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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第62話  祭囃子



 八月の終わり、もう十八時をすぎているけれどまだ日は暮れてなくて空は明るい。

 そんな中を、夏祭り会場の神社に向かって成瀬君たち二年男子を先頭に弓道部がぞろぞろと歩いている。

 神社は学校に行く途中を少し折れたところにあって、歩き慣れているいつもの通学路を歩いているのに、道路の両側に吊るされた提灯のあかりが揺れる道は、なんだか初めて歩く場所のように感じる。

 なんといっても、隣に神矢先輩が歩いているからとてもじゃないけど平常心ではいられない。

 落ち着かない心を誤魔化すようにあたりに視線をさまよわせるけど。

 歩道のない狭い道路は神社に向かって歩いている人であふれかえり、みんなうきうきとした様子で、誰も私がそわそわしていることになど気づいていない。

 ちらっと横を見上げれば神矢先輩が歩いてて、浴衣で早く歩けない私に合わせてゆっくり歩いてくれている。

 待ち合わせの駅で成瀬君に声をかけられた時は、神矢先輩に言われた「夏祭りに一緒に行こう」をいつの間にか自分に都合よく「二人で行こう」に勝手に勘違いしていたんだと落胆したけど、山崎先輩の話を聞く限りでは――、私の勘違いじゃ、ないんだよね……?

 隣を歩く神矢先輩を盗み見るけど、神矢先輩は歩き出してから一言も喋らない。

 でも。

 私が山崎先輩に謝られていたたまれなくて、大丈夫ですって言ってたら――


『――二人で行くはずだったんだけどな』


 確かに神矢先輩はそう言ったと思う。いつものお日様みたいなふわふわの笑顔と甘やかな声音で。

 だから私の勘違いじゃなくて、神矢先輩も私と二人で行くつもりではいたけど、弓道部で行くってことになって断りきれなかったんだよね――?

 自分の中でそういう結論を導くけど、やっぱり自信はなくて不安で。

 歩き出してから何度目になるのか、ちらっと横を見上げたら。

 こっちを見た神矢先輩と視線が合ってしまい、神矢先輩はすっと視線をそらしてしまう。

 だけど、すぐにこっちをむいた神矢先輩の頬は心なしか赤く染まってて、照れたような顔で微笑んだ。


「楽しみだね」

「っ、はい!」


 私も神矢先輩につられて微笑んでいた。

 さっきまで胸の中で渦巻いてた不安なんて、一瞬でどこかに飛んでいってしまう。

 神矢先輩と二人っきりじゃなくて弓道部のメンバーと一緒だけど、神矢先輩と一緒に夏祭りに来てるんだって思うだけで、ウキウキするくらい気持ちが舞い上がってしまう。

 だんだんと大きくなってくる祭囃子の音に、ごちゃごちゃ考えるのはやめて、夏祭りをうんと楽しもうと思った。



  ※



 何段もの石段を上った境内はすごく大勢の人がいて賑わっていた。

 参道を挟むように並ぶ屋台にはお客が列をなして並び、売り子が声をあげてお客の対応をしている。 

 うっすらと暗くなった薄闇の中、そこだけが別世界のようにまぶしく輝き、祭囃子の中に、お祭りを楽しむ人々の声が混ざって、それだけでウキウキとした気持ちになってくる。

 先頭を歩いていた成瀬君達二年生男子グループは、目当ての屋台を見つけたようで、さっそく人並みの中に消えていってしまった。一年生グループは、まずは腹ごしらえという感じで、いくつかの飲食系の出店を見て回ることにしたようだった。


「成瀬達、射的に行くって言ってたから、私たちも冷やかしに見に行ってくるよ~」


 そう言って、吉岡先輩と玉城先輩は射的の屋台に行ってしまった。


「俺らも、適当に食べたら射的にいくかー」


 三年生もいいながら屋台を目指して、人込みの中に消えていってしまった。

 なんというか……


「あいつら、あいかわらず自由だな……」


 ぽつりとつぶやいた山崎先輩の言葉が、心の中で思っていたことと全く一緒で、噴き出してしまう。


「ふふっ、そうですね……」


 弓道部メンバーで行くって話だったから、ある程度はみんなで固まって行動するのかと思っていたら、みんな好き勝手に散らばっていってしまうから呆気にとられてしまったというか。

 出遅れた、ってことになるのかな?

 参道の入り口に残ったのは、私と神矢先輩と山崎先輩の三人で、他のメンバーは境内につくなり蜘蛛の子を散らすように、あっという間にいなくなってしまうんだもの。


「おい、元主将。こんなまとまりがなくて、大丈夫なのか……」


 心底心配だというように、普段から無表情の山崎先輩が眉根を寄せて神矢先輩をねめつけた。

 神矢先輩は、前髪をくしゃっとかき上げて、大きなため息を一つ。


「まぁ、今は部活中じゃないし、夏祭りで浮かれる気持ちもわかるからなぁ。それに、あんな大人数でずっと一緒には回れないし。ある程度の時間が経ったら、どこか場所決めて、一度集まるとかするように成瀬にラインしておくよ」

「便利な世の中に感謝だな……」

「そうだね。でも、便利なツールを持っていない子もいるから……」


 そこで言葉を切った神矢先輩は、ぽんぽんっと私の頭をなでて、ふっと春のお日様みたいに柔らかい笑みを浮かべる。その瞳はこどもみたいに楽しそうで。


「お願いだから、迷子にはならないでね。小森さん」

「神矢先輩っ! 子ども扱いしないでくださいっ!!」


 またからかわれたことに気づいて怒って見せるけど、そんなやり取りもなんだか嬉しくて。


「じゃ、俺らもそろそろ出陣しますか?」


 キラキラした瞳でそんなふうに聞かれて、つられて笑ってしまう。


「はいっ」




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