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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第66話  甘い視線



「深凪―、先に食堂行ってるよ~」

「うんー」


 四限目終了のチャイムが鳴りはじめると同時に、紗和は教室を飛び出していった。

 私はそんな紗和を苦笑して見送りながら、机の上に広げていた教科書やノートをまとめて机の中にしまい、机の横にかけたお弁当袋に手を伸ばす。


「深凪ちゃん、準備できた?」


 すでに片付けが終わった唯ちゃんが、お弁当袋を手に持って私の机のそばまで来てくれた。


「うん、行こう」


 唯ちゃんと二人並んで廊下を歩いて、食堂に向かった。

 私はだいたいお昼はお弁当だからあまり食堂って使わないんだけど、紗和は購買で買ったり食堂を利用することが多く、それに付き合って私も時々食堂に行く。

 っといっても食堂はそんなに広くないから食堂を利用する日の紗和は、今日のように昼休みになると同時に食堂にまっしぐらにかけていき席を確保し、それを私と唯ちゃんは後から追いかけることになる。


「深凪~、唯~」


 食堂につくと、ばっちり席を確保できた紗和がこっちにむかって大きく手を振ってくれた。


「紗和ちゃん、席ありがとう」


 唯ちゃんが律義にお礼を言ってから席に着き、私も唯ちゃんの向かい側に座った。


「紗和ありがとー」

「うん、じゃあ、買ってくるね!」


 私と唯ちゃんが席に座ると、紗和は食券を買いに席を立ち、しばらくしてお盆に載ったラーメンを持って戻ってきた。紗和が席に座るのを待って、三人でいただきますしてお昼ご飯を食べ始めた。


「今日は食堂あんまり混んでないね」

「だねー、週末には学祭だから、みんな手軽にお昼済ませて準備はじめてるのかな?」


 夏休みが終わって数日、明後日に迫った学園祭に、学校内はすでにちょっとしたお祭りムードになっていた。

 今日の午後からは授業なしで学園祭の準備が始まり、明日は一日かけての前日準備になっている。

 お昼休みももったいないと、すでに慌ただしく学園祭の準備を始めてるクラスもあるみたいだった。

 うちのクラスの出し物は謎解きで、謎の内容はすでに夏休み前までに決定しているから、あとやらなければならないことは教室の準備くらいだった。

 去年の私たちのクラスの出し物のクイズラリーが好評で、そのクイズラリーを企画提案してくれた委員長の唯ちゃんやクイズ好きの子たちが今年も同じクラスで、出し物の候補として謎解きが挙がって、あっという間に満場一致で謎解きに決まったのだった。

 去年に引き続き、今年も謎解きの台紙を作る係になった私と紗和と唯ちゃんは、お昼を食べ終わったら、注文していた台紙用の用紙を売店から受け取って教室に戻ることになっていた。


「弓道部は今年もおもちゃの弓で射的?」

「うん」

「深凪ちゃんは、クラスの方が終わっても部活の準備もあって大変ね」


 そんな話をしていたら、ラーメンを食べていた紗和が口の中で咀嚼していたラーメンをごくりっと一気に飲み込み、慌てて立ち上がって叫んだ。


「山崎先輩~!」


 紗和が声をかけた方を向くと、食堂の受け取り口からランチの載せたお盆を受け取ってテーブルの間の通路をこっちに歩いてくる山崎先輩の姿が見えた。

 山崎先輩は私達のテーブルの横まで来ると紗和に会釈するように頷き返し、隣に座る私に気づいて片手をあげて挨拶をしてくれて、少し離れたテーブルの友人達が待つ席に行ってしまった。


「あーあ」


 通路を挟んで少し離れたテーブルに山崎先輩が座ったのを見て、紗和もすとんっと椅子に座り、残念そうにため息をつく。


「もうちょっと席が空いていたら、山崎先輩と一緒にランチ食べられたのになぁ~」


 あまり混んでいないと言っても、ちらほらと空いている席はあるという程度で、誰も座っていないテーブルはないし、山崎先輩たちが座っているテーブルはほぼ席が埋まっていた。山崎先輩の隣の席が空いていたら、ラーメンを持ってでも隣に行きそうな勢いの紗和にちょっと苦笑してしまう。

