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奇襲と強襲


 当然の事だが、獲物の追跡はアダ任せだった。

 岩跳び鹿はカードに戻しているので、今はアダと遥歩の二人のみだ。追跡している獲物に少しでも気付かれない様にと考えての事だ。


 忙しなく首を動かし、地面の匂いを嗅ぎ。草も茂みもなんのそのと進んでいく狼の後ろ姿を見失わないよう、必死の思いでついていく。

 ゼェゼェと荒い自分の息が煩わしい。額の汗を拭う手間さえ億劫だ。

 手には人攫いの猟師小屋で拝借してきたナイフが一本。それで草やら蔦やらを払いながら進んでいるのだが、小振りなナイフではやはりどうにも頼りない。身一つで森を進むのならば、せめて鉈ぐらいは必要だと痛感した。

 昨日の道中の、なんと楽な道のりだったことだろう。そりゃあウィバラサイに整地させながら進んでいたのだから当然だ。今だから言えるが、あんなもんは森を歩いたとは言わない。レールの上をゆったりと走るゴンドラに乗りながら夢の国に浸る、千葉県某市のテーマパークとどっこいどっこいだ。

 何が「綺麗だ……」だよ、アトラクション気分かよ死ねよ。


 際限なく湧き出る悪態をグチグチと呟きながら、とにかく足を前へ前へ。一度立ち止まったら終わりだと思えた。立ち止まって、一息ついて、それからもう一度進もうと思えるかどうか、正直自信が無い。リムリーフの事を言えた義理じゃない。遥歩だって、インドア派の現代っ子だ。体力に自信がある訳も無かった。

 何より、終わりが見えないのがキツイ。この歩みには、明確なゴールが無い。獲物が見つかるか、もしくは諦めるまで、歩き続けなければならない。

 獲物には近づいているのか、どうなのか。聞けたらどんなに楽だろう。けれど生憎、先を進む狼の言葉は遥歩にはわからない。

 ただ、時折こちらを振り返る狼の顔が、どことなく此方をバカにしているような気がして仕方なかった。チラチラとこちらを見てくるくせに、その歩みには容赦が無い。此方が付いてこれるギリギリ速度で、距離で、休みなく進んでいる。ひょっとして今朝尻尾を踏んづけたことをまだ根に持って居るのだろうか。だとすれば大した陰険さだ。


「犬っころの……くせに……ッ」


 まぁ逆恨みだという自覚はあったが、吐き捨てずには居られなかった。むしろ、それを原動力に足を動かす。疲労を誤魔化す足しになるのなら、何だっていい。あの狼の憎たらしい顔が、ある意味では蜘蛛の糸だった。いつ切れるか分かったものじゃないが。


 それからどれだけ歩いただろうか。不意に、前方を行くアダが立ち止まった。今までも一瞬立ち止まって辺りを見回すことはあったが、それとは様子が違う。此方を振り返り、じっと動かずに見つめ続けてくる。

 なにか見つけたのか? そう思い至った途端、現金な事だが足が軽くなった。

 逸る気持ちを抑えて、できるだけ物音を立てない様にアダの元へ。立ち止まった理由はすぐに分った。動物の糞と、足跡だ。遥歩にも判別が付くほどに新しい。


「……近いのか?」


 返答の代わりに、アダはまた進みだした。ただし今までよりもずっと静かで、ゆっくりだ。遥歩も同じく慎重な足取りで付いていく。

 そうしてしばらく、ガサガサと草を踏み分ける音が、遥歩の耳にも聞こえてきた。その音だけでも、獲物がかなりの体躯を持っていることが予想できる。

 姿勢をさらに低く、這うように進んで、茂みの隙間から音のする方をそっと覗き見る。

 居た、長い牙を持った猪だ。全長はアダと同じぐらいだが、丸々とした体躯で横幅が倍以上違う。サイズは3/3ってところかな、と当たりを付けた。


「お前だけじゃ、やっぱ仕留めるのは厳しそうか?」


 問いかけに、狼は伏せたまま小さく唸った。多分、肯定だろう。隙間からもう一度眺めると、猪は地面を穿り返しながら何かを貪っているらしい。キノコか何かだろうか。そちらもついでに獲って帰ってもいいかもしれないが、先ずは猪だ。あの様子なら、まだしばらくは食事を続けているだろう。

 遥歩はポケットからマギカを取り出し、手札を確認する。デッキは特に変更していない。アラドラースの住処で組み直そうとすると、召喚済みのユニットを一度カードに戻すように求められたからだ。カードに戻すと、コモンのユニットカードは半日休息状態になる。獲物の追跡に必要なアダを失うわけにはいかなかった。まぁ残りのカードでも、猪を狩るぐらいなら十分に出来る。


 現状の手札は先ずフラッシュカードが二枚。『リヴィエル』と『ブレイズ』だ。

 『リヴィエル』は飛行能力を付与するフラッシュカードなので、今は必要ない。現実でどう飛行能力を付与するのか気になるところだが、それはまた後日試せばいいだろう。

 『ブレイズ』を奇襲で一発ぶち込んで後はアダに任せれば簡単に済みそうだが、剥いだ毛皮を売ることを考えれば、これもあまり使いたくなかった。逃がさない為の牽制用に取っておくべきか。


