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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第59話  ふるえる鼓動



 夏合宿が終わってしまうと、その後は慌ただしく総体が始まった。団体戦女子は予選で惜しくも敗退してしまったけど、男子は予選を順調に勝ち抜いて決勝トーナメントに進み、準々決勝、準決勝と駒を進め、準決勝で二本差という僅差で負けてしまったけど、三位決定戦では快勝で三位をもぎ取ることができた。

 個人戦では今年も神矢先輩が出場してて、部員全員で気合いを入れて応援をたくさんした。

 神矢先輩は圧巻の安定した的中率で皆中(かいちゅう)を出し続け、予選準決勝を勝ち抜き、決勝まで進んだ。

 去年も見ている総体個人決勝戦だけど、全国から集まってきた強者の緊迫感に圧倒されてしまう。

 個人戦は予選も準決勝も二手(四射)三中以上の的中率で勝ち進むことができ、三中または皆中を出す人ばかりだったけど、その中でも神矢先輩は一際人目を惹きつける洗礼された射をして注目を集めていた。会場中の誰もが息を飲んで見つめ、無駄のない流れるような所作に見惚れていた。

 決勝は射詰めで、各自一射ずつ競射を行い勝敗を決する。失中した者はそこで敗退となり、最後の一人になるまで当て続けた者が優勝となる。

 広い会場内の中、たった数人で行われる決勝戦はそれまでにないほどの緊張感と注目を集めて行われるため、それまで当て続けていた人も、外してしまうことがあり、だいたいが四射くらいで勝敗が決まるものだけど、神矢先輩ともう一人、九州高校二年生が四射皆中して、矢取りのタイミングで、霞的から八寸の星的に的替えがされて、会場内の緊張感が一気に増した。

 張りつめた緊張感に、一矢一矢に息を飲み、的に当たった瞬間、会場に大歓声湧き上がった。

 両者とも一矢も外さず、いつまでも続くものかと固唾を飲んで見守る。

 一動作、一動作がスローモーションに見えるようで、その射に引き込まれていった。

 霞的に替わってからも四射皆中が続き矢取りが入り、決勝九本目で、ついに勝敗が決した。

 打ち上げのタイミングは違ったのに、ほぼ同時に放たれた矢は、一本は的のほぼ真ん中に、もう一本は、的の三時の方向の的枠の外をかすめて、安土に刺さった。

 的中したのは神矢先輩の矢だった。

 その瞬間、会場中に大きな拍手が響き渡り、揖をして射場を出た神矢先輩と九州高校の二年生が歩み寄り、握手する姿が見えた。



  ※



「えっと……、なんで神矢先輩までついてくるんですか……?」


 学校から線路を挟んだところにある中規模のショッピングモールのスーパーの入り口をくぐったところで、私は振り返って眉根を寄せた。

 教室を出た時も、学校を出た時も、ずっと後ろをついてくる神矢先輩には気づいていたけど、先輩は先輩で別に用事があるとかなのかなって思おうとしてたのに……

 さすがにここまで後をつけられては、そう思い込むにも限度があった。

 怪訝そうに尋ねた私を、神矢先輩はふんわりといつものちょっと意地悪な笑みを浮かべる。


「だって、小森さんがじゃんけんで負けるから」

「えっと、私が悪いってことですか……?」


 なぜだか私が非難されて、理不尽さに一層眉根の皺を寄せる。


「というか、去年もこの会話しませんでしたか……?」

「そうだね、俺も去年も言ったよね? 買い出しなんて力仕事、野郎にやらせればいいのにって。なんでじゃんけん弱いのわかってるのにじゃんけんの輪に加わるかな? だいたい買い出し係は一年の仕事だろ?」

