第65話 告白
つないだ手はそのままに、反対の手でそっと包み込むように引き寄せられて、神矢先輩に抱きしめられていた――
いつかも、こうやって抱きしめられたことを思い出して、心臓がドキドキと煩さく早鐘を打っていく。
身長差のせいか、私は神矢先輩の胸に顔をうずめるような格好になって。
「ねえ、聞こえる? 伝わってる?」
それは体育祭の後の、弓道場の裏で話した時に神矢先輩が言った言葉と同じで。
だけど。
「好きだよ――」
ささやかれた神矢先輩の言葉が、鼓動が、痛いくらい体中に響いてくる。
肩を抱き寄せる腕の力がほんの少し緩まって顔を上げると、息も触れそうな距離で、神矢先輩の端正な顔があって、その瞳が私を見つめて鮮やかに揺れていた。
「覚えてる? 夏合宿の夜に言ったこと。
俺が今も弓道を続けているのは小森さんのおかげだし、小森さんに言いたいこともあるって――」
神矢先輩はいつものとろけるような甘い微笑みを浮かべて、私を見下ろす。
「引退したら、その時は嫌って言うほど聞いてもらうって言ったよね?
俺が好きなのは、初恋の子は凪ちゃん――小森さんだよ。忘れたことなんてなかった、ずっと君のことを想ってた。
再会したときは、特別すぎてこれが恋かどうかなんてあまり考えていなくて。部内恋愛禁止なんて部則もあって、余計に。だけど弓道部で一緒に過ごす時間が長くなるたびに小森さんから目が離せなくなって、小森さんの事が好きなんだって気づいて、正直、この気持ちを持て余していた。
ただ、小森さんが俺の射形が綺麗だって、憧れだって言ってくれることが誇らしくて、俺にとっても小森さんにとっても弓道が大事なものだって分かっていたから、引退するまではこの気持ちは隠し通さなければいけないなって思って、今まで言わなかったけど」
「……っ」
突然の神矢先輩の告白に私は息をのむ。
だって、分からなくて……
神矢先輩が私を好き――?
七年前、おばあちゃんの家で会った天使みたいな綺麗な顔をした男の子が実は神矢先輩で、昔会ったことがあったっていう話は聞いていたけど。
神矢先輩には高校で再会した初恋の人がいるって、綾部先輩が言っていて……
あれ? それが私――!?
綾部先輩が教えてくれた神矢先輩の昔話に出てくる初恋の女の子と、私が昔、神矢先輩に会ったことがあるって話は全然別の話なんだとずっと思っていたけど……
もしかして、あの昔話に出てきた初恋の子っていうのが私だったって、こと……?
自分がずっと勘違いして、神矢先輩には別に好きな人がいて、私の片思いなんだって思っていたのが、勘違い、ってこと……?
心臓が激しく打ち出して、甘い気持ちが心の中で渦を巻き、そこから動くことができなかった。
きっと、その時の私は目を白黒させて、すっごく間抜けな顔をしていたんだと思う。
くすっと、神矢先輩はいつものちょっと意地悪な微笑みを浮かべて、あざやかなその眼差しを一瞬うるませて、こつんっと額を私の額にぶつけてくるから。
驚きに目を閉じると。
盛大なため息をつかれてしまう。
「うん、小森さんは俺の気持ちには気づいていないんだろうな、っていうのは予想はしてたけど。ここまで驚かれるのは予想外だったかな。でも」
そこで、ふっと言葉を切るから、思わずふりあおいでしまう。
いつの間にか繋がれていた手がほどかれて、でもその代わりというか、神矢先輩の両手が包み込むように私の背中に回されてて、優しく抱きしめられる。
「後輩って言われたことを気にしちゃうなんて、小森さんは俺のこと好きでしょ」
その声にからかうような響きはなくて、優しさに満たされていて胸の奥の方がきゅうっと締めつけられる。
私が神矢先輩の事を好きなのは本当の事で、でもまだ少し混乱する頭とドキドキしすぎる胸になんと答えたらいいのか分からなくて、神矢先輩の顔を見上げることしかできない。
包み込むように抱きしめられて、息も触れそうな距離で。
うっとりするほど甘やかな眼差しで見つめられて。
ほんのりと目じりを染めた神矢先輩が魅惑的な声で言う。
「俺はもう引退して弓道部員じゃない、だから何度でも言うよ、小森さんが好きだ――
俺と付き合ってくれますか――?」
お互いの顔を見つめあったまま、神矢先輩と私の距離がもうこれ以上近づけないってくらい近づいて。
「はい――」
震える小さな声でなんとか答えた時には、私と神矢先輩との距離はもうほとんどなくて。
降るように近づいてくる神矢先輩の瞳に、私は瞳を閉じて、そっと唇を重ね合わせた。
想いを伝えあった二人。
やっとここまでたどり着きました。




