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プロローグ


「インストール、狩猟デッキ。――セットアップ」



     ☆



 木々が流れていく。


 幽華の光子が舞う深い森の中。ともすれば見入ってしまいそうになる幻想的な光景にしかし、彼にそんな余裕が有る筈もない。ひたすら相棒の背にしがみ付ついて背後を睨みやるのみだ。下手に頭を上げれば、木の枝に鼻っ面を引っぱたかれる羽目になる。


「来てる、来てるぞ案の定! いち、に、さん……見えてるだけで四匹! 大猟だ!!」


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。こちらを追って草を踏み鳴らす音はスタッカートの様にリズム良く、協奏曲のように組織的だ。獲物を確実に捕らえんとする知性と、あのクサレ絶対逃がして返すなボケェ! という怒りが綯交ぜになって溢れ出ている。やはり群れの中心にアドドラ草の胞子(えらく臭い)を投げ込まれたことは、相当ドタマに来たらしい。

 相棒である『岩跳び鹿』は頼もしい健脚の持ち主だが、流石に人ひとりを背負って狼の群れから逃げ遂せることは難しいだろう。徐々に差が詰まっていくのを感じる。


「まぁ元より逃げきるつもりも無いけどさ」


 左手に持ったシステム手帳モドキの魔導書に目を向ける。そこに浮かぶカードは五枚。問題ない、文字通り手札は揃っている。後はどこでどう使うかだ。


「穂先蜂!」


 まずは一枚。カードが光となって砕け散り、拳程もある巨大な蜂となって再構築される。数は四匹。蜂たちは少々耳に触る甲高い羽音を立てながら、衛星の様に少年の周りを飛び回って付いてくる。

 視線を再度背後に。後ろからは三匹の狼が追って来ていた。先程よりも一匹少ない。と、言うことは――


 ザザザザザッ。右手の茂みが派手に波打っている。やはり一匹回り込んでいたらしい。そう気づくと同時に、当の狼が茂みから飛び出してきた。

 こちらとの距離は目測で五歩分。獣ならばひとっ跳びだろう。実際、狼が僅かに前足を踏ん張るのが伺えた。


「ひとつ!」


 つまりは、タイミング通りだ。

 叫びに答え、穂先蜂の一匹が尾部から生える螺旋状の針を射出した。鋭い回転を伴って撃ち出される穂先蜂の毒針は、弩にも匹敵する貫通力を持つ。魔獣でも当たればただでは済まないし、辺り所が悪ければ毒にやられる前に即死するだろう。

 それを踏み込む寸前の足元に撃ち込まれ、狼はたたらを踏んでバランスを崩した。しかし怪我自体はなかったようで、そのまま速度を落として後退し、後続の群れと合流する。


 一先ずの危機は回避した――そう思っていれば、おそらく次の瞬間には喉首を噛みちぎられていたのだろう。

 左側の茂みの揺れは、先程に比べて酷く小さく静かなものだった。


「ふたつ、みっつ!」


 左手から二匹の狼が飛び出してくるのに合わせて、再度穂先蜂が毒針を撃ちだす。結果は先程と同じ。当たりこそしなかったものの、バランスを崩した狼はそのまま速度を落として群れと合流した。

 右からの奇襲は囮で、本命は最初から姿を見せなかった左手側の二匹だったのだろう。中々に頭が回る。


「ま、そう言う裏の掻き合いがTCGの醍醐味だよな」


 視界の端で、毒針を撃った穂先蜂が光となって消えていくのが見えた。

 穂先蜂の針は一発限りの使いきりだ。一度撃てばその蜂は力を失い、息絶えてしまう。しかしそれでも威力は十分であるし、蜂を飛ばして側面や背後からの奇襲も出来る非常に使い勝手のいいカードだった。気分はファ○ネル。オールレンジ攻撃である。


 さて、奇襲が空振りに終わった狼たちはどう出るだろうか。

 見やれば、合流して六匹となった狼たちは先頭を走るボスの吠え声に合わせて、いっそう速度を上げた様だった。どうやら小細工はやめて、一丸となって追い立てるつもりらしい。まあ元より速度はあちらが上なのだから、悪い手ではない。複数で来られては、残る穂先蜂一匹の射出では牽制にもならないだろう。

 さて、これがブラフである可能性はあるか? ――無い。ここまでくるともはや勘に頼るしかないが、少年はそう結論付けた。


「そろそろ"流す"ぞ。上手く乗れよ……」


 ポンポンと岩跳び鹿の首元を叩いて少年が伝えると、小さな嘶きが返答として帰ってきた。目的の場所までももうすぐだ。頃合いだろう。

 背後から迫る狼たちとの距離はおおよそ十歩分ほど。それが見る間に縮まっていく。あと七歩……四歩……今!


