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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第68話  疑惑の芽



 神矢先輩も一緒に買い出しに行くことを独断でお願いしちゃって成瀬君には事後承諾になってしまったけど、成瀬君は特に気にすることもなくOKしてくれた。

 まあ、買い出しリストを引き継いでいる市之瀬君に連絡がとれない現状では、去年買い出しに行ってて何を買えばいいか分かる神矢先輩に一緒に来てもらうのが一番の解決策だから、文句はないのだろう。

 無事に卸のお店で弓道部の射的の景品にするお菓子を買い終えて、会計をする成瀬君を残して、私と神矢先輩は先にお店の外に出てきていた。


「やっぱ、一緒に来てよかったよ。ラインで伝えてもいいかなって思ったんだけど、箱買いしたのとか正確な数がおぼろげだったから」

「わざわざ、ありがとうございました」


 ぺこっと頭を下げてお礼を伝えて顔を上げると、うっとりするような甘やかな微笑みを浮かべた神矢先輩に見つめられてドギマギする。


「いえいえ、こちらこそ。二人っきりじゃないけど、こうやって小森さんと買い出しに来られて楽しかったよ」


 そう言って微笑む神矢先輩は本当にうれしそうな顔をしているから、私の方が照れくさくなってしまう。

 確かに、夏祭りの日から付き合いだして、毎日ラインで連絡を取り合っているし、学校ですれ違ったりもするけど、こんなふうに二人で一緒にいるのは夏祭り以来だったから、私だってやっぱり嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 まあ、成瀬君も一緒って状況ではあるから、浮かれてばかりはいられないけど、神矢先輩も一緒にいて楽しいって言ってくれる言葉だけで、胸がきゅんっとなる。


「私もです。あっ、そういえば、神矢先輩とのこと、紗和――姫井さんともう一人仲良くしている友人に話したんです」


 神矢先輩と付き合っていることを、弓道部員にはしばらく黙っていようって神矢先輩に言われて、友達には言ってもいいって言われていたけど、一応報告しておこうと思って言ったの。


「それで少し思ったんですけど、神矢先輩の言う通り、部員にはまだしばらく言わない方がいいのかなって私も感じてて……」

「誰かに、なにか言われた?」


 語尾を小さくして言うと、神矢先輩が心配そうに瞳を覗き込んでくる。

 その瞳は針のように鋭くきらめいて、一筋の憂いの影があった。

 神矢先輩を心配させないように、私は慌てて自分の感じたことを話した。


「そういうわけじゃないんですけど、神矢先輩が引退したっていってもこうやって学祭の準備を手伝ってくれたり、当日の弓道部の出し物も三年生は手伝ってくれるし、部活にも顔を出してくれたりしてまだぜんぜん引退したって実感がなくて。部内恋愛禁止に触れないって神矢先輩は言ってくれましたけど、そう簡単に割り切れるのかなって……」


