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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第9話  戸惑う心



 ぱらぱらと小雨の降りしきる薄暗い看的所の中にいま、私と神矢先輩の二人きりという状況で。

 私は緊張に息を詰めてしまう。

 看的所の扉にある小さな窓から道場を見ると、一回目の立ちで私と一緒に矢取りに来ていた一年の市之瀬君は矢を戻すのに手こずっているみたいだった。

 今日の一年は五人で、市之瀬君以外の一年の二人は前の立ちで矢取りをしてるし、残る一人は成瀬君でいま立ちで立っている。

 一年生が来られる状況じゃないっていうのは分かるけど、なんで神矢先輩が来るかなぁ……!?

 私の心の中は、そんなぼやきでいっぱい。

 別に、神矢先輩の事は嫌いじゃない。

 まあ、生徒手帳のことがあるからちょっと苦手ではあるけど、弓道に対して真摯な神矢先輩を知っているし、先輩が根気強く練習に付き合ってくれたおかげで“離れ”が出来るようになったわけで。

 尊敬してるし、感謝してるし、いまでは師と仰いで毎日、神矢先輩に練習を見てもらっているくらいだけど。

 看的所に二人きりという状況には緊張せずにはいられない。

 道場から看的所まで距離があるし、看的所は的場の一方向に壁がないだけであとの三方向には壁と扉があるから、小声でなら話しても道場には聞こえないだろうけど、立ち中だから話すのも憚られて。

 それじゃなくても緊張してなにかを話す雰囲気じゃないけど。


「大前一本っ! 大前いっぽーんっ!!」


 道場から応援する声が聞こえて、立ちが始まったことが分かる。

 立ち中の矢取りは、練習中の矢取りみたいにただ矢を取るだけでなく、飛んできた矢の当たりはずれを的を出して道場に知らせる役目もある。

 うちの高校の道場は一度に六人まで立てて、立ち中は道場から向かって右三つ目の的までを“第一射場”、左三つの的を“第二射場”と呼び、二人の矢取りがそれぞれの射場の当たりはずれの判断をする。


「俺、第一射場ね」


 そう言って、看的所の椅子の上に置いてある的を手に取る神矢先輩。

 私も的を手に取り、的場が見える扉のない場所に立つ。

 看的をするのにはそこに立たなければならなくて、そうすると、狭い空間に肩が触れそうな距離で神矢先輩と向かい合って立つことになるからドキドキする。

 どんどん速くなる心臓の音を無視して、的に飛んでくる矢に意識を持っていく。

 立ちが終わって矢取りに出た時にも、的に何本当たっているか確認するんだけど、だからといって看的を疎かにしていいわけじゃない。

 こんな近くに神矢先輩がいて気になるけど、看的に集中しようとする。

 集中しようとして、矢が飛んできた瞬間、看的の的をすっと腕を伸ばして道場から見えるように外に出す神矢先輩の姿を見てドキドキしてしまう。

 的場を見つめる神矢先輩の横顔は的場からの光で陰っててよく見えないのに、そこから漂ってくる張りつめた空気がぴりぴり肌に伝わってきて、こちらまで緊張して息を詰めてしまう。

 少し垂れ目で、いつも笑みを浮かべている神矢先輩の真剣な表情は、余計に緊張感を漂よわせて、カッコいいと思ってしまった。

 普段は山崎先輩の整いすぎた美貌で目立たないだけど、神矢先輩もじゅうぶんカッコいいんだって、こういう時に思い知らされる。

 戦いが始まるのを待っているかのような横顔は、ぞくっとするほど素敵で思わず見とれてしまう。

 私、神矢先輩のこの真剣な瞳好きだな――

 ぼんやりとそんなことを考えて、はっとする。

 第二射場から矢が飛んできて、慌てて看的の的を出した。

 看的中になにを考えて――って。

 待って、いまのなしっ!

 好きって……!?

 その単語が頭の中を踊るみたいにぐるぐるとまわって離れない。

 そりゃあ、神矢先輩は尊敬する先輩で嫌いじゃない。

 好きか嫌いって聞かれたら、好きだけど……

 って!

 それはもちろん変な意味じゃなくて、先輩として好きってことで……

 自分で自分の考えに慌てて言い訳して、頭が沸騰してどうにかなってしまいそう。

 なに、好きって!?

 ってか、うちの部は部内恋愛禁止で……

 私も今は恋愛とかはいいかなって思ってるのに。

 そうだよっ!

 神矢先輩の事は、弓道の先輩として尊敬してて、そういう意味の好きってだけで――

 そこまで考えて、自分で自分の両頬を包んだ。

 きっといま、私の顔は真っ赤になっていると思う。

 自分でも分かるくらい真っ赤な顔に、看的所の中が薄暗くて神矢先輩に気づかれなくて良かった。

 私の挙動不審な行動に、ちらって神矢先輩がこっちを見たけど、立ちが終わって矢取りに出るよっていう意味だと受け取って、手に持ったままだった的を慌てて戻して、神矢先輩と一緒に矢取りのために的場に出た。

 神矢先輩のことを好きだと思ったのは先輩としてなんだって結論付けたのに頭の中はまだ戸惑ってて、でもなんとか失敗せずに矢取りして看的所に戻ってきたのに。

 先輩である神矢先輩に矢を拭かせるわけにはいかないから、第一射場の分の矢も受け取ろうとしたら、「二人で拭いた方が早いから」ってやんわり断られて。

 そんな優しさに、またどきどきして。

 道場に戻る時も一人で矢を持って帰ろうとしたのに、逆に第二射場の分の矢を先輩に持たれてしまって、私がさした一本の傘に二人で入って道場まで戻ることになってしまった。

 矢が濡れないように、矢を持っている神矢先輩に傘をさしかけていたんだけど。


「肩濡れるよ」


 って、神矢先輩が優しく笑って私を引き寄せるから。

 近づいた距離に、どきどきいっている心臓の音が聞かれてしまいそうで。

 道場について矢を渡されるまで落ち着かなくて。

 矢を渡して歩いていく神矢先輩の後姿をぼんやりと見送った。




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