第58話 はちみつ色の星空
気がついたら、女子部屋の布団の中にいた。
いつの間に眠ってしまったのだろうかと考えて、夕食後に道場に行ったところまでは思い出すことができた。
変な時間に寝てしまったせいか、まだ空が暗いのに目が冴えてしまい、物音をたてないように布団をめくり、女子部屋から出た。
あのまま布団で横になってても寝れる気がしなくて外に出たものの、どこに行くとも考えずとりあえずロビーに降りたら、テラスの階段に腰かけている人影が目に入った。
外に出ると、その人影が振り返った。
「また眠れないんですか……?」
尋ねた私に、神矢先輩がふわりと微笑む。
「小森さんこそ、こんな時間にどうした?」
「なんだか目が冴えちゃって……」
恥ずかしさを誤魔化すように髪をいじりながら言った私に、神矢先輩は自分の左横をとんとんっと叩いてそこに座るように促すから、ゆっくりと近づき、神矢先輩の隣りに腰を下ろした。
ちらっと隣を見ると、神矢先輩は静かな横顔で、空を見上げていた。
私は視線を自分の手元に落とす。
二人の間に、沈黙が流れる。だけどそれは嫌な沈黙ではなくて、穏やかな間だった。
「もう、合宿も終わっちゃいますね……」
「そうだな」
ぽつりともらした私の言葉に、神矢先輩は空を見上げたまま、少し寂しげにつぶやいた。
「合宿もあっという間だったけど、高校生になってからの一年半もあっという間でした。みんなでくだらないことで騒いで遊んで、でも立ちの時はみんな真剣で、張りつめたようなあの緊張感が好きで――、入学したばかりの頃は、こんな風に部活が楽しいって思う日が来るなんて想像もしてなかったです」
なんだかこんな話をするのは照れくさくて、私も空を見上げる。
「神矢先輩がいなかったら、こんなに楽しい日々も、信頼できる仲間も、尊敬できる先輩にも出会えなかったんです……、ありがとうございます、感謝してます、ずっと言いたくて、でもなんか今更な気がして照れくさくて言えなかったけど……」
もうすぐ夏も終わる。
この夏合宿が終われば、数日後には総体があり、その大会を最後に夏休みが終わってしまえば三年生は部活を引退してしまう。
毎日、当たり前のように部活に行けば顔を合わせていた先輩達には、もう、秋からは会うことはない。
そう思うと、寂しさが込み上げてきて、感謝の気持ちを伝えたくなった。
でも、本当にこんなことを言うのは今更な気がして恥ずかしさに顔を俯かせようとしたら。
「俺もだよ」
「えっ?」
「俺も小森さんに感謝してる、俺が今も弓道を続けてるのは小森さんのおかげだし、小森さんに言いたいこともあるんだけど――」
神矢先輩はそこで言葉を切った。
振り仰ぐとすぐ上に、神矢先輩の綺麗な眼差しがあって、私を見つめて艶やかに揺れていた。
あまりにもまっすぐに見つめられて、胸がどくんっと跳ねる。
そこから視線をそらすことが出来なくて、息を飲んで見つめ返すことしか出来ない。
二人の間に、また沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、神矢先輩。
うっとりするほど甘やかな微笑みを向けられて。
「今はまだ言わないことにする、釘さされたばかりだし」
もったいぶった言い方をされて私には意味が分からなくて、こくんっと首を傾げると。
「今は、ね」
意味深に微笑まれて、頭の中がハテナマークだらけなのに、あまりに魅惑的すぎる神矢先輩の笑みに魅せられたようになにも聞けなくて。
呆然としていたら、神矢先輩が私の耳元に顔を寄せる。
「引退したら、その時は嫌って言うほど聞いてもらうよ」
息が触れる距離でささやかれて、鼓動が跳ねる。
恥ずかしさに右耳を押さえて振り返ると、すでに立ち上がった神矢先輩はいつものちょっと意地悪な笑みを口元に浮かべて言った。
「冷えるといけないから、そろそろ部屋に戻ろう」
促されて、焦って立ち上がった私は転びそうになってしまった。
甘い声でささやかれたせいで気持ちがふわふわして、もつれそうになる足取りで合宿所の中に戻る神矢先輩を慌てて追いかけた。
その夜は結局、どきどきしすぎてほとんど眠れなかった。