「リヴィエル!!」


 また一枚カードが弾け、岩跳び鹿の足元から涌き出した水が川となって空へと伸びる。いや正確にはそれは水ではない。と言うよりも、それが正確になんであるのか、少年も知りはしなかった。

 水の様な質量を持ち、しかし空気のように軽く重さが無い。それを浴びても濡れることはなく、顔を着けても呼吸はできる。液体と気体の特性を併せ持ったような、不可思議な蒼い奔流。しかし重要なのは、その奔流を自由に操ることができ、上手く乗れれば空を駆け上がる事が出来るということだ。


 岩跳び鹿が奔流に合わせてバタバタと足を掻き、川を泳ぐようにして空へと飛び上がる。

 眼下には、置いてけぼりにされた狼の群れ。狼たちは戸惑ったように上空を見上げつつも、直ぐに止まることが出来ずそのまま駆けていき――


――ギャウウン!?


 その先の木々に張り巡らされていた蜘蛛の巣に突っ込み、敢え無く捕らえられた。

 しかし最後尾の一匹だけは、引っ掛かる前に立ち止まれたらしい。蜘蛛の巣まみれで地面を転がる仲間たちにどうすることも出来ず、途方に暮れた鳴き声を上げていた。


「運が無かったな……」


 手綱を強く握って蒼い奔流を操作しつつ呟く。

 目を向けるのは蜘蛛の巣から逃れた狼――のその背後。残った最後の穂先蜂。


「よっつ!!」


 穂先蜂の針に頭を撃ち抜かれ、その狼はくたりと地面に倒れ伏した。



     ☆



「慎重に、慎重にだぞ……っとぉ!」


 奔流を操っておっかなびっくりと地面に降り立ち、少年は深く息をついた。空へ駆け上がる時はいいのだが、地面へと戻って着地する際が一番難しい。最初は、岩跳び鹿が転んでしまうことも良くあった。

 岩跳び鹿も未だ恐怖は感じているのだろう。若干の興奮がみてとれる。


「よしよし、いい子だ……もう狼は残ってないな?」


 首筋を撫でてそれを落ち着かせつつ、少年は鹿に問いかける。

 鹿は暫くキョロキョロと首を動かして辺りを伺っていたものの、問題無いとばかりに小さく嘶いた。


 岩跳び鹿の背から飛び降り、蜘蛛の巣に捉えられて身動きのできない狼たちに歩み寄っていく。

 するとその横、木々の間から、見上げる程の大きさの巨大な蜘蛛が音もなく姿を現した。


「うお!? お……驚かせるなよ……」


 屋敷蜘蛛。この蜘蛛も、少年がカードで呼び出した魔獣だ。名前に反して別に屋敷に住み着いているというわけではなく、森の奥深くに生息している。多分名前の由来は屋敷のように大きいから、ではないかと思う。

 なんとてデカイし、そして怖い。今でこそ少々驚く程度だが、初めて呼び出した時は、リムリーフと一緒に半狂乱になって逃げだしたものだ。

 ただ、その口から紡がれる蜘蛛の糸は細く強靭で粘着力があり、今回の様に魔獣を生け捕りにする際には非常に重宝していた。


 その蜘蛛に軽く礼を言ってカードに戻し、改めて狼の下へ。傍らにしゃがみ込んだ少年に、狼たちは激しい威嚇の唸り声を上げるが、それ以上如何にかできるわけもない。

 その毛並みに手を添え、少年は「マテリアル」と呟いた。

 すると狼がキラキラと輝く光へと融けて消え、一枚のカードとなって浮かび上がる。


「あー……やっぱコモンカードか……」


 そのカードを確認し、少年は小さく嘆いた。

 予想していた事ではあるが、やはり落胆は抑えきれない。


「ああでも能力は悪くないな。取り敢えず、生け捕った奴はユニットカード化しとくか」


 『茂みの狼』。1/2の緑ユニットでコストは2。しかし『召喚した際にデッキから同名のカードを手札に加える』という能力を持っていた。手早くユニットを揃えたい時などは使えそうだ。


 そうして残った四匹も同じくカードに変えたところで、少年は遠く森の奥から、カァーン、カァーンと響く鐘の音に気付いた。


「あ、もう昼飯か……」


 呟き、太陽の位置を確認しようと空を見上げたところで。

 ゴウッ、と鐘の音を掻き消して大気を震わせ、巨大な竜が木々の上を横切っていった。その姿を呆然と見送る。


「……アイツをカード化すれば、間違いなくレアカードなんだろうけどなぁ」


 出来はしないと分りつつも、そう呟かずにはいられなかった。

 彼がこの世界に来てからはや二週間。新たなレアカードは、未だに一枚たりとも手に出来ていない……。


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