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愚かな賢者

 目を瞑って、死を待って。そのまま十秒ほども待ち惚けしてから、あれオカシイぞと遥歩はようやく気付いた。

 おっかなびっくり目を開く。その視界に飛び込んできたのは、幾重にも編み込まれるようにして絡まり、壁となった木の蔓だった。


「止めよオルファ。そこまでだ」


 しゃがれた声と共に、シャンと鈴のような音が鳴り響く。

 すると蔓の壁は瞬く間に解けていき、シュルシュルと地面の中に引っ込んでいった。壁の直ぐ向こうでは今だドラゴンが牙を剥いて鼻を此方に突き付けており、流石にギョッとする。ただ、ドラゴンの方はもう争うつもりはないらしい。やや不機嫌そうではあったものの、一つ大きく鼻息を鳴らすと、もはや興味は無いとばかりに顔を他所へ向けた。

 不思議な事に、その顔はどこか不貞腐れている様にも映った。


「随分と手玉に取られたものだな。お前はすぐに熱くなる」


 再度、背後から声が上がる。

 声の主はゆっくりとした足取りで遥歩の横を通り過ぎると、呆れたように溜息を付いてドラゴンを見上げた。

 それは、くたびれたローブに身を包んだ老人のように見えた。目深に被ったフードにより顔は窺えなかったものの、杖を手に背中を丸めて億劫そうに佇むその姿は、積み上げた年季の重さを否応なく感じさせる。ただよくよく見てみると肩幅は割かし広く、ローブの下にガッチリとした体格を隠しているようにも見えた。背もそれほど低くない。背中を丸めているため分りにくいが、背筋を伸ばせば遥歩よりも若干高いだろう。


「アユム!」


 今度の声は、聞き覚えのあるものだった。パタパタと近寄ってくる足音に振り返ると案の定、リムリーフが小走りに此方へ向かってきていた。後ろにはアダとトビの姿もある。

 リムリーフは遥歩の眼前で立ち止まると、腰を屈めてシゲシゲと此方を眺めてきた。


「……なんだ、割と平気そうね」

「いや、平気じゃない。落ちたし。背中痛いし。死にかけた。死んだかと思った」

「知らないわよ。調子に乗ってカッコ付けようとしたからでしょ。先に逃げろとか、バカじゃない?」

「いや、実際邪魔だったし。何で転ぶの? アホなの?」


 ゲシッ、と太腿を蹴飛ばされた。対して力も入っていなかったので、痛くは無かったが。

 と言うか、改めてみればリムリーフは中々に酷い有様をしていた。顔は土で汚れ、長い髪はボサボサに乱れてあちこちに小枝やら葉やらが引っかかっている。転んだ時に擦りむいたのだろう膝からは血が滲んでいた。目尻が若干赤く腫れている件については、間違っても突っ込んではいけないのだろう。


「葉っぱ。髪付いてるから払ったら?」

「え、ウソ」


 なので、当たり障りのない部分を突っ込んで気付かないふりをした。

 ワシャワシャと髪を払い出したリムリーフを横目に、ゆっくりと立ち上がる。背中はまだ痛むものの耐えられない程ではない。多分、骨にも異常は無さそうだ。結構な高さから落ちたと思うのだが、ブレスによって焼き尽くされた木々の灰が、クッションにでもなってくれたのだろう。お陰で服は灰塗れだが。


「それで、あの人は?」

「え、さぁ? 私もさっき会ったばかりだし」


 知らない人についてっちゃいけませんと教わらなかったのだろうか、この自称良いとこのお嬢様は。あと、まだ後ろに葉っぱが付いている。気付いてないようなので、仕方なく指でつまんで捨てた。

 まぁ、老人は遥歩の命を救ってくれたようなので、悪い人ではないのだろう。見ればドラゴンの足先を杖でコツコツと突きながら、なおも小言を続けているようだった。

 うん、ホントに何者?


「あと、ブレスは控えろと言っておいたろう。あちこち燻っておるじゃあないか」


 ガツガツガツと、徐々に突く力が強くなっている。ドラゴンが鬱陶しそうに唸って足踏みした。と言うか、ローブから覗いているあの手――


「……緑色?」

「オルグよ、多分。実物に会えるなんて思わなかったわ……」


 オルグ? と言う問いかけは、いい加減耐えかねた様なドラゴンの咆哮に掻き消された。


「文句があるなら、残り火をしっかり踏み消して来い。火事にでもなられてはたまらん」


 最後に捨て台詞の様な唸りを一つ残して、ドラゴンは飛び立っていった。かと思えば、いくらも飛ばないうちに再度森の中に降り立つと、ズシンズシンと地面を踏み鳴らす様な音が聞こえてくる。

