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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第8話  手の内



「ふ~ん、小森さんはそうやって手の内作るんだぁ~」


 部活の練習中。

 道場の隅の方で素引きをしようとしたら、ひょいっと神矢先輩が顔をのぞかせて言うから、私は驚きに瞳を見開いた。


「神矢先輩……」


 私が練習していると、神矢先輩はちょくちょく声をかけてくる。

 基本的に面倒見が良くて、後輩の練習を誰よりも見てくれて頼りになる先輩だとは思うけど。

 春のお日様みたいなふわっふわの無邪気な笑みを浮かべて近づいてきて、神矢先輩はどうでもよさそうなことを言うから困ってしまう。

 ちなみに“手の内”というのは、弓を持つ手の整え方とでも言おうか。


「そうしているというか、教わった通りにしているだけなんですけど……」

「小森さんって手に豆ができやすいから、どんな手の内なのか気になってて」

「変なこと気にしないでくださいよ。そういう神矢先輩はどうなんですか?」

「俺?」


 なんとなく聞き返したら、先輩は小首を傾げながら自分の弓を持っている左の手のひらに視線を向ける。その瞳にさっきまでのおちゃらけた雰囲気がさっとなくなり、真剣な光が宿る。


「俺の手の内は……」


 神矢先輩の言葉に耳をそばだてて聞き入ったのだけど。


「秘密」


 くすっと笑ってそんなふうに言うから、私は不満げに唇を尖らせる。


「なんですか、それ。先輩から聞いてきた癖に」

「小森さんは手の内の語源は弓道からきてるって知ってる? 手の内を見ればその射手がどれほどの技量なのかがわかるから、弓の名手は決して手の内は明かさないんだって」

「へぇ~そうなんですか」

「だから俺も手の内は見せません」

「え~」


 神矢先輩から聞いてきたのにと非難の声をあげる。

 でも、私は気を取り直して神矢先輩を見上げる。

 本当は少し素引きをしてから神矢先輩に声をかけようと思っていたのだけど、先輩から声をかけられたのだからちょうど良いと思い切って聞いてみる。


「じゃあ、手の内の作り方はいいので、引きをみてもらってもいいですか?」


 やや緊張を含んで問いかけた私に、神矢先輩はいつものやわらかい笑みを浮かべた。


「いいよ」

「練習中にすみません、お願いしますっ」


 地面に着きそうな勢いで頭を下げて、矢立てから自分の矢を一本取って射場に向かう。

 実は、最近の私はこうしてよく神矢先輩に射形を見てもらっている。

 神矢先輩のおかげで“離れ”が出来るようになってから、神矢先輩のことを師と仰ぎ、時間があればこうして神矢先輩に指導してもらっている。

 射場に入る前に的に向かって一礼し、射場に足を踏み入れる。

 静かに鼻で呼吸し息を整えて、弓を返して矢をつがえる。弦と矢がしっかりつながっていることを確認してから的に視線を向ける。

 そこからは意識下の無意識の行動。

 両拳をあげ、弓を押し開いて、均等に引き分けていく。


「弓手が先行しすぎ。もうちょい馬手は体に寄せて」


 弓を引く私の右手後方に立った神矢先輩が、私の弓を引く姿をみて綺麗な射形へと誘導してくれる。


「口割り合わせて。狙い、ちょい左」


 言われた通り、狙いをやや左に定め、弓越しに見える的の位置を確認する。ここがまっすぐの狙いの場所だって。

 そして、“離れ”。“残心”。


「射っ!」


 先輩が小さめの声で、でも嬉しそうに言う。

 弓から放たれていった矢は的のやや右に当たった。

 的に当たると「(しゃ)」って言うのが決まりというか、そういうことになっているのだけど、ちょっと照れてしまう。

 弓を倒し、的に一礼して射場から出る。


「小森さんは基本的な引きは綺麗だよ、あとは引きつけをもうちょっと頑張ったらいいんじゃない?」

「はい、ありがとうございますっ」


 引きの改善点を指摘してくれた神矢先輩にぺこっとお辞儀して、「また後で見てもらえますか?」って聞こうとしたのだけど。

 口を開く前に、ぽんっと、後ろから肩をたたかれた。

 振り仰ぐと、そこには成瀬君がいて、なんだかご機嫌斜めな不機嫌オーラを漂わせている気がするのは気のせいだろうか。


「小森、矢が溜まってきてるから、そろそろ矢取りいこうぜ」

「あっ、うん、ごめん。いま行く」


 そう言われて視線を的場に向けると、的場の的やその周りには矢がたくさん刺さっていて、いいかげん矢取りに行かなければならない状態になっていた。

 矢数をあまり持っていない人は手持ちの矢がなくなっているかもしれないし、あまり的に矢が集中して刺さっていると、その矢に他の矢が当たって矢をだめにしてしまう可能性もある。そのため、矢取りは適度にいかなければならなくて、一年の仕事なんだけど、自分の練習に夢中になっていて、矢取りのことをすっかり忘れてしまっていた。

