第61話 高鳴る胸
『夏祭り、一緒に行こう――』
そう言った神矢先輩の瞳が、的に向ける時の射貫くような真剣な瞳で、ドギマギしてしまった。
私があんまりにも夏祭りに行きたそうにしていたから、誘ってくれただけなんだってわかってるのに。
『俺が小森さんと行きたい――』
そう言った時のぞくっとするほど甘美な声ととろけるような微笑みの神矢先輩を思い出してしまい、胸の奥が甘い痺れに襲われて、勘違いしてしまいそうになる。
私はただの後輩でしかないんだから――
それに、神矢先輩には初恋の人がいるし……
そう言い聞かせながらも、去年新調したのに着ることのなかった真新しい浴衣を着て、念入りにヘアセットして、化粧もほんのちょっとして、私は待ち合わせ場所の駅へと胸を高鳴らせて向かった。
※
夏祭りが楽しみすぎて夏祭りの日をカレンダーで指折り数えて、その日が近づくたびにドキドキが大きくなって。いよいよ明日が夏祭りだと思うと、昨夜はドキドキしすぎてあまり寝つけなくって、朝寝坊してしまった。
まあ、部活もないし、夏祭りが夕方からだったからよかったけど。
神矢先輩と約束した時間よりも少し早く待ち合わせの駅についてしまったけど、夏祭り会場の神社の最寄りである駅にはすでにちらほらと夏祭りに向かう人の姿があった。
改札を出た私は、駅のコンコースで先輩がやってくるであろう改札にわざと背を向けて立つ。
夏祭りは楽しみなんだけど、神矢先輩と一緒というのが緊張せずにはいられなくて、心臓がドキドキと煩いくらい早鐘を打っている。その鼓動が痛いくらい体中に響いて、緊張感が増してしまう。そのドキドキを落ちつけるためにあえて改札を視界に入れないように立って、瞳をとじて深呼吸して気持ちを落ち着かせようと努力する。
時間は同じように流れてるはずなのに、待ち合わせ時間までのたった数分がとても長く感じて、自分の周りだけ時間の流れがゆっくりに感じる。
わざとらしいくらい大きく息を吸って胸を膨らませ、一緒に緊張も飛んでいくことを願って息を長く吐き出した。
その時、ぽんっと肩を叩かれて、驚きと緊張で心臓が跳ねる。
待ち望んでいた人が来たのだと思って振り返った私は瞳を見開いた。
「よっ」
そこに立っていたのは成瀬君で、周りには市之瀬君やほかの弓道部二年のメンバーがいたから。
「えっ……」
驚いている私には気づかず、成瀬君の横から顔を出した市之瀬君が当たり前のように話しかけてくる。
「小森も来てたんだな。グループラインで夏祭りの話したとき、小森はなにも返事なかったから来ないかと思ってた」
一年のゴールデンウィーク明けにカケなどの弓具を買いに行く話になったときに、学年内で連絡がとりやすいようにしようということで、弓道部同期のグループラインを作ったのだけど。
私はその時まだガラケーで、ラインのグループには入らずに個別でメール連絡をもらっていた。
基本的には毎日部活で顔を合わせてるメンバーだから話したいことは直接話せばいいし、スマホだとメールはあまりしなくなるらしくって、だんだんとメール連絡も少なくなっていたけど、それで不便なことも特になくて私も気にしていなかったんだよね。
さすがに、周りの友達もどんどんスマホに替えていって、友達同士でもやっぱりメールじゃなくてラインでのやり取りが増えていって私もスマホに替えてほしくてずっと親にはお願いしていて、つい数日前にやっとスマホに機種変してもらったばかりだった。
っといっても、未知のスマホの操作方法にまだ慣れなくて、紗和に教えてもらってラインのアプリを入れたけど、他の人とはまだラインでつながっていなかった。
「私、1年の時はガラケーだったからグループラインに入ってないんだよ」
「あっ、そうだったな。部活最終日の帰りに夏祭りに行こうって話になったからラインで連絡とりあってたんだけど。そっか、小森はグループラインはいってなかったんだっけ……」
私がガラケーでグループラインに入っていなかったということは、きっと市之瀬君だけじゃなくて他の二年生も忘れていたのだろう。
でもそれで成瀬君や市之瀬君、他の弓道部メンバーも夏祭りに行くためにここに集合したんだと分かった。
神矢先輩に一緒に夏祭りに行こうと誘われた後、あまりにもコンビニに行った男子達の出てくるのが遅くて、結局私は一人で先に帰っていた。
きっとその後に、コンビニの前の掲示板に貼られていた夏祭りのポスターを成瀬君たちも見て夏祭りに行こうという話になったのだろう。
夏祭り会場の神社の最寄り駅であるここは、学校の最寄り駅でもある。
部活のメンバーで行くのなら、この夏祭りが近場で集まりやすい。
そんな単純なことが理由だというだけなのに、成瀬君達がいるのを見たとき一瞬、神矢先輩が他の部員も夏祭りに誘ったのだと勘違いして、落胆してしまった。
でも、よくよく考えてみれば、「一緒に行こう」とは誘われたけど、「二人きりで」とは言われてなかったことに今更ながらに気づく。
もしかして、勘違いしてた……?
