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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第63話  夏祭りの二人



「小森さんは何が食べたい?」

「えーっと……」


 とりあえず私達も腹ごしらえしようということになって、神矢先輩がたずねてくれた。

 お祭りって来るのが久しぶりだし、ここのお祭りに来るのは初めてでなんの屋台が出てるのかも分からなくて、視線をさまよわせていると。


「たこ焼き。やっぱ祭りといえばたこ焼きだろ」


 横に立っていた山崎先輩がぽつりと、でも揺るがない声で言うから、つい仰ぎ見てしまう。

 普段無表情であまり何事にも関心を示さない山崎先輩のちょっと熱を帯びた言葉に、なんだか可愛く見えてしまって、くすりと笑みが漏れる。


「山崎先輩、たこ焼き好きなんですね。いいですね、たこ焼き。私も好きです」


 家でも時々たこ焼きって作るけど、やっぱお店で売っているたこ焼きの方が外がカリっとしてておいしいのは間違いない。

 神矢先輩も異論はなかったみたいで。


「じゃ、たこ焼きにするか」


 そう言って、屋台の中からたこ焼き屋を探しながら歩き出した。そんなに移動せずにすぐにたこ焼き屋についたのだけど、ちょうど焼き始めたばかりで少し時間がかかるようだった。

 私と神矢先輩と山崎先輩は歩く人の邪魔にならないように屋台の方に少し身を寄せるようにして列に並び、スマホの着信音がして神矢先輩がズボンの後ろポケットからスマホを取り出して見た。


「2時間後にステージの前って、成瀬から連絡きた」

「ああ、それくらいの時間でちょうどいいんじゃないか」

「1年からも返事きたし、まあ、そんな広い境内でもないからそのうち追いつくか」


 神矢先輩の言葉に、山崎先輩もスマホを取り出して、画面を確認している。

 私は、ひょいひょいっと慣れた手つきでスマホを操作して返信しているっぽい二人につい見入ってしまう。スマホに替えたら友達とラインして~なんて楽しい想像をしていたのに、実際はぜんぜんスマホに慣れることができなくって、夏休み中ってこともあるけどまだ紗和としかラインが出来ていない。

 そのラインだって、紗和のぽんぽん打ってくるメッセージ速度についていけないでいる。夏休み中にもう少しスマホに慣れて、新学期になったら他の友達ともライン交換したりできるといいなと思うけど。

 あんまりにも私が羨ましそうに見ていたからだろうか、すっと私の前にスマホを移動して神矢先輩がラインの画面を見せてくれた。

 どうやら学年別のグループラインだけでなくて弓道部全体のグループラインもあるみたいで、その全体のグループラインで今やりとりをしているようだった。


「あっ、ありがとうございます」


 状況についていけなかった私にラインの内容を見せてくれた神矢先輩にお礼を言うと。


「小森はスマホじゃないんだっけ?」


 その様子を見ていた山崎先輩に尋ねられて、さっきは言いそびれてしまったことを慌てて言う。


「あのっ、入学したときはガラケーだったんです。でも、先週やっとスマホに替えてもらって……、スマホです……」


 そう言って、鞄の中から真新しいスマホを取り出した。


「なんだ、小森さん、スマホにしたんだね」


 ほんとに驚いたように目を見開いていた神矢先輩は、それから、はぁーっとわざとらしく大きなため息をついて前髪をかき上げる。


「俺、正直、小森さんが迷子になったらアドレスもなにも知らないからどうやって探そうかと思ったよー」

「神矢先輩っ! だからどうして、迷子になること前提なんですかっ!」

「えっー、だって、小森さん小さいから、すぐ見えなくなっちゃいそうだし?」

「もー、子ども扱いしないでくださいって何度言ったら分かってくれるんですか!!」


 ははっとぜんぜん気にした風もなく笑う神矢先輩に怒って見せるけど、私もつられてくすっと笑ってしまった。こんな他愛ないやりとりも楽しくて、私は今日会った時からずっと言いたかったことを言う。


