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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第64話  今はまだ



 神矢先輩の言葉がとげのように胸に刺さってじくじく痛んで、きゅっと唇をかみしめて俯いた。

 分かっていたことなのに……

 神矢先輩が私の事をただの後輩としかみていないなんてことは、分かっていたことなのに。


『――二人で行くはずだったんだけどな』


 その言葉に、ちょっと期待してしまっていた自分が嫌になる。

 へこんだ気持ちを誤魔化すように、たこ焼きにつまようじを指してぐいぐいと無意味につぶしてみる。

 神矢先輩に声をかけてきた男子達はすぐにどこかにいなくなってしまい、お好み焼きをゲットした山崎先輩が帰ってくると、神矢先輩と山崎先輩はあっという間にお好み焼きを食べてしまって、私がたこ焼きを食べ終わる方がちょっと遅かったぐらいだった。

 みんなとの約束の時間まではもう少しあるということで、二年男子がいるだろう射的の屋台に移動することになった。もう違うお店に移動したかなとも思っていたのに、成瀬君達はまだ射的屋にいて、あーでもないこーでもないって射的に夢中になっていた。

 的屋の射的って当たってもなかなか落ちなかったりして意外と難しいんだけど、そのとれそうでとれないのが男心をくすぐるのか、何度も射的に挑戦していた。

 その様子を玉城先輩は温かく見守ってて、吉岡先輩がケラケラ笑って見ていたんだけど、私はさっきのことにまだへこんでて、一緒に笑うことができなかった。

 へこんでる顔を見られたくなくて、すぐ隣に電球ソーダの屋台を見てけて「ちょっと買ってきます」って玉城先輩に声をかけてその場を離れた。

 カタカタと下駄の音をさせて、みんながいる射的の屋台から離れて、はぁーっと吐息がもれる。

 いちいちこんなことでへこんでるなんて、ほんと嫌になっちゃうなぁ。

 自己嫌悪になりながらも、いろんな味の中から、イチゴソーダを選んで電球ソーダを購入した。

 五百ミリのペットボトルをちょっと太らせたて縮めたくらいの大きさの電球型の入れ物の中に赤くて気泡のはじける液体が入っている。首にかけるストラップがついていて、底のボタンを押すと容器の底のライトを赤、青、緑の順に照らして、赤い液体を不思議な色合いに光らせていた。

 ほんのちょっとその光景に和み、でも、そのままみんなのもとに戻る気にはなれなくて、ふらふらと近くの屋台を見て歩こうと思ったら、ふいに後ろから右腕をつかまれて振り仰いだら、神矢先輩が立っていた。


「っ……」


 神矢先輩って、名前を呼ぼうとしたら、神矢先輩はいつものとろけるような甘やかな微笑みを浮かべて、私の手をつかんでいない方の手を口元に寄せて「しぃー」って、人差し指を立てるから。

 その姿があまりにも艶っぽくて見とれていたら、腕をつかんでいた神矢先輩の左手が下に下がってきて、私の右手の手のひらをつかんでゆっくりと歩きだしていた。

 そんな行動一つに、胸がドキンと跳ねる。

 神矢先輩に手を引かれるように歩き出して、慌てて後ろを振り向いたんだけど、人込みに紛れて射的の屋台もそこにいた弓道部の人たちの姿もすでに見えなくなっていた。

 どこに行くんだろうとか、みんなに言わずに勝手に来ちゃって大丈夫なのかなとか、色々聞きたいことはあったのに、どれも言葉にはならなくて。

 黙って歩く神矢先輩の後ろを私も黙ってついていった。

 しばらくは屋台の並ぶ参道を進んで、少し行った所で屋台と屋台の間の小道に入って階段を下りて行った。

 学校の近くの神社だけど来たのは初めてで、ここの神社がこんなに広いことも知らなくて新鮮だった。

 階段を降りたところは小さな広場になっていて、階段のすぐ横にはベンチが並び、奥には小さな祠と小さな手水所もあって、さらにその奥には林が続いていた。

 お祭り会場から一段下がった場所にあるここはお祭りの喧騒から離れ、小さな街灯があるだけで私達以外に人はだれも居なくて、上の方にお祭りの明かりが浮かび上がっているように見えた。

 神矢先輩がベンチに座るから、少しの距離をあけて神矢先輩の右隣に座った。さっきから繋がれている手はそのままだったから、そんなに離れて座ることはできなかったけど、せめてもの抵抗というか、すぐ隣に座るなんて恥ずかしくてできないし。


「神矢先輩……?」


 この空気に耐えられなくて声をかけると、神矢先輩ははぁーって肩で大きなため息をついて、ちらっと私に視線を流してきた。


「ちょっと、もう限界かなって思って」


 そう言った神矢先輩は、もともと少したれ気味の目じりをさらに下げて甘やかに微笑む。

 私は神矢先輩の言っている意味が分からなくて頭の中がハテナマークだらけ。


「みんなでわいわいもいいけどさ」


 そこで言葉を切った神矢先輩はほんの少し目元を染めてはにかむように微笑んで、繋がれていた手に優しく力がこめられる。


「俺はずっと、小森さんと二人で来る祭りを想像して楽しみにしてたからさ」

「わっ、私もです!」


 神矢先輩の言葉が嬉しすぎて、間髪入れずに思わず言ってしまってから、はっとして口をつぐむ。それから誤魔化すように言葉をつけ足した。


「あっ、でも、やっぱみんなと一緒が楽しいですよね……」


 戻りましょうかって、立ち上がりかけた私の手を、神矢先輩がさっきよりも力を込めて握って、そこに縫い留められたようになって動けない。


「……ほんと? みんなと一緒がよかった?」


 そう言った神矢先輩の声はなんだか複雑そうで、でも、さっき胸に刺さったとげが、じくじくとまたうずき始めて答えられなくて。

 少しの沈黙をはさんで、神矢先輩がぽつっと言った。


「唇」

「えっ?」

「さっきから、ずっと噛みしめてる」


 遠慮がちに神矢先輩の手が伸ばされて、でも私の唇に触れる前にぴたっと動きを止めてぎこちなく下ろされていく。

 言われて初めて、自分がずっと唇をかみしめていたことに気づく。


「どうしたの?」


 優しく尋ねられて、私はうつむいて首を大きく左右に振った。

 神矢先輩がなにかしたわけじゃない。

 ただ。

 私が、ただの後輩だって事実を目の当たりにしてへこんだだけ。


「小森さん……?」


 心配そうな声で尋ねられて、胸にくすぶったもやもやをなかったことにはできなくて、込み上げてくる想いに、思わず言ってしまっていた。


「っ、だって……、こんなとこにただの後輩と二人でいるのを見られて困るのは、神矢先輩じゃないですか?」


 私の言葉に、神矢先輩はそんなこと言われるとは思わなかったように一瞬目を見開いて、それからふわりと春のお日様のような優しい笑みを浮かべた。

 なんだか嬉しそうな神矢先輩の顔に、かぁーっと頬が熱くなる。

 こんな言い方じゃ、神矢先輩のことを好きだって言っているようなものだと気づく。

 でも、どうやってこの気持ちを説明したらいいのか分からなくて、言葉が見つからずにいると。


「小森さん、もしかして、さっきのこと気にしてた? でも、俺と小森さんって先輩と後輩じゃん? 今はまだ――」


 そう言って、最後につけたされた言葉に、とくんっと心臓が高鳴る。

 気がついたら――

 神矢先輩に抱きしめられていた。




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