付けたいというのでな」


 特に誰かに問いかけたと言う訳でもないのだが、タイミングよく奥の部屋から顔をだしたアラドラースが答えを返してくる。


「取り敢えず井戸の水汲みと洗濯をさせてみたら、そうなりおった」

「うーあー……」


 今のは肯定の声だろうか。ピクリとも体を動かさず、呻き声だけが返ってくる。


「明日は菜園の手入れでもさせようと思っておったのだが、考え直した方が良いかのう」

「あ、いいですよ。遠慮なく使ってやってください」

「あーうーあー……!」

「そうか。ならばそうしよう」

「あー! あうあうあー!」

「それで、狩の首尾はどうだったね?」

「なんとか、デカい猪を一匹」

「上出来だな。早速捌くとしよう。日は落ちてしまったが、まぁ何とかなろう」


 背後で「あうあう」とやかましい声を上げ続けるリムリーフに構うことなく、二人は外へと出た。

 玄関の軒先にかけてあったランタンを手に取り、アラドラースは家の裏手へと回っていく。


「アダ!」


 未だカードに戻さず待機させておいた狼を呼びつける。アダは直ぐに小走りでこちらに駆け寄ってきた。


「今から猪捌くから、一応傍でついててくれ」


 カード化した時、猪はまだ息があった。大丈夫だとは思うが、万一暴れられたりでもすれば面倒だ。用心しておくに越したことはないだろう。

 アラドラースを追って裏手に行くと、捌くための道具は既に一通り揃えられているらしかった。


「猪を出してくれ」

「あ、はい。えっと、ちょっと見慣れない……魔法? 使いますけど……」

「構わん」


 その物言いに、ひょっとして、と思いつつ遥歩はマギカレクトを取り出した。

 ディスポーサカードにしておいた猪をインスタントホルダーに登録し、呼び出す。光が織り合わさって猪と成っている光景に、アラドラースがポツリと「やはり同じか……」と声を漏らした。


「やっぱり知ってるんですか? この魔法」

「これを"魔法"と呼んでいいのかどうか定かではないがな。同じ光景を、見た事はある」


 遠く懐かしむような眼をして、老人は言葉を紡ぐ。


「随分と昔の話だ。同じ"術"を使う者に、命を助けられた。その容姿と合わせて鑑みるに、お主と同郷のものだろう。オルファから主等を助けたのも、それが理由だ」


 そう言う事かと、遥歩は納得した。幾らなんでも、初対面に人間に対して親切すぎるとは思ったのだ。

 しかし面白い話を聞けた。やはり遥歩以外にも、この世界に連れてこられたPWユーザーが居るらしい。けれど、随分と昔の話? この老人が言うからには、二年とか、三年とかそんな次元の話ではないだろう。PWがサービスを開始したのはいつだったろうか?

 機会があれば、もう少し詳しく話を聞きたいところだ。そう思っていると、アラドラースから渡りに船とも言える提案をされた。


「まぁ、年寄りの自己満足だ。ここを拠点に狩りをしたいなら、好きにすればいい。寝るなら居間を使え。ベッドなどは無いが、雨風が凌げるだけでも大分マシだろう」

「それは有り難いっすね。遠慮なく使わせてもらいます。代わりと言っちゃなんですけど――」

「うむ。儂もあの娘を遠慮なく使わせてもおう」


 そう言い合って、二人はカラカラと笑った。


「さて、猪はまだ生きておるな。手早く血抜きを済ませよう、肉が臭くなる。ロープで後ろ脚を縛ってそこの木の枝に吊るそう。良いか? 血抜きは基本、頭を下にして行う」

「うっす」


 そこから先の作業は、まぁ何というか、いい経験になったと思う。



     ☆



 悪戦苦闘しながら(途中からは見かねたアラドラースが殆どやってしまったが)捌いた肉は、今日食べてしまう分を除き、全て燻製にする事になった。

 離れの小屋に切り分けた猪の肉を括って吊るし、下から煙で一晩ほども燻せば、それなりに保存が効く様になるらしい。

 夕飯は鍋だった。牡丹鍋と言えば味噌だろうが、生憎と異世界にそんなものは無い。代わりに、良く分らない香辛料で味付けされており、ピリリとした辛みがあった。これはこれで悪くない。と言うか、素直に美味しかった。


 驚いたことに風呂も用意されていた。昼間、リムリーフが二時間程もかけてえっちらおっちらと風呂桶に水を運んでいたらしい。一番風呂は自分だと強硬に主張し、威嚇までしてきたので大人しく譲ることにした。

