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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第69話  部則の本質



 中庭の片付けを見届けてから、道場に弓矢を片して部室で弓道着の袴から着替えて、弓道部の出し物として射的をしている教室に向かった。

 今日は午前中が弓道部の当番で、午後は自由時間になっている。神矢先輩も午後はフリーだっていうから一緒にまわる約束をしてて交代の時間が待ち遠しい。そんな浮かれた気持ちでいたのがいけなかったのかもしれない――

 当番交代の時間が近づいた頃、教室に神矢先輩、山崎先輩、玉城先輩と吉岡先輩が顔を出した。弓道部の出し物の当番は基本は一、二年で組んでいて、どうしても人手が足りないところを三年生に入ってもらうんだけど、今年は一年生が多く、三年生は手伝いたい時に来てくれるって感じになっていた。

 だから神矢先輩達は、当番を交代しに来たんじゃなくて様子を見にきたって感じだった。

 午後から当番の一年生はまだ来ていなかった。

 午前中の当番はだいたいが二年で、その中に成瀬君や市之瀬君もいて、三年生は成瀬君と市之瀬君に午前中の様子を聞いていた。

 その輪の中からすっと離れて、神矢先輩が私に近づいてくる。


「小森さん、弓道着から着替えたんだね」


 いつものちょっと意地悪な微笑みで言われて、それが去年の学祭で私が着替えが面倒って言っていつまでも袴姿でいたことをからかっているんだってわかったけど。


「それは、あんなこと言われたら、いつまでも袴のままでなんていられませんよ……」

「それは残念」


 神矢先輩はあんまり残念そうじゃない声で、私を見つめて甘やかに微笑む。

 その後もたわいない会話をして、当番を抜けるタイミングを計っていた。

 その時には、午後当番の一年生も来ていたからいつでも交代して良かったんだけど、山崎先輩たちがまだ成瀬君と話してて、他の三年生や二年生、一年生もけっこういて、弓道部員がたくさんいる中で、神矢先輩と二人で抜け出すのはどうなのだろうと思ってたら。

 一年生の女子三人が私達の方をちらちら見ながら喋っていることに気づく。

 どうしたのだろうと思って見ていたら、その中の一人、榊さんと視線がばちっと合う。

 榊さんはショートカットで身長が高くてすらっとしてて、意思の強い切れ長の瞳でけっこう物事をはっきり言ってくる子だった。

 私と目が合った榊さんは、他の一年女子二人と少し話してから、一人、私と神矢先輩の方へ近づいてきた。


「あのっ、私の勘違いだったらあれなんですけど、神矢先輩と小森先輩って付き合ってるんですか――?」


 特別大きな声でもなかったのに、それまでにぎやかだった教室がしぃーんっと静まり返る。


「えっ……?」


 私は戸惑ってそんなことしか言えない。


「弓道部で夏祭りに行った時、神矢先輩と小森先輩が二人でいるのを、私達見かけたんです」


 それはもしかしたら、射的の屋台から神矢先輩が私の腕を掴んで歩いていたところかもしれないし、山崎先輩がお好み焼きを買いに行っているのを待っている間のことかもしれなかった。

 誤魔化すことも出来るのに、なんと言っていいのか迷って、言葉が見つからないでいると。


「それ、俺も一緒にいたけど」


 沈黙を破るようにそう言ったのは、山崎先輩だった。

山崎先輩はいつものあまり感情ののらない表情と声音で、それがなにか? とでも言うような口調だった。


「途中、神矢と小森を残してお好み焼き買いに行ったけど、ほぼ一緒にいたけど」

「で、でも、さっきも中庭で神矢先輩は小森先輩とずっと一緒にいましたよね!?」


 淡々とした山崎先輩にもひるまずに、榊さんが納得いかないというように声を大きくして言う。それに対して、今度は吉岡先輩がちょっとイラっとした口調で言う。


「榊さん達一年は知らないだろうから言うけど。深凪ちゃんはねぇ、一年生の時、離れが出来なかったのを神矢君が根気強く指導して離れができるようになったのっ! 二人の間にどんな絆があってどんな関係が構築されているか、たかだか半年しか見ていない一年が“部内恋愛禁止の弓道部で”そういうことを軽々しく言うってことが、どういう意味かちゃんと考えて発言してるんでしょうね!?」


