ダイバーズギルド
その後店員の少女に宿の値段を聞いてみると、一泊400ペタルとの事だったので一先ず前金で料金を支払い、部屋を確保した。その際に二部屋借りるか一部屋にするかで一悶着があったものの、結局「お金が勿体無いから」ということで一部屋のみとなった。
ちなみに一部屋案を強硬に主張したのはリムリーフの方である。「昨日一緒の小屋で一晩明かしたのだから、今更だろう」というのが彼女の言い分だった。やはりどう考えても立場が逆だ。
ともあれ宿の心配も無くなったところで、リムリーフは早速と言った様子で遥歩を街に引っ張りだした。
「森に入るための道具でも揃えんの?」
「それもあるけど、森に行くなら先に行っとくトコがあるのよ」
そうして連れてこられたその先は、大樹の根元にほど近い、街の中心にある怪しげな建物だった。
何でも森に入る際には、事前に組合への登録が必要らしい。のだが。
「ダイバーズギルド?」
「うん」
「…………何でダイバー?」
「創始者が、『森は潜るものだ』と語ったから」
ああ、そう……。
「詳しいね……」
「その人自伝小説出してるし。全三十二巻」
「…………ファン?」
「初版で全部揃えた」
ガチだった。それでさっきから妙にご機嫌だったのか。
要は、憧れだったのだろう。リムリーフは逸る気持ちを抑えるようにキュッと口元を引き結び、その扉をくぐっていった。遥歩も其れに付いていく。
ギルドの中は、やはり独特の雰囲気で溢れていた。壁に飾られた魔獣の剥製や頭蓋骨の骨なども目を引くが、やはり何よりも違うのは、そこにいる人々の雰囲気だ。皆一様にギラギラとした目をしており、野性味あふれる顔をしている。
筋骨隆々のがたいの良い男達が多かったが、女性もいないわけではない。一人髪の長い金髪で弓を背負っている女性がおり、「すわっ、エルフの弓使い!?」とテンションが上がったものだ。まぁ、ピッチリとしたタンクトップの裾から覗くシックスパックの見事な腹筋が、何とも"これじゃない感"を醸し出していたが。でも顔は美人さんである。胸から上だけを見て居よう。
「何してるの? さっさと登録済ませちゃいましょうよ」
「へいへい」
リムリーフの後を追い、右手に並ぶカウンターの一角にやってくる。
「すいません、ダイバー登録お願いします」
「お前さんらが?」
出迎えたのは、スキンヘッドの厳ついオッサンだった。
リムリーフの言葉に、受付のオッサンは顰め面でこちらを値踏みする様に眺めてくる。
「いけない? ダイバーズギルドは来る者を拒まず、去る者は追わず、でしょ?」
「まぁ、確かにそうだがね……。ダイバーの生き死にに、ギルドは頓着しない。魔獣に襲われようが、森で遭難しようが一切の救助は行わない。去る者は追わず、だ。本当にそれでも良いんだな?」
「そう改めて言われると気後れが――痛てッ」
リムリーフに脇腹を肘で小突かれた。
「構わないわ」
「登録は二人ともか?」
「いえ、取り敢えずアユムだけ」
「え、俺だけ?」
なんでだよ? と非難を込めた視線で尋ねると、リムリーフは肩を竦めて答えた。
「ダイバー登録って結構お金かかるのよ。森に入るだけなら、取り敢えず一人ダイバーが居ればいいし」
「まぁ、そうだな。登録には1200ペタル必要だ」
宿代三日分。確かにそれなりの値段だ。
「そう言う事なら仕方ないけど……」
「なら登録申請書に記入しな。名前と年齢、性別は必須。後は書けるところだけでいい」
そう言って、紙とペンを渡される。遥歩が申請書と睨みっこしている横で、リムリーフは登録料を支払っていた。
申請書には先の必須項目のほか、出身国や現住所等もあったが、生憎と他に記載できそうな処は無さそうだ。結局必要最低限だけを記入し提出する。
「相変わらず秘密主義ね……」
リムリーフの呟きは聞こえないふり。
「ふむ……いいだろう。親指出しな」
「こう?」
右手の親指を立ててオッサンに突きだす。
するとオッサンはその指に、円形の小さなガラス筒を押し付けてきた。
チクリと痛みが走り、筒の中に血が溜まっていく。
「何で血が必要なの?」
「お前さんのマナラインを登録しておくんだよ。成り済ましの防止と、何か問題を起こした時に特定できるようにな」
「ふぅん……」
マナライン……DNAの様なものだろうか?
