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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第60話  最後の日



 その後、お疲れ様会は滞りなく終わった。

 途中、新男子主将に成瀬君、新女子主将に私がそれぞれ任命されて、ほんとうに三年生は引退なんだって実感がわいてきた。

 なにももう一生会えないわけじゃないし、神矢先輩だって時々、部活に顔を出してくれるって言っていたけど、次の部活の時にはもう三年生はいないんだって思うと寂しい気持ちでいっぱいで、泣きそうになってしまった。

 そんな私を温かい眼差しで見守ってくれる先輩と、「深凪先輩泣き虫なんですね~」「一緒に頑張っていきましょう」そう言って支えてくれる後輩に囲まれて、なんとか涙を落ちつかせることができた。

 涙をぬぐって、顔を上げて。寂しいって気持ちで終わらせてしまうのではなくて。

 今まで先輩たちが築き上げてきた伝統を引き継いで、これからは私たち二年生が弓道部を引っ張っていって、次の学年にまたバトンを渡せるように頑張ろうと、決意を胸に秘めた。



  ※



 お疲れ様会の片づけも準備同様一年生の仕事だったんだけど、今年の一年生は人数が少ないこともあって二年も手伝ってたら、なんだかんだと三年生も片づけに残ってくれて、一、二、三年生の弓道部員勢ぞろいのまま教室を出て、ぞろぞろと昇降口を出、校門に向かっての並木道を歩いた。このメンバーで揃うのはもう本当に最後なのに、学年関係なく仲の良い弓道部の様子を見ると、これで最後なんだという感じはしなくて、お疲れ様会での寂しさがちょっとだけ薄れてくれた。

 正門を出たところでバス組と電車組に分かれるためあいさつを交わし、それまで集団だったのが散り散りになり教室を出た時よりも小さくなった群れで駅へと歩いて行った。

 自転車通学の神矢先輩は自転車には乗らずに手で押しながら電車組の山崎先輩と並んで一前のほうを歩いていた。

 駅につくと駅前にあるコンビニにちょっと寄ると言って成瀬君や男子部員がコンビニへ行ってしまった。

 部活帰りにこうやって一緒に帰る時に男子がコンビニによるのはいつものことで、私はそれを外で待っていたり、時々は一緒にコンビニに行くこともある。

 今日はコンビニに用事はなかったし、女子部員はことごとくバス組でいなかったから先に帰ってもよかったんだけど、三年生のいる最後の日だと思うと名残惜しくその場を離れがたく思ってコンビニの前でみんなが出てくるのを待つことにした。

 次々に弓道部員がコンビニに入っていき、コンビニの外に残されたのは、私と自転車をとめた神矢先輩の二人だけだった。


「先輩はコンビニいいんですか?」

「ん? あー、俺は用事ないからね」


 それなら、先に帰ってもいいんじゃないかなと思いつつも、自分も同じように待っているので口に出しては言わない。

 こうやって神矢先輩と部活後に一緒に帰るのも今日が最後なんだと思うと胸をきゅっと締め付けられる。

 引退しても時々は部活に顔を出すって言ってくれたけど、やっぱり寂しいものは寂しい。

 西に傾いた夕日がオレンジ色に染める空、蝉の鳴き声が聞こえる中、胸を占めるのはそんな思いばかりだった。

 一度は収まったのに、また涙がこみ上げてきそうで、それをごまかすように顔をそむけると、コンビニのそばにあった町の掲示板に張られた『第四十一回 月ヶ丘納涼夏祭り』というポスターが目に飛び込んできた。

 紺色の闇夜に鮮やかに咲いた大輪の花火が描かれたポスターだった。

 そのポスターに視線を奪われていると。


「なに? 夏祭り? もうそういう時期か~」


 神矢先輩もポスターに気づいてこちら近づき、顔を覗き込むようにして聞いた。


「気になるの?」


 くすっと笑われて、食い入るように見てしまったことが恥ずかしくて私はあわてて答える。


「本当は去年、紗和と一緒に行く約束してたんです。浴衣もお母さんが新しいのを買ってくれて、すごく楽しみにしてたんですけど……夏祭り当日は風邪ひいてしまって行けなかったんです」


 その時のことを思い出して、語尾が力なく消えていく。

 月ヶ丘納涼夏祭りはちょうど夏休み最終日曜日にあって、結局、新調した浴衣は袖を通さないままクローゼットにしまってある。

 今年の夏祭りは、紗和はちょうど家族旅行に行ってしまうので約束はしてない。


「一緒に行く?」

「えっ?」


 思いしなかった神矢先輩の言葉にがばっと顔を上げて神矢先輩の顔を仰ぎ見た。


「私、そんなに行きたそうな顔してましたか……?」


 戸惑いながら聞いた私に、神矢先輩はいつものちょっと意地悪な笑顔ではなくて。


「うん、してた。っていうか、俺が小森さんと行きたい」


とろけるような甘い微笑みを浮かべて言った。


「夏祭り、一緒に行こう――」


 ぞくっとするくらい甘美な声音で誘われて。

 その言葉が耳から体中に伝わって、胸の奥が甘く切なく揺れた。



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