 ああ、ホントに踏み消してんだ、あのドラゴン。意外と素直な性格をしているらしい。


「さて、そこな探索者達よ」

「あ、はぃ――」


 と返事をしようとして。此方を向いてフードを脱いだその顔に、声が詰まった。

 その顔はやはり、手と同じく深い緑色をしていた。しかしそれだけではない。顔のいたるところに醜く大きな疣ができており、そこから更に植物の芽が生えている。疣はおそらく、体中に広がっているのだろう。よく見ればローブの袖や襟元からも、植物の蔓が覗いている。その姿は、控えめに言ってもバケモノにしか見え、


「ちょっと……」


 リムリーフに脇腹を小突かれ、ハッと我に返る。


「す、すいません……」

「構わんよ、予想していた反応だ。むしろ悲鳴を上げられなかっただけマシと言える」

「あ、そ、そうっすか……?」


 なんか、ホント。割と気の良さそうな人だ……。見た目とのギャップに少々戸惑う。


「茶ぐらいなら出そう。来るかね?」


 その言葉に、どうする? とリムリーフの顔を伺う。


「良いんじゃない? 興味あるし」

「えっとじゃあ……ご馳走になります」

「うむ。付いて来なさい」



     ☆



「オルグっていうのはね、魔物化してしまった魔法使いたちの総称よ」


 老人――アラドラース・フォリィと言う名らしい――の後について森を進む道中、毎度のごとく尋ねた遥歩に対し、リムリーフは最早慣れた調子で答えていた。

 今回は特にジットリとした目で見つめてくる事もなかったので、そこまで一般的な知識というわけでもないらしい。


「魔物化? 人間も魔物になんの?」

樹晶(シェード)がまだ普及していなかった時代の話よ。今はもう、オルグになる人なんていないわ。ていうか魔法使い自体が滅多に居ないんだけど」

「…………魔法使い、居ないの?」


 リムリーフの視線がちょっぴり怪しくなった。

 いやでもお前ら魔法使ってんじゃん。


「今は樹晶とカレント頼みでしょ……。自分でマナライン操作して魔法使える人なんて、殆ど居ないわよ……」

「かつてはな」


 不意に、アラドラースが言葉を繋いだ。


「体内にマナを貯めこんでおったのだ。魔獣の肉を喰らい、血を啜り、幽華の森の果実を()んだ。時には大樹の樹液を直接飲むことすらあった。そうして体をマナで満たし、魔法を使う。樹晶が無い以上、そうしなければマナを保持出来なかった。だがそんな事を続けていれば、当然身体に異常をきたす。にもかかわらず止めようとしなかった愚か者の末路が、この儂の有様よ」

「体に異常……にしては、元気そうっすね」


 その言葉に、老人は大きく愉快そうに笑った。


「当然だ。魔獣もそこらの獣よりよほど丈夫で元気だろう? 長生きしたければ大樹の樹液を啜ることだ」


 なるほど。非常に納得できる言葉だ。


「あの、失礼ですけど……一体何時から生きてるんですか?」


 リムリーフが、キャラに似合わないおずおずとした口調で尋ねた。


「はて、百五十から先は億劫になって数えてはおらんが。オルグとなったのは大陸戦争の末期だな。終戦と同時に国を追われ、方々を旅した末にこんな処で隠居しとる」

「大陸戦そ――」

「それっていつ?」

「三百年以上前……」

「それは……」


 流石に、少し予想外だった。


「こちらも聞いていいかね?」

「あ、はい」

「お主等の目的はやはり蓮華晶(ロータス)かね?」

「えっと……まぁ、そうですね」


 少し迷ったものの、特に隠す理由もない。遥歩は正直に答えた。


「ならば止めておきなさい。あれでもオルファは大樹の守護者だ。流石に二度目を見逃すことはないであろう。それに、あ奴は今気が立っている」


 オルファとは先程の竜の事だろう。確か、アラドラースがそう呼んでいた筈だ。予想はしていたが、やはりあの竜は蓮華晶を取ろうとしたから襲ってきたらしい。

 まぁ忠告されるまでも無く、もう竜にケンカを売る気などは無かったが。ただ、最後に付け足された言葉が少し気になった。


「何かあったんですか?」

「何かあったというよりも、もうすぐあるのだが……」


 そこで言葉を区切り、アラドラースはフムと思案顔で顎を上げる。ふた呼吸程の後、老人は立ち止まりクルリと遥歩たちを振り返った。


「少し寄り道をしてもいいかね?」


 その言葉に、遥歩とリムリーフはキョトンと顔を見合わせた。


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