「よし」
必要な量の血液が採取できたのだろう、ガラス筒が離された。刺し痕に溜まった血豆をペロリと舐める。
「ところでさっきから気になってたんだが、その髪と耳……」
「生まれつきです。身体的障害なので触れないでください」
キッパリと言い放つと、オッサンは「そ、そうか……」と押し黙った。
良しこの手は使えるなと心の中でガッツポーズ。やはりここまで堂々と言われては、奇妙には思っても追及出来ないものだろう。横から向けられるリムリーフの視線はすこぶる冷たかったが。
「まぁいい……。これからお前さん用のダイバーカレントを作るから、ギルド内で適当に時間潰してな」
「うっす」
番号の書かれた木札を受け取り、遥歩とリムリーフはカウンターを離れた。
「時間かかるらしいけど、どうする?」
「奥のギルドショップ行きましょ。ダイバーズギルドなら、森に入るのに必要なもの一通り揃えられるでしょうし」
ギルドの左奥を指差し、リムリーフが言った。
ショップ内に入ってみればなるほど、中々の品揃えだった。保存のきく食糧品を初め、毛布や寝袋その他雑貨、ナイフや弓矢などの武具、下着類も置いてある。一番奥の棚には、マギカレクトのカレントも置かれていた。
その中をリムリーフと二人、あーでも無いこーでも無いと話し合いながら物色していく。
まず買ったのは水を入れるための木製らしき(継ぎ目等が全く見られないのだ)タンクを二つ。容量は一つ十リットル程だろうか。手で持ち歩くには辛いが、カード化すれば問題ないだろう。それから食料品。基本とも言える干し肉とチーズ、カンパン。缶詰をいくつかと、干し芋やドライフルーツの袋詰め。チョコレートもあったので買っておいた。
後は下着類だ。遥歩は取り敢えずトランクスによく似た下着とシャツを二着ずつ。リムリーフの方は見ない様にしていたので知らない。
最後に缶切りを一つ。他にもいろいろ欲しいものはあったが、現在の持ち金で買えるのはこの辺りが限界だった。
占めて1368ペタルなり。残りは400ペタル程。今日の夕食の事も考えれば、確かに宿を二部屋取るのは無理だった。
と言うか、こんなに一気に金を使って大丈夫だろうか。森に入って稼ぎが無ければ、本気で野垂れ死ぬ事になりかねないのだが。今さらながら不安に駆られだした遥歩の耳に、自分の番号を呼び出す声が聞こえた。
「コイツがお前さんのダイバーカレントだ。マギカレクトに差しな」
カウンターに向かうや否や、そう言ってカレントを手渡された。
言われるままマギカレクトのバインダーに差し込む。
「マナラインを登録してるから、コイツはお前さんにしか使えない。起動キーは『ダイバーコール』だ。唱えてみな」
「ふぅん……ダイバーコール」
カレントが光を放ち、空中に画面が浮かび上がった。
「使い方は適当に弄って自分で覚えな。大体理解できる。いいか、ダイバーが金を稼ぐ方法は主に三つだ。まず一つ、森に入って売れそうなものを取って来ること。魔獣の毛皮でも何でもいい。金になりそうなもんをギルドに持ってくりゃ、買い取ってやる」
「蓮華晶も?」
「取って来れりゃな」
鼻で笑われた。
「二つ目、討伐対象の魔獣を仕留めること。ダイバーの活動に支障をきたす様な一際危険な魔獣は、ギルドが討伐金をかけてる。それなりの額だ、倒したなら報告に来い」
「倒したことの証明はどうするんだ?」
「魔獣の死体に"枝"を刺して、ダイバーカレントを起動しな。自動で魔獣のマナラインを読み取って記録してくれる」
「ふむふむ…………なぁ、枝って?」
「今朝私がマップ使う時、地面に刺したやつよ……」
こっそりと横のリムリーフに尋ねると、呆れた声音で返答が返ってきた。
なるほど、あれか。
「三つ目。ギルドにゃダイバーに対する依頼も寄せられている。そいつを受けて達成すること。森の遭難者を探せとか、調査のために森に入るから護衛しろとか、そんなのだ。まぁ、依頼はギルドがダイバーを斡旋する手前、適正なランクを持ったダイバーにしか受けさせないがな」
「ああ、やっぱダイバーにもランクとかあんの?」
パターンだなーと思いつつも、遥歩は問い返した。
「森からの採取品をギルドが買い取るたびに、金額に応じてポイントが加算される。討伐や依頼も同様だ。ランクはFからAAまで過去一年の加算ポイントに応じて付けられる。ランクが上がればギルドからの恩恵も受けられる。そこのショップの割引とか、纏まった金が必要な時の融資とか、まぁ色々だ」
「ああ、なるほど。つまりポイントが欲しけりゃ、売買も依頼もちゃんとギルドを通して行えってことね……」
「ま、そう言うこった。ダイバーランクはギルドが保証する社会的地位そのものだ。高ランクのダイバーには貴族様だっておいそれと手出しできねぇ。逆に言や、ダイバーズギルドはそれだけの力を持ってるってこった。肝に銘じな」
「脅してくるなぁ……」
「ギルドが舐められちゃたまらんからな。現在のランクやポイント、それから討伐対象や依頼は、ルーツに繋げばダイバーカレントを通していつでも確認できる。説明としちゃこんなとこか。何か質問は?」
「俺は特に……。そっちは?」
「私も平気よ」
フルフルとリムリーフが首を振った。
「ならこれで終わりだ。まぁせいぜい死なねえように頑張んな」