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マッドドッグ

「な、なんだ……?」


 遥歩は目を白黒させながら、体を起こして前方を見つめた。

 何かが上から落ちてきた。それは分る。だが、何処に? そんなもの、影も形も――いや、なにか空気が揺らめいて……景色が歪んでいる?


「ッ!?」


 土が跳ねた。見えない何かが、地面を駆けたのだと理解できた。風を切る音が聞こえる。もう直ぐ傍まで来ている!?

 そう気づいた瞬間、横合いからアダが飛び込んできた。目の前でアダと何かが衝突し、ゴロゴロと地面を転がる気配を感じる。さらに山猫(リンクス)が追い討ちをかけて尾を振るったが、それは敢え無く空を切った。


――フギャウ!


 威嚇の声を上げながら、山猫は尚も見えない敵を追い縋る。しかし様子を伺う限り、敵はかなり身軽で素早いようだ。縦横無尽に大地を跳ね、更には木々を駆け上がって追撃を駆けているようだが、捉えられない。

 やがて相手を見失ったのだろう。山猫は尻尾の鉤爪を幹に引っ掛けてぶら下がり、きょろきょろと周りを見まわしている。


「冗談じゃないぞ、この敵……。プレデターかよ」


 姿が見えないので相手のサイズなどは分らないが、最初に落ちてきた際の衝撃音を考える限り、それなりの大きさを持った魔獣だろう。自分が攻撃を受けた場合、一撃で終わりだと考えた方がいい。

 時折枝葉の揺れる音が聞こえるので、敵はまだ近くにいるのだろうが、遥歩では相手がどこにいるのか皆目見当も付かない。山猫も同様。となれば、頼りになるのはアダだ。

 鼻が利くためだろう。唯一、傍の狼だけは、明確に相手の居場所を捉えてしきりに首を動かしている。ただ、アダでは樹上の魔獣に対して攻撃はできない。コイツは、"目"として使うと割り切ろう。


 まともにやり合って分が悪いならどうするか。ブラフを仕掛ける。これも、TCGの常套手段だ。


「召喚――『穂先蜂』」


 きょろきょろと辺りを警戒するフリ(・・)をしながら、遥歩は新たにユニットを召喚した。拳大の大きさの蜂が四匹、遥歩の周囲を回って飛び交う。

 遥歩自身は敵の姿を追わない。けれど、視界の端にアダの首の動きだけは必ず入れておく。そうして、怯えた様子を装いながら、遥歩はジリジリと狼から離れる様に後退する。

 それに気づいたアダが後について来ようとしたが、相手に気付かれないよう小さく手で制した。此方の意図を察したらしく、その歩みがピタリ止まる。昨日から思っていたことだが、やはりコイツは頭が良い。カード表記上は何の特殊能力も持っていないが、その点は明確にアダの利点、能力だ。


 ジリジリ、ジリジリ。不自然じゃない程度にゆっくりと、摺り足で。

 そら、一番弱くてトロそうな奴が孤立してるぞ。狙い目だろう? どうした、来いよ。つーか早く来てください、膝がガクガク言ってるんです。

 瞬間――。バッとアダが遥歩の頭上を仰ぎ、小さく吠えた。来た!


「ッ――穂先蜂!!」


 全力で横っ飛びしながら、頭上を指さし叫ぶ。全四匹の毒針一斉掃射。うち二つが空中で見えない壁にぶち当たったように弾かれ、一つが突き刺さる。

 手応えあり! けれどまだだ。地面を転がりながらもすぐさま起き上り、手に持ったマギカを突き付ける。

 狙うは当然敵の落下地点。の、下。地面だ。


「フラッシュ――『ブレイズ』!!」


 撃ち出された火球は、地面に着弾すると同時に炎を噴き上げ、そして土煙を巻き上げる。

 熱にあおられ、敵はギィギィと金属をこすり合わせたような悲鳴を上げた。それなりのダメージを与えたらしいが、重要なのはそこじゃない。巻き上がった土煙が相手の体に纏わり付き、今まで見えなかった敵の姿が、ハッキリと目視出来た。