 季節はじめじめとした雨が続く梅雨に入っていた。

 私と成瀬君は無事、的前審査に合格し、的前で練習できるようになった。

 六人いる一年生の中で的前に上がっているのは私と成瀬君の二人だけで、残りの四人は今日みたいな雨の日は中で練習しているけど、基本的には道場の外で練習していることが多い。そのため矢取りの仕事は基本的に的前に上がっていて道場内で練習している私と成瀬君の役割になっている。もちろん、他の四人も時々矢取りに来てはくれるけど、常に道場内にいる私達の方が矢取りのタイミングを計りやすいため、優先して矢取りに行くようにしているのだけど。

 自分の練習に夢中になって矢取りのことを忘れていたから、責任感のある成瀬君は私に対して怒っているのだろう。

 私は慌てて弓を弓立てに置き、隅の方に座ってカケの紐をぐるぐる外してカケを手から外し、カケにまた紐を巻きつけて邪魔にならないように置いて、さっさと矢取り道に続く扉を押し開いて出ていく成瀬君の後を追った。

 今日も小雨が降っているから、傘をさして矢取り道をすすみ、看的所に入る。


「ごめんね、成瀬君。矢取りの事すっかり忘れちゃって」


 傘を閉じて壁に立てかけながら、成瀬君に謝る。


「別に、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ……」


 横を向いてぼそぼそっと喋った成瀬君の言葉は聞き取れなかったけど、怒っている雰囲気ではなくなっていたので、聞き返さなかった。


「出るぞ、出ますっ!」


 前半は小声で私に言い、後半は道場にいる先輩達に聞こえるように通る大きな声で成瀬君が言った。

 矢取りに出る時の合図で、道場で射場に入っている先輩達の打ち終わったタイミングを見計らって言わなければならないので結構難しい。

 看的所の扉についている小さな窓から道場の様子を注意深く見て、打ち起こしより先の動作をしている人がいると、矢取りに出ることは出来ない。

 雨だと、ただでさえ曇っている看的所の窓から道場の様子を確かめるのは大変だけど、タイミングよく合図をすることができた。


「お願いしますっ」


 成瀬君の合図に対して道場から返答があり、その先輩の声を合図に私と成瀬君は的場に駆け出して的や安土に刺さった矢を素早い動作で抜いていく。

 すべての矢を抜き終わり看的所に駆け戻り、それから抜いた矢の矢尻についている土をタオルで綺麗に拭きとり、道場に戻って矢立のそれぞれの場所に戻すまでして矢取りは完了となる。

 意外と時間がかかる矢取りは、土を落とす作業と矢立に戻す作業に時間がかかってしまうと、矢取りが終わった頃には次の矢取りにいかなければいけないくらい的場に矢が溜まっていたりもするから大変なんだ。

 まあ、それも一年の仕事なので仕方ないと諦め、残りの時間を自分の練習にあてられるようになるべく迅速に矢取りをするように心がける。

 部活中は、各自それぞれ練習する時間と“立ち”の時間が交互にあり、部活の途中と最後に“立ち”をやる。

 “立ち”は的前に上がっている部員全員が参加し、大会に準ずる形で行い、一回の“立ち”で二手二立ちする。もちろん、私語厳禁の緊迫した雰囲気の中、出番でない人は応援に専念する。

 “立ち”中は、一年生だけでは矢取りをすべて回すことはできないので、二年生や時々三年生が手伝ってくれるのだけど……

 二回目の立ちを終えて次の矢取りをするために素早くカケを外して看的所に行った私。

 看的所には、前の立ちの矢取りをした一年二人と私の三人がいて、あともう一人、まだ的前に上がっていない一年が矢取りに来る予定なんだけど……

 ガチャッと看的所の錆びて締まりの悪い扉から入ってきたのは、神矢先輩だった。




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