 そんなことを考えて山崎先輩の方を見ていたら、山崎先輩の向かい側に神矢先輩が座っていることに気づく。

 気だるそうに机に腕を乗せてちょっと前かがみになって山崎先輩や綾部先輩と話していた神矢先輩がふっとこっちを向くから、視線が合ってどきっと心臓が跳ねる。

 神矢先輩が私をまっすぐに見つめる。

 一瞬、雑音が消えて、食堂に私と神矢先輩しかいないような錯覚におちいる。

 きっと、二人の視線が交わっていることには誰も気づいていない。

 神矢先輩の美しい瞳の中でうっとりするほど甘い光がきらめいて、私を射とめるように揺れていて。とろけるような甘い微笑みを浮かべて見つめられて、体の奥から甘い痺れが広がっていく。

 ほんの数秒、甘やかな微笑みを向けられただけなのに頬が赤面してしまって、それを誤魔化すように頬を両手で隠して、神矢先輩から視線を外した。


「深凪だって神矢先輩の隣が空いていたら一緒にランチしたいでしょ~?」


 疑問形なのに肯定的で、同意を求めるように紗和に聞かれて、私は曖昧に苦笑する。


「うーん……、まあ……」


 学年が違うから一緒にお昼を食べることなんてそうそうないし、弓道部は部内恋愛禁止なんて変わった部則があるから神矢先輩に好意を寄せていても積極的にそういう行動をとるっていう考えにはならなかったなぁ、なんて考えていたら。

 さっきまでは打てば響くように話していた紗和がぽかんと口を開けて黙り込んでいて、向かいに座った唯ちゃんも、きりっとした黒目を驚いたように見開いているから、私はきょとんっと首をかしげる。

 あれ、なにか変なこと言ったかな?


「えっ、なに?」

「どうしたの、深凪!? 私が言うのも変だけど、このての話すると、いっつも全力で否定するのに……、もしかして……」

「「深凪ちゃん、神矢先輩と何かあった?」」


 唯ちゃんの言葉に紗和の声が重なり、二人同時にほぼ同じことを聞いてくるから、一瞬驚いて、それから二人に顔をよせて、夏休みに弓道部で夏祭りに行ったこと、そこで神矢先輩と話したこと、神矢先輩が部活を引退して部内恋愛禁止の部則ふれなくなったこと、それで神矢先輩に告白されて付き合うことになったことを、小さな声でざっくりと説明した。

 あの日、夏祭りで神矢先輩と晴れて彼氏彼女になり、でもすぐにみんなのところに戻らなければならなくて、結局神矢先輩とはあまり二人ではいられなかったけど、その後もみんなで出店を見たりして夏祭りを満喫した。

 先輩は私達が付き合うことにしたって部員に言ってもいいって最初は言ったんだけど、少し考えこんだ後、しばらくはこちらからは言わないでおこうということになった。もちろん、私が友達に言うことはダメとは言われたなかったけど、なんとなく言い出しにくくて紗和と唯ちゃんにもまだ言えてなかったんだ。

 私の話を聞き終えて、二人はしばらくの沈黙――

 それから、隣に座る紗和はぎゅっと私を抱きしめてくれた。


「おめでとう、深凪! よかったね!!」

「深凪ちゃん、神矢先輩と両想いおめでとう!」


 一応、そばのテーブルに神矢先輩たちがいることに気を使って小さな声で、紗和と唯ちゃんがそれぞれにおめでとうって言ってくれて、胸の奥が熱くなる。

 中学でのトラブルや部内恋愛禁止っていう部則があったから、最初は自分自身ですら自分の気持ちをなかなか認められなくて。

 紗和や唯ちゃんには、神矢先輩とのことを聞かれてもなかなか素直に自分の気持ちを話せない時もあったけど、相談に乗ってくれたり背中を押してくれたから、自分の一番大切な気持ちを見失わないでいられたんだ。

 神矢先輩を好きと認めてしまってからはそれが苦しい時もあって、すっごく悩んだり、遠回りしたり、涙を流した時もあったけど。

 そういう遠回りも全部無駄なんかじゃなくって、その一つ一つの過程を経験してきたから夏祭りのあの日にたどりつけたんだって思える。

 いつも自信満々で堂々としてて、どこかつかみどころがなく飄々とした笑みを浮かべてて、ちょっと垂れた目尻が艶っぽくて。自分の練習そっちのけでいつも後輩のことを優先して練習見てくれて、不真面目なのかと思えば誰よりも練習熱心で、思わず見惚れてしまうくらい無駄のない洗練された射で、的を見つめる眼差しは吸い込まれてしまいそうなくらい真剣で――

 そんな神矢先輩が好きで――

 宝物みたいに大事なこの気持ちを、もう隠さなくてもいいという事実を改めて実感して、胸がふわりとふるえた。




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