 まさに千載一遇のチャンスだった。追撃? するかよバカ。


「リンクス、足止めを頼む!! いいか、足止めでいいからな!? 逃げるぞアダ!!」


 木の幹を蹴り、クルクルと回転しながら襲い掛かる山猫を尻目に、遥歩は一心不乱に森の奥へと逃走した。



     ☆



 走って、走って。走り続けて。これ以上は酸欠で倒れるというところをさらに二、三歩突き抜けてから、遥歩はようやく足を止めた。そのまま崩れ落ちるようにして膝をつく。

 頭がクラクラする。耳鳴りが酷い。ああ違う、これは自分の呼吸の音か。上手く息が吸えず、ヒュウヒュウと笛のような音をたてている。


「ァッ――ゲホ、ゲホ、ゲホ!!」


 アダの名前を呼ぼうとして、大きく咳き込んだ。

 駄目だ、コレは。色々と、限界だ。疲労に震える手足を如何にかこうにか引き摺って這い進み、近場の木の幹にぐったりともたれ掛る。

 そのまま、二分か、三分か。喘ぐ様な呼吸をひたすら繰り返して、遥歩はようやく喋れるようになった。


「アダ……敵は、追って来てないんだよな……?」


 問いかけに、狼は小さな吠え声で答えた。

 いや、分らんけど。まぁ大丈夫なのだろう、多分。ニュアンスは何となくわかった。まぁ、今こうして無事でいることが何よりの答えな気もするが。今襲われればロクな抵抗もできずに殺されるだけだ。


「リンクスは……ああ、まだ生きてるな……」


 マギカで山猫のカード状態を確認し、ホッと息をつく。

 数少ないアンコモンのユニットカードだ。無駄に死なせて休息時間を長引かせたくはない。同じアンコモンカードである蟻の砂軍(サンドマーチャント)は、狩りに出る前に確認したところ、復活まで六日かかると表示されていた。正直、手持ちカードが少ないこの状態ではかなりキツイ。


 山猫の召喚状態を解除し、遥歩はもう一度だけ大きく息をついた。


「見えないとか、何だよ……。反則だろアレ……」


 あのまま戦っていれば倒せる可能性もあったとは思うが、相手の姿形も、大きさも不明なのだ。先のドラゴン戦での失敗もある。勢いに任せた博打は、二度とごめんだった。

 せめてもう少し敵の情報があれば別だが……。と考えて、ふと思い出した。

 ダイバーカレント。確かあれは、討伐対象となっている危険度の高い魔獣の情報も見れたはずだ。


「えっと……"枝"を地面に刺せば、通信? 出来るんだっけか」


 マギカの背表紙から"枝"を抜き取り、地面に突き刺す。起動キーは確か……。


「ダイバーコール」


 ダイバーカレントが淡い光を放ち、空中に画面が浮かび上がる。

 受付の親父は「適当に弄れば大体理解できる」と言っていたが、なるほど確かに作りは非常にシンプルだ。本当に必要な情報しか表示されていない。

 取り敢えずメニューの中から『賞金首(マッドドッグ)』のボタンをタッチする。すると、討伐対象となっている魔獣の名前と討伐金、それから簡単な特徴がずらっと画面に並んだ。どうやら現在地周辺に生息する討伐モンスターのみを、自動的にピックアップしてくれているらしい。

 画面をスクロールしてざっと情報を流し見る。


「――いた、コイツだ。不可視の魔獣『アリゾン・エブル』」


 記憶にある名前だ。と言うより、ゲームのPW(ペンタグラムウェイ)ではユニットカードとして所持していた。黄のアンコモンで、サイズは確か4/3。カードに描かれていた姿も、覚えている。


「……欲しいな、コイツ」


 見えない魔獣。レアカードでは無いが、コイツを従えられれば、この先ずっと楽になる。

 コイツだけじゃない。他の討伐モンスターも、危険な魔獣と言う事はレアリティもそれなりだろう。この中に、レアカードのユニットが居る可能性もある。


「アダ。アイツの匂い、覚えてるか?」


 グルルと唸り声が返ってくる。OK。ニュアンスの理解は完璧だ。


「狩っていくぞ、コイツ等。一匹ずつ」


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