神矢先輩は、別に私だけを誘ってくれたんじゃないのかもしれない……
真意を確かめたいのに肝心の神矢先輩はまだ来てなくて、待ち合わせの時刻を駅の吊り時計の短針と長針がカチッと音をさせて指したのと同時に、到着した電車から降りて改札を出てきたのは、山崎先輩や玉城先輩、三年生も一年生もいて疑念が確信に変わっていく。
やっぱりそうなんだ……
私が勘違いしてただけなんだ……
「深凪ちゃんも来れたんだね~、浴衣かわいい~」
玉城先輩と吉岡先輩が話しかけてきてくれた。二人は浴衣ではなく普通の私服姿で、変に気合を入れて準備をしてきてしまったことが恥ずかしくなってくる。
「ねー、これでそろったのー? ちょっと成瀬、主将の初仕事として点呼とってまとめなさいよ!」
吉岡先輩に小突かれた成瀬君はぶつぶつ文句を言いながらも、人数を確認し始める。
その様子を遠目に見ていたら、山崎先輩が近寄ってきて、耳元で私だけに聞こえるような声で囁いた。
「小森、すまない」
「えっ……?」
なんで山崎先輩に謝られたのか困惑して顔を上げると、普段無表情な山崎先輩が申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「部活最終日の小森が帰った後、二年が夏祭りのポスター見て部活のメンバーで行こうって話が出たんだ。成瀬達二年は去年も弓道部メンバーで行ったみたいで、その話を聞いた三年が今年は俺らも行こうって流れになって――」
そこで言葉を切って一つため息をつき。
「神矢は最初行かないって言ったんだけど、俺が無理やり一緒に行くって言わせたんだ。すまない、二人で行く約束をしてたことを知らなかったとはいえ……」
「っ……」
周りに気づかれないように小さくではあったけど頭を下げて謝る山崎先輩に、私は慌てる。山崎先輩に謝られるなんていたたまれなくて、なんとか山崎先輩の気持ちを納得させようと言い訳じみたことを口にする。
「そんな、だいじょうぶです。別に二人で……」
行く約束をしたわけじゃないですから――
そう続くはずの言葉は、突然両肩に置かれた手に驚き、声にならなかった。
「――二人で行くはずだったんだけどな」
甘やかな声音で言って、私の肩越しに後ろから神矢先輩が顔をのぞかせた。
その顔はいつものお日様みたいなふわふわの笑顔なのに、目が笑ってなくて怖いくらい鮮やかな眼差しで山崎先輩を見つめていた。
山崎先輩はその視線を受けて、一瞬、眉間に皺を寄せ、すぐにいつも無表情に戻る。
「すまなかったと思ってる」
それだけを静かに告げると、山崎先輩は歩き出してしまう。
どうやら、成瀬君が点呼を完了させて、夏祭りが待ちきれない吉岡先輩にせかされて夏祭り会場へと歩き始めたようだった。
その最後尾に山崎先輩、少し間を開けて、私と神矢先輩がついて歩き出した。
ご無沙汰しております。
3年も更新が止まってしまいすみませんでした。
まだ待っていて下さる方がいるかどうかは分かりませんが……
最後まであと数話なので、完結を目指してもう一度頑張りたいと思います!