 語気を強めて喧嘩腰で榊さんをなじるように言った吉岡先輩に、私の方がビックリしてしまう。

 吉岡先輩がそんなふうに私の事を見守っていてくれたと知って、胸が熱くなる。 

 まだ言い足りないというように口を開いた吉岡先輩を、神矢先輩が「吉岡」って静かな声で言って止める。



「山崎も吉岡も、ありがと。でも、俺からちゃんと説明するよ」


 そう言って神矢先輩は教室にいる弓道部員を見回して、最後にちらっと横に立つ私を見て、真剣でせつなげな光をきらめかせて、言った。


「夏祭りの日、俺が小森さんに告って、付き合いだした。俺は弓道部を引退した後だから、部則にはふれないと判断して気持ちを伝えた」


 そこで一度言葉を切った神矢先輩の瞳に、一瞬、もどかしげな影が浮かび上がって、消える。


「確かに、俺はずっと小森さんのことが好きだった。でも、それと同じくらい弓道も大事だったから、俺は自分が弓道部にいる間はこの気持ちを隠してきた。まあ、完全に隠しきれていたかどうかっていうと断言はできないけど。元主将として嘘偽りなくこれだけははっきり言える。部内恋愛禁止っていう部則は破っていない」


 はっきりと言い切った神矢先輩の言葉に、異様な雰囲気が教室に渦巻く。

 三年生はお互いに顔を見合わせ、二年生は私達から視線をそらすように、一年生はざわざわと小声で話し出す。

 私と神矢先輩が恐れていた事態になってしまい、どうしていいのか分からない。口で説明することはいくらでもできるのに、それを証明することは難しく、いくら考えても不可能に思えて仕方がなかった。

 これって、部内恋愛禁止って部則がある弓道部員にとって、乗り越えなきゃならない試練なのかな――

 ふっと、買い出しの時に言った神矢先輩の言葉を思い出し、その時の覚悟を決めたような真剣な瞳を思い出して、胸が震える。

 分かってもらえないとか、証明するのが難しいとかぐだぐだ考えてるんじゃなくて、誠意を示すしかないのかなって、思った。

 分かってもらえなくても、分かってもらえるまで、何回でも自分の気持ちを説明しようと口を開きかけた時。

 それまで黙っていた玉城先輩が、優しくやわらかい声で話し始める。


「神矢君と深凪ちゃんは、いつからなのかはわからないけどお互いに惹かれあって、でも好きって気持ちを外には出してなかったよ」


 それに続くように吉岡先輩や山崎先輩だけでなく、他の三年生も口々に言う。


「もし、神矢にちょっとでも部則に触れるような疑わしい行動があったなら、同じ三年として指摘していた」

「でも、そんな様子はなかっただろ? 一年だって、半年間、部活中の神矢と小森が誰よりも真剣に弓道に向き合っていた姿を見ているはずだろ」

「部内恋愛禁止なんて意味不明の部則だし、確かに、昔、部内での恋愛事でごたごたして部員がやめたり大変なことがあって、その教訓的な感じで作られた部則らしいけど、この部則の本質ってさ、恋愛が禁止ってことじゃなくて、私情で部内にもめ事を持ち込むなってことじゃないのかな――?」

「榊、神矢と小森は私情を部内に持ち込んでいたように見えたか――? それで部内にトラブルはあったか?」


 山崎先輩が榊さんを名指しして問いかける。榊さんは押し黙り、他の一年生の表情からもさっきまでの疑念が薄らいでゆく。


「成瀬、お前はどう思う? 新主将として、小森の弓道に向き合う姿は部則に触れていたと思うか?」


 抑揚のない静かな声で山崎先輩に矛先を向けられた成瀬君は、一瞬、驚きに目を見開き、ばつが悪そうに視線を落とし、それからまっすぐに私を見たまま、山崎先輩に答える。


「小森は――、いつも弓道に対して真剣でしたよ。神矢先輩だってへらへらしてるように見えて、人一倍努力をしているのを知っています。だから、俺は主将として、小森と神矢先輩が部則を破っていないって言いきれます」


 成瀬君の言葉に、他の二年生も同意するように声を上げたり、頷いてくれるのを見て、胸が熱くなる。


「ってことで、現主将の成瀬も、うちら三年も、神矢君と小森さんのことは部則には触れていないって判断なんだけど――、一年生は納得かな?」


 勝気な声で吉岡先輩が言って一年生を見回すと、榊さんが小さな声で謝ってくれた。


「はい……、興味本位で疑うようなことを言ってしまってすみませんでした……」


 吉岡先輩はがばっと私に抱き着くように肩に腕を回してきて、弓道部員に向けて散らばすような仕草で手を振る。


「はい、じゃー、この話は終わりってことで。神矢君は引退しているから、深凪ちゃんと付き合うのは部()恋愛ってことで部公認だからね~」


 そう言って、吉岡先輩は私にウィンクしてくれた。




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