 そう言った私の頭をぽんっと神矢先輩がなでる。

 私の不安を和らげるように、大丈夫って言うように頭を撫でてくれる神矢先輩の優しさにどんどん惹かれていったんだって思い出す。

 見上げた先で、神矢先輩は思案するような表情をやわらげて、浅く微笑む。


「俺もその事を考えていた。引退した俺はいいとして、現役の小森さんが部活で辛い立場にならないか心配で――

 でも、そうだね。これって、部内恋愛禁止って部則がある弓道部員にとって、乗り越えなきゃならない試練なのかな――」


 そんな風につぶやいた神矢先輩の瞳に覚悟を決めたような鮮やかな光が浮かび上がって、ゾクっとするほど素敵だった。



 ※



 学祭二日目。

 息を深く吐きだすと、さっきまで聞こえていた周囲の声や雑音が、すぅーっと遠ざかっていく。

 的に視線を向け、弓を持つ左手と弓につがえた矢に添えた右手の両拳の水平を保ちながら持ち上げ、そこでまた一呼吸置く。

 一つの動作のたびに呼吸を一つして、意識を的だけに集中させる。

 静寂の中、ただ、的だけを見つめて、普段通りの引きを意識して、ゆっくりと引き分けていく。

 矢が唇の高さで頬に触れ、秋の朝のひんやりとした空気に冷たくなった矢の冷たさを感じながら狙いを定め、しばしの均衡。それから。

 弓から放たれた矢は吸い込まれるように的の真ん中へと向かって飛んでいった――

 誰とはなしに、弓道部員の中から「しゃっ!」という声がかかり、次いで、観客からの拍手が鳴り響く。

 毎年恒例の中庭の一角で行われている弓道部のパフォーマンス。

 壁に巻き藁用の畳を数枚斜めに立てかけてその中央に的を置き。体育倉庫から借りてきたカラーコーンでその周りを囲み、的から二十八メートルの位置に道場から持ってきた射位の立札を置いて簡易射場を作って、例年二年生二人、というか男子主将と女子主将がやることになっているので、今年は私と成瀬君が一手ずつ打った。

 特例で去年一年生で参加した私は今年で二回目の参加になるんだけど、あまり緊張しなかった去年と比べて今年は朝から緊張してしまって、いつもと違う空間で上手く引けるか不安だったんだけど、なんとか一手束中することが出来て胸をなでおろす。

 パフィーマンスが終わって観客もだんだん少なくなり、片付けのために動き出した一年生の邪魔にならないように中庭の端の方に寄る。片付けは力仕事だし、パフォーマンスに出ると弓道着を着ているし自分の弓矢の片付けがあるから簡易射場の片付けは手伝わなくてもいいんだけど、女子主将として撤収までは見届けるつもりでいたら。


「なんだよ、小森。緊張してるとか言って、しっかり二本とも当ててるし」

「成瀬君は羽分けだったねー。一本目、的のど真ん中だったのに、二本目はすごいとこに飛んでくからびっくりしちゃった」


 悔しそうに成瀬君に声をかけられて、私はからかうように答えた。

 結構本番に強そうな成瀬君もやっぱ緊張してたんだな、とか思うとなんだか可愛くて笑ってしまったら、すごい目でにらんで成瀬君は顔を背けて行ってしまった。

 あー、すねちゃったかな。

 そんなふうに見ていたら、ぽんっと頭を優しくなでられる。

 振りあおがなくてもそれが誰の手なのか分かって、それだけで胸がポカポカしてくる。


「小森さん、お疲れ様。一手束中なんてさすがだね~」


 春のお日様みたいなふわふわの、だけどどこか意地悪な笑みを浮かべた神矢先輩に言われては、あんまり褒められている気がしない。


「私の引き、どうでしたか?」

「んー……、まあまあ?」


 長い溜めの後に返ってきたのがまあまあって言葉で、がくっと肩を落とす。

 そりゃあね、神矢先輩みたいにどこにも無駄がなくて、洗練された引きじゃない自覚はあるけど、まあまあって微妙すぎる。

 私はいつだって、神矢先輩の弓を引く姿が瞳に深く焼きついて離れないのに。

 あんな綺麗な引きが出来たらいいなぁって思って、少しでも近づけたらいいなぁなんて思ってただけに、落胆が激しすぎる。

 なのに。


「弓道部の元主将としては上出来だと思うけど、彼氏としては――小森さんの引きはまあまあとしか言えない。小森さんの袴姿は可愛いし」


 そこで言葉を切って斜めに見すえられ、艶やかな余韻を含んだその声に、ドキッとする。


「射形が綺麗だからみんな小森さんに興味持ちそうで、嫌」


 すねるように嫌と言った神矢先輩。

 魅惑的な眼差しでくいいるように見つめられて、どんどん頬が赤くなってくるのが自分でも分かって恥ずかしい。

 はちみつみたいに甘い言葉をささやかれて、心がどろどろに溶けてしまいそう。

 袴姿が可愛いとか、射形が綺麗なんて、お世辞だったとしても、ずっとあこがれていた神矢先輩にそんなことを言ってもらえたら嬉しすぎて、涙が出そうだった。

 とっさに俯いたら、またぽんって頭を撫でられる。


「あーあ、いま二人きりっだったら、小森さんの事、抱きしめたのにな」


 耳元で私だけに聞こえるように魅惑的な声でささやかれて、どぎまぎしてしまって心臓がうるさかった。




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