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幽囚の繭


蓮華晶(ロータス)が何のため生み出されるか、知っておるかね?」


 歩きながらふと、アラドラースが問い掛けてきた。

 リムリーフの方を見やると小さく首を振って来たので、彼女も知らないらしい。


「オルファの奴はな、元は単なるトカゲだ。少々デカくはあったがあれほどじゃあない。それがある日、蓮華晶を食ってああなった」

「守護者……って言ってましたっけ?」

「そうだ、守護者だ。蓮華晶は大樹の守護者を生み出す」


 遥歩の言葉に、アラドラースは満足そうに頷いた。


「トカゲを竜に。蛇をヒュドラに。鷲をグリフォンに。獣を幻想に昇華させ、大樹を守らせる。しかし、それで終わりではない。先が有る」

「先?」


 リムリーフが首を傾げる。

 ただ遥歩には何となく、その意味の予想が付いた。おそらく今向かっている先、高い木々の頭をさらに超えて覗いているモノが、その答えなのだろう。


「守護者――幻獣にも寿命がある。大体五百年程だ。案外短いだろう?」

「いや、基準がデタラメ過ぎて感覚が分かん無いっす」

「同じく」

「そうかね? しかしまぁ強力な魔獣ならば、それ以上に生きるものは幾らでもおる。しかし幻獣は一律そんなものだ。そうして務めを終えた幻獣はどうなるのか? ――こうなる」


 視界が開けた。

 深い森の奥だというのに、そこだけ木々が避ける様にしてポッカリと空いた場所に、それは存在していた。


「幻獣の成れの果て。幽囚の繭だ」


 言葉の通り、それは光輝く巨大な繭だった。

 包んでいるのはおそらく幽華と同じ、結晶化したマナなのだろう。細く細く、捩れて編まれた蚕の糸の様な結晶が幾重にも巻き付き、絡まり、その繭を形成していた。


「先代の幻獣が繭となって、もう十年程になるか。あと数ヵ月もしない内に、芽吹くであろう」

「芽吹く?」

「大樹だよ。幻獣はな、大樹の種子なのだ」

「この繭から、大樹が……?」


 目を見開いて呆けたような声で、リムリーフが呟いた。


「ていうか、ダイバーの自伝小説読んでたんだろ? それにはこういうことって書かれてなかったの?」

「あの本には、主人公凄い、主人公強い、主人公賢い、主人公モテモテってことしか書いてないわ」

「……全部?」

「三十二巻全部」

「…………それ面白いの?」

「すごく」


 即答された。


「その小説と言うのは、スワンプ・ボトムレスのモノかね?」

「あ、そうそう、それです」

「読んだことあるんすか……」

「私の様な惰性で生きる者にとって、退屈というのは余程の難敵でな。そう言うモノに手を出すこともある。まぁ中々に興味深い内容だった。数十体の魔獣との戦闘を『ドグラッシャーン!!』の効果音一つで済ませたシーンは衝撃的ですらあったな」

「そ、そうっすか……」

「今も物置を漁れば、どこぞから出てくると思うが」

「アユム、有るってよ。読めるってよアユム」

「いや、いい。遠慮しとく」


 こちらの袖を摘まんでクイクイ引っ張ってくるリムリーフに対し、遥歩は断固とした態度で拒絶を示した。


「話が逸れたな。ともあれ、オルファが神経質になっている理由がわかったろう。大人しく魔獣の毛皮でも剥ぐことだ」

「毛皮ねぇ……」


 呟きながら、ちらりとリムリーフに目を向ける。


「獣の捌き方って知ってる?」

「知んない」


 ですよねー。分り切った回答に溜息も出なかった。


「それでよくダイバーになろうなどと思ったものだ……」

「金も仕事も無かったもんで……」


 呆れを多分に含んだアラドラースの声に、流石に気恥ずかしくなって目を逸らす。

 リムリーフの口車に乗せられてしまったものの、やはりまっとうに街で仕事を探すべきだったろうか。戸籍も無い状態で仕事が見つかるかどうかは分らなかったが、皆無という事は無いだろう。まぁ今更思っても仕方が無いことではあるが。