「そうですけど、一年生もうテンパってて準備の方で手一杯だったし、買い忘れたものって紙皿とか軽いものだから私一人でも大丈夫なんですー」


 そう言っている私の横で、すでに買い物かごを手に持った神矢先輩を見て、ため息をつく。

熱い総体が終わり、今日は夏休み練習最終日。午前中の練習が終わり、午後は毎年恒例となっている総体お疲れ様会の準備中。

 お疲れ様会は総体に出た二、三年生を労う会で、準備や買い出しは一年がやることになっている。

 去年もそうだったけど、神矢先輩は交代することなく通しでずっと団体戦に出て三位入賞をもぎ取って、それだけじゃなく個人戦にも出て優勝までしている。今日一番労われるべき人なのに……なんで買い出しに来ちゃうかなぁ。

 一年生の時も買い出し係だと言っていたことを思い出して、ぽつりと漏らす。


「先輩は買い出し係がそんなに好きなんですか……?」

「なに?」

「いえ、毎年毎年、一番労われるべき人なのにって思っただけですっ!」


 そう言ったら、なぜだか神矢先輩はおかしそうに笑って、ぽんっと私の頭を撫でた。


「それを言うなら、小森さんだって総体頑張ってたでしょ」

「でも、予選すら突破できませんでした……」

「それは結果であって、的中率は八割超えてたじゃん。スケベだったけど」


 最後に付け足して、はははっと声を出して神矢先輩が甘く笑った。

 スケベというのは弓道で最後の一本を外すこと。最後の一本も当てたいって欲を出して外すことから、スケベと言うらしい。

 確かに欲を出した感はあったけど、八本中七本当てただけでも、今の私には上出来なのに!

 反論しようと顔をあげて、神矢先輩の無邪気な笑顔を見てしまって、胸がきゅんっとなる。

 うぅ……、この笑顔に弱いんだよね、私。


「そ、れは……」


 どもりながら、なんとか言葉をつづける。


「団体でも個人戦でも一本も外さなかった神矢先輩だから言えるんですよー」


 不服げにこぼして、これから行われるお疲れ様会のことを思うと寂しくなって、声がしんみりとしてしまう。


「もう、三年生は引退なんですよね……」


 三年生が部活に参加するのは八月までで、今日が夏休み最後の練習日だから、このお疲れ様会が終わったら、本当に引退ってことになる。


「まあ、事実上引退ってことになるけど、俺は大学でも弓道続けるつもりだから、感覚鈍らないように週一くらいは顔出そうかなって思ってるんだけど――」


 そこで言葉を切った神矢先輩は、わざとらしく咳払いをして付け足す。


「部活に参加してもよろしいでしょうか、女子主将さん?」

「なっ……!?」


 予想もしていなかった呼ばれ方に、びっくりしすぎて挙動不審な答えになってしまう。


「まだ、私が女子主将になるとは限らないじゃないですかっ!」


 三年生が引退するのに伴い二年生の中から新男子主将と新女子主将を決めるのだけど、毎年三年生からの指名制になっててお疲れ様会で発表することになってるから、まだ誰が主将になるかは伝えられていないのに。

 焦っている私に対して、神矢先輩はちょっと呆れたように苦笑する。


「わからないもなにも、二年女子は小森さんしかいないんだから、小森さん以外女子主将はいないでしょ」

「それはそうですけど……、それって二年女子は私しかいないから渋々ってことですよね……? なんか申し訳ないです……」


 地味にへこんでいたら、ぽんぽんって大きな掌が頭を優しくなでていった。


「逆だよ、小森さんだから玉城も吉岡も安心して任せられるって言ってたよ。よく頑張ったね――」


 胸にしみいる声で言われて、鼓動がふるえて涙が出そうになった。

 頑張れたのは神矢先輩のおかげですって、どうやったら伝えられますか――?




大変お待たせいたしました!

1年半も間が空いてしまって……本当にお待たせしました!

もう誰も待っていないかしら……?

なんとか、もう少し踏ん張って書き上げたいと思いますので応援よろしくお願いします。

拍手にポチっと、一言でもコメントいただけると大変励みになります!


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