 次にユニットカード。手札には三枚ある。

 まず『穂先蜂』。ゲームプレイ時にもお世話になったユニットで、個人的には大好きなカードだ。サイズは0/2だが、特殊能力で二点の火力ダメージを与えることが出来る。イラストから予測するに、毒針を飛ばしているらしい。ただ、今回の獲物は食べるためのものだ。毒が回った肉を食べるのはやはり危険だろう。

 『屋敷蜘蛛』は、対象ユニットの行動を阻害する能力を持った、2/4ユニットだ。今回の場合にはうってつけとも言えるユニットかもしれない。ただ、その、なんだ。蜘蛛である。しかもかなりデカイッぽい。…………今回は保留しよう。

 というわけで、遥歩は残った一体のユニットを使うことにした。『ヴァンガード・リンクス』。2/2だが、奇襲と追撃の特殊能力持ちだ。アンコモンカードなのでちょっと勿体無い気もするが、出し渋ってもあまり意味は無いだろう。


「よし……仕掛けよう。アダ、お前は反対側に回り込んで襲い掛かれ。タイミングはそっちで決めていい。俺の方で合わせて動く」


 指示を出すと、アダは素早く木々の向こうに消えていった。

 そのまま、片膝をついてじっと待つ。大丈夫、危険は無い筈だ。楽観視しているわけではない。戦うのはあくまでアダとリンクスだし、万が一猪が二匹の包囲を抜けて此方に襲い掛かってきても、『ブレイズ』が手札に残っている。


――だから少しは落ち着けよ、心臓バクバク言ってんじゃねぇか……。


 頭の中で自分に言い聞かせ、舌の根元を奥歯で軽く噛む。昔からの癖だ。緊張した時や、TCG対戦中の山場など、無意識に舌や内頬を噛みしめてしまう。お陰で何度も口内炎になったものだ。

 というか、こんなもの山場でも何でもないだろうに。相手は3/3のユニット一体だ。ビビる要素何てどこにも――


「ッ……!」


 視線の先で、茂みから飛び出すアダの姿が見えた。

 考えるより先に体が動く。アダは一瞬で猪に飛び掛かりその首筋に噛みついていたが、やはり分厚い毛皮に阻まれて人間のように噛み千切ると言う訳にはいかないらしい。

 金切り声を上げながら滅茶苦茶に暴れ回る猪に、噛み付いていたアダもたまらず口を外した。


「召喚――『ヴァンガード・リンクス』!!」


 けれど逃がさない。召喚された山猫(リンクス)は、形となるよりも早く、光の粒子のまま森を駆けていた。

 一歩。足が形作られた。鋭い爪で切り裂く様に大地を蹴り、いっそうその身が加速する。

 二歩、三歩。体と頭が形作られた。赤茶けた毛並みに混じり、ところどころ乾いた溶岩の様な外殻が、瘡蓋の様に体中に点在していた。

 四歩目と同時に、山猫が跳ねる。そのままクルリと宙返りをしながら、二股に分かれた長い尾が形作られた。二本の尾は全体が外殻に覆われており、その先には鷲を思わせる長い鉤爪の様なものが三本生えている。

 山猫は回転の勢いをそのままに、その二本の尾で猪の頭部を打ち据えた。


 衝撃に、逃げ出そうとしていた猪の体がグラつく。その隙を逃さず、アダが再度飛びついて後ろ足に噛みついた。

 ゴキリと、骨が砕ける嫌な音が響いた。足を引きずり猪は尚も前に進むが、その頭部を横から山猫の尾に叩かれ、ついに地面に倒れる。

 そうしてから、アダと山猫もう一本ずつ足を噛み折られ、猪はついに地面でもがく事しか出来なくなった。


 それを見届けてから、遥歩は大きく息をついた。


「……もうそこまででいい」


 二体の魔獣に声をかけ、猪に近づいていく。

 うろ覚えの知識ではあるが、血抜きするならば心臓が動いている方が都合が良かった筈だ。息がある内にカード化してしまった方がいいだろう。


「アダ、暴れないように首を抑えててくれ」


 アダが首に噛みつき、猪の上にのしかかる。

 まだ暴れる力は残っているようだったが、この状態なら遥歩が触れても問題ないだろう。特殊能力も無さそうな3/3のユニット一匹生け捕りにするだけでこの手間だ。この先の事を考えると、やはり憂鬱にならざるを得ない。


 ドラゴンの時と違い、カード化はすぐに終わった。生け捕りにしたため、『ユニット』か『ディスポーサ』かの選択が表示されたので、『ディスポーサ』を選択する。


「はぁ……。何とか、日が落ちる前に片付いた」


 溜息と共に、木々の隙間から空を見上げる。太陽はだいぶ傾いているが、それでもまだ日没まで一時間以上はあるだろう。ここまでだいぶ歩いたものの、それは獲物を追跡しながらの事だ。直線距離なら、暗くなる前に戻れるかもしれない。そう思っていたところで。不意に、太陽が欠けた。


「うげっ!?」


 異変に気付くと同時に、横からの衝撃に襲われた。

 やられたのかと思ったが、違う。遥歩を突き飛ばしたのは、横に控えていた山猫の尾だった。

 一瞬遅れて、先程まで遥歩が居た場所から、ズシンと重たい衝撃音が響き渡った。


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