 数日ぶりの風呂は、生き返る思いだった。トリトンの街で止まった宿には風呂が付いておらず、濡れタオルで体を拭くだけで済ませていたのだが、それではやはり汗は取れても疲れは取れない。

 歩き詰めで筋張った筋肉が、湯船の中で解れていくのがハッキリと実感できた。何物にも得難い快感だ。

 ちなみに風呂の湯は魔法で沸かせるようになっているそうだ。キッチンのコンロもだ。家にくっ付いて生えている木から大樹のマナが引けるようになっており、見た目に反して割とハイテクな造りになっているらしい。全てアラドラースのお手製との事。流石は魔法使いの生き残りと言ったところか。


 食事も風呂終われば、後は寝るだけだ。娯楽が無ければ、人の生活は自然と規則正しくなる。ならざるを得ない。ゲームもネットも無い真っ暗闇の中で、時間だけを潰せと言うのが土台無理な話だ。

 ランタンの灯を消し、居間の床でリムリーフと二人並んで外套を布団代わりに引っ被る。

 疲労からだろう、眠気はすぐに訪れたのだが、それを迎え入れる前に、横からポツリと呟きが聞こえた。


「狩り、大変だった?」

「え? ああ、そりゃあまぁ……。見つかるまでがね。ずっと、休みなく歩き詰めだったし……」

「明日も狩りに行くの?」

「明日は、どうだろ。ちょっと確認しときたい事とか色々あるし……」


 今まで幾つかのカードを使ってき実感したが、現実で及ぼされる効果や呼び出されるユニットの細かい特徴は、やはり一度使ってみないことには分らない。アダがいい例だ。何の特殊能力も持っていない"バニラ"のユニットだが、狩猟を行う上で、今のところアイツ以上に相棒として最適なユニットは居ない。

 カードに表記されている能力は、あくまでカードゲームに落とし込むためにデフォルメされたものだ。恐らく、アテにし過ぎると痛い目を見るだろう。

 なので明日一日使って、一度手持ちのカードを全て確認しておこうと思っていた。


「次に狩猟に出るとしたら、明後日かな」

「それにはやっぱり、私も着いていくの、無理?」

「それは……」


 言葉に詰まった。けれど、是非は決まり切っていて、検討しようの無いものだった。


「厳しい、かな」

「そう……」


 ゴソリと、寝返りを打つ音が聞こえた。


「私、何も出来てないわ。森に入ろうって、私が言ったことなのに」


 それっきり暫く、沈黙が訪れる。

 どう言葉をかけるべきなのだろう? 慰めは、違う気がした。慰めは、上の立場の者が掛けるべき言葉だろう? けれど遥歩は違う。だって、遥歩は助けられている。彼女に、多くの事を。今だってまだ、右も左もわからない状態で、一人ほっぽり出されて上手くやっていく自信など欠片も無い。だから、そうだ。もっと助けてくれないと困るから。

 遥歩はその通りに、要求を突き付けた。


「風呂、また入りたいな」

「え?」

「狩から、帰ってきた後に。風呂ぐらいは入れないとさ、正直やってらんないし」

「…………あれ、すっごい大変なのよ? 井戸から水汲んで、何往復もしてさ」


 リムリーフの声が不服げで、けれど少し熱がこもったものに変わった。


「体力付いていいだろ」

「簡単に言わないでよ」


 左の脛を蹴飛ばされた。昼間よりも力が入っていて、少し痛い。


「暫く、この森で狩りを続けようと思ってるんだ。アラドラースは、ここ、好きに使っていいって言ってるし」

「うん。私も言われた」

「金を稼ぐ以外にも、この森で一つ目的が出来てさ。それが、結構時間かかりそうだし。十日やそこらじゃ、多分終わらないと思う。だから、そうだな……」


 僅かに、間をおいて。


「二週間後に、また二人で森に入ろう。一人ってさ、結構おっかないんだよな。森の中」

「…………うん」


 口にした要求が無事に通った事に、静かに安堵する。途端、今まで塞き止めていた眠気に一気に襲われ、遥歩は大きく欠伸を浮かべた。


「そろそろ、寝る……。流石に、疲れたし……」


 安心して眠くなるとかガキかよ、と思わなくもないが、仕方が無い。実際彼はそれだけこの少女を頼りにしている訳で。


「ん。……おやすみ、アユム」

「おやすみ…………リム」


 流れの中でなら、彼女を愛称で呼ぶことだって、もう出来る。二回目ともなれば、尚更だった。


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