「じゃあ、迷子になっても見つけてもらえるように、ライン交換してください」



  ※



 ライン交換してください――

 と言いながらも、やり方がまだあやふやで、結局、神矢先輩にほとんど操作してもらって、神矢先輩と山崎先輩の分を登録してもらった。ついでに、弓道部の全体ラインにも入れてくれて、ラインの友達とグループが増えたのを見て、私はにっこりとしてしまう。

 たこ焼きも無事に買えて、少し奥に進んだところの屋台がない植え込みの前で三人並んで立ったまま、たこ焼きを食べた。

 私は猫舌でなかなか熱くて食べられなかったんだけど、神矢先輩と山崎先輩はわりとすぐに食べ終えてしまって、まだ食べたりないからと言って、山崎先輩はお好み焼きを買いに行ってしまった。

 本当は、神矢先輩もお好み焼き食べたいからと一緒に行こうとしてたんだけど、まだたこ焼きを食べてる私は人込みの中を食べながら移動するわけにもいかないし、また戻ってくるというのでここで待っていると言ったら、一人残して行くわけにはいかないからって神矢先輩と山崎先輩が言って、話し合った結果、神矢先輩が私と一緒に残ってくれている。


「すみません……、食べるのが遅くて」


 申し訳なくて謝ると、神矢先輩はいつものお日様みたいなふわふわの笑顔を向けてくれる。


「別に小森さんが謝ることじゃないよ」


 そう言ってから、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。


「小森さんは猫舌だった?」

「そーですよー、どうせ猫舌ですー」


 ふてくされながら答えると。


「いつも思ってたけど、髪の毛もねこっ毛でふわふわだよね」


 いつものようにぽんぽんっと頭を撫でられただけだったんだけど、神矢先輩に突然髪に触られてびくっと肩を震わせてしまう。


「……っ」

「あっ、ごめん……」

「いえ……」


 私が驚いたことに、神矢先輩の方が驚いて、すっと手を引っ込めてそっぽを向いてしまった。

 神矢先輩はよく頭を撫でてくる。子ども扱いされてるっていつもはなんとも思わないのになんでだろう。今日は妙にドキドキしてしまって俯く。そのせいか神矢先輩との間にも変な緊張感が漂ってしまった。

 少しの沈黙を挟んで。


「浴衣……」


 ぽつっと神矢先輩が小さな声で言った。


「えっ……?」

「浴衣、可愛いね。本当は、会ってすぐに言おうと思ったんだけど、なんとなくタイミング逃した……」


 目元を染めて照れたように笑って、斜めにこっちをみつめたその美しい瞳に、甘い笑みがにじみ出て、めまいがするほど素敵だった。

 胸がドキドキして俯いてしまう。

 何か言わなきゃと思った時。


「よー、神矢」


 呼ばれた声に顔を上げると、数人の男子グループがそばを通りかかって、神矢先輩に声をかけたところだった。

 神矢先輩と男子達はお前も来てたのかよーとか他愛もない会話をしてて、学校の知り合いかなって思って見ていたら、視線に気づいた神矢先輩が「クラスメイト」って耳を寄せて教えてくれた。

 知らない男子達だったけど無視するのもあれだと思ってぺこっと頭を下げると、ひゅ~っとかって口笛を吹く男子もいたりして、その反応にどうしていいのか分からなくて瞳を瞬いて困ってしまう。

 最初に声をかけてきた男子が神矢先輩の肩に腕を回して、覗き込むように言う。


「なに? 二人で来てるの? 神矢の彼女?」


 矢継ぎ早に興味津々で質問をする声はからかうような声音で、ジロジロ見られて居心地が悪い。

 そんなわけないじゃん、って心の中で愚痴ってため息をつく。だから。


「違うよ、部の後輩。みんなできてて、山崎はいま買い出し中」


 って、さらっとなんでもないことのようにそっけない声で対応する神矢先輩の言葉は、私の予想通りだし、事実だから、なんにもおかしくないのに。

 なのにその言葉に地味にへこんでしまった。




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