 有り金は森に潜るための準備で殆ど消えてしまった。ここで稼げなければ、先は無い。


「…………久方ぶりに肉が食べたいな」


 呆れ交じりの声音はそのままに、ポツリとアラドラースが呟いた。

 え? とリムリーフと二人、同時に聞き返す。


「今日中に少なくとも一匹、なんぞ捕えて連れて来い。理想は、猪か鹿だな。持って来れば、対価代わりに捌き方ぐらいなら教えよう」



     ☆



 繭のあった場所からさらに一時間ほど歩いた所に、アラドラースの住処はあった。

 一際幹が太く大きな木を柱代わりにして建てられた家は粗雑な造りではあったものの、それがむしろ隠れ家じみた味があり中々に心を擽られる。後から何度か建て増ししたのだろう、横にいくつかの小部屋が継ぎ接ぎの様にくっついていた。

 家の周りの木々や草はある程度刈り込まれており、物干し台や井戸、そして小さな菜園もある。家の端っこに置かれている巨大な木桶はひょっとすると風呂だろうか? 割かし悠々自適な暮らしをしている様が伺えた。


 「茶ぐらいならご馳走する」とアラドラースは言っていたものの、今は悠長に呑んでいる暇はないので遥歩は丁重に断っていた。

 日が昇り切ってから、既に二時間ほど経っている。日が落ちるまでの時間を考えれば、リミットは四時間程か。直ぐにでも出るべきだろう。


「なぁ、この場所ってマップに記録できたりすんの?」


 グッタリと居間のテーブルに突っ伏していたリムリーフが、顔だけをこちらに向けた。


「……もう出るの?」

「素人だし、獲物一匹見つけるのにもどれだけ時間が掛かるのか分らない。まぁ、アダが居るから何とかなるとは思うけど」


 他のユニットはカードに戻したものの、アダとトビは幸いな事に召喚したままだった。

 狼の追跡能力には期待できるだろう。


「…………あとちょっとだけ休けぃ」

「いやついて来なくていいから。邪魔だから」


 こちらの脛を蹴飛ばしてくる足は、やはりまったく力が無かった。


「…………貸して」


 不貞腐れた顔でそう呟くと、リムリーフはこちらの手からマギカレクトを受け取ってのそのそと起き上がった。そのまま家の外まで行くと、マギカの"枝"をプスリと地面に突き刺すしてマップを起動する。

 空中に浮かび上がった地図にリムリーフは何度か指を走らせたかと思うと、直ぐにパタンとマギカを閉じた。


「はい。四角マークで表示されるようにしといたから」

「サンキュ、助かる」

「別に……誰でも出来るし……」


 俯きがちに発せられたその言葉は、いつになく元気が無いように感じられた。


「ひょっとしてヘコんでる?」

「そッ――……そう言う事、そんなハッキリ聞いてくる?」

「聞ける相手にはね」


 眉間に皺を寄せた顔に肩を竦めて返すと、リムリーフは毒気が抜かれたような表情で言葉を詰まらせた。


「…………体力、つける」


 実際のところ。この世界に来てから、遥歩はこの少女に多くを助けられている。彼一人だったなら、未だに街にもたどり着けずウロウロと猟師小屋の周りをうろついている可能性だってあった。それを思えば、今日少々彼女に足を引っ張られたところで、まだお釣りはいくらでも出るだろう。

 けれど今この場で、そのことを伝えるのは無粋に思えた。

 だから彼女の言葉に小さく苦笑を返して、遥歩は頷いた。


「む。出るのかね」


 と、玄関からアラドラースが顔を覗かせて問いかけてきた。


「あ、はい。あんま時間もないんで」

「ならば血抜きの仕方だけでも教えておこう。少し待っていなさい」

「あー……いや、それは大丈夫です」


 直ぐに奥へと引っ込もうとしたアラドラースに待ったをかける。


「俺、仕留めた時の状態のまま獲物持って帰れるんで。血抜きは帰ってからで」

「ふむ、そうか……そうだな」


 もっと追及が有るかと思ったのだが、存外あっさりとアラドラースは納得して頷いた。

 その事を少々疑問に思ったものの、まぁいいかと遥歩はアダを伴い、森へと入っていった。


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