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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第6章 春が来るまで
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第57話  恋色の行方 side神矢



 やっぱりというかなんというか……

 月明かりで照らされた道場を見つめ、予想していた通りの光景に、俺は細い吐息をもらした。

 三泊四日の夏休み強化合宿、三日目の今日は、毎年恒例の百射会が朝から行われ、昼食を挟み夕陽が山に沈んでいく頃にようやく終わった。

 焼きつけるような熱気の中、ほとんど休憩なしに百射を打ち、ヘトヘトになりながら合宿所に戻りすぐに夕食時間となった。

 二日目までは一年が食事の準備を手伝うことになっているが、この日は夕食の時間ギリギリまで百射会をやっているために手伝う時間がなく、合宿所の人がすぐに食べられるように準備をしてくれた。

 そして、最終日の夜ということでちょっとしたお疲れ様会を兼ねて夕飯を済ませた後もスナック菓子やジュースを広げ、食堂では部員達がそれぞれに雑談したり親睦を深めていた。

 数日後に始まる総体に向けて部員のやる気を鼓舞する意味もあり、主将として部員達全員に声をかけて回ってた俺は、さっきまで食堂にあった姿がいなくなっていることに気づき、その場を女子主将の玉城と副主将の山崎に任せて、合宿所を出た。

 外に出ると、昼間の焼け付くような日差しは幻のように、ひやりとした風が肌を撫でていく。夏場といっても山の夜は涼しいと、三年目の合宿で改めて思い知らされる。

 小森さんの姿が見えないことに気づいた俺は、部屋に戻ったのかと玉城に確認したけど、部屋には戻っていないようだった。

 どこに行ったのか、そう考えてすぐに思い当ったのは道場だった。

 合宿所から道路を挟んだ場所にある道場に向かいながら、俺は去年のことを思い出す。

 紫外線が苦手だと言っていた小森。

 練習のしすぎで潰れた豆の痛さにも耐えて百射会に出ていた姿を思い出す。

 それから――


『神矢先輩みたいな綺麗な射形になりたいって思います。神矢先輩は私の憧れで目標です。そりゃあ、最初は生徒手帳を人質にとられて強引に入部させられて戸惑ったけれど、今は、あの時神矢先輩に勧誘されて良かったって思ってます。入部してなければ、きっと私はずっと弓道を避け続けて、自分からはもう一度やろうとは思えなかった。こんなに弓道が好きなのに。神矢先輩のおかげです』


 照れくさそうに言った小森さんの言葉に、俺がどれほど嬉しかったか。

 ずっと大切な女の子だった。

 俺の方こそ、どんなに君の存在に救われてきたか、言葉だけでは伝えきれない想いが胸に渦まいて、でも、言えなくて。

 少しでも伝わっているのだろうか、と。

 時々、思うこともある。

 去年の体育祭の帰り際、俺の過去を知られて、小森さんが言おうとした言葉を遮って、この腕の中に抱きしめた。

 なによりも、腕の中のぬくもりが大事だ。

 なにものにも代えられない大切な宝物の女の子。

 その女の子と俺を繋ぐのは弓道で、俺も、小森さんも弓道を愛している。

 口にするのは簡単だった。

 たった二文字。

 でも、それで失うものは大きい――……

 彼女が好きだと言った弓道を奪うような結果になるのが分かっていて、自分の幸せだけを求めることなんてできなかった。

 今はいい。こうして隣で彼女が笑っていて、一緒に同じものを見ていて。共に弓道が出来るだけで。

 そう思った。

 きっと、それは小森さんも一緒だろう。

 ぎこちない空気のときもあったけど、進級して二年になってからの小森さんは徹底的に後輩というスタンスを崩さなかった。

 彼女に対する気持ちがどんどん大きくなって持て余していた俺としては、彼女のその線引きしたような態度に、自分のいなければならないポジションを思い出させられた。

 例え、小森さんが俺に対する気持ちが憧れだったとしても、俺が彼女に対する気持ちは変わらなくて、あの部則がある限り、引退するまではこの気持ちを隠し通さなければならないのは分かっている。

 でも。

 時々、思うんだ。

 部内恋愛禁止だと分かっていながら、部則を破って退部していった部員達。

 昔の俺なら、そんなくだらない部則のせいで退部しなければならないのはどんなに惨めだろうかと、内心複雑な気分になった。

 退部しなければならないと分かっていて、それでも、弓道が出来なくなるよりも側にいたいと強く願うような気持ちは俺には分からなかった。

 でも。

 今なら少しその気持ちが分かる気がして、そっと吐息をもらした。

 道場に着くと、シャッターが開いたままの道場内が見えて、道場の隅にある文机に突っ伏して寝ている小森さんの姿を見つけて、無意識に口元がほころんだ。

 月明かりで照らされた道場を見つめ、予想していた通りの光景に呆れつつも、その姿に笑みが浮かんでいた。

 雪駄を脱いで道場に上がり、文机に頬をつけて規則正しい寝息を立てている小森の顔にかかった髪をそっと払う。

 苦手だと言った照りつける日差し中、よく頑張っていた。

 一年がいる手前疲れている姿なんて見せられなくて道場に来たのだろうけど、山の涼しい風が道場内に吹き込んできて、このままここに寝かせていたら風邪をひくかもしれない。


「小森さん……」


 声をかけて優しく肩に触れるけど、いっこうに起きる気配がなくて、俺はため息をつく。

 仕方ない、部屋まで連れて行くしかないか……

 そう判断して、小森さんのひざ裏と背中に手を回して抱き上げて、俺は道場を出た。

 道場から道路に続く石段を下りていると、コンビニの方から歩いてきた山崎と玉城と吉岡にばったり会ってしまい、俺は間の悪さに苦虫を噛み潰した様にきゅっと唇をかみしめる。

 なにか言おうとした俺よりも先に、ついというように玉城がこぼした。


「神矢君ってやっぱり、深凪ちゃんのこと好きだったんだね……」


 玉城は自分で自分の言った言葉に驚いたのか、はっとしたように口元に手を当てた。

 ぐるぐると想いを巡らせていた俺は、思考を止める。

 そんなんじゃない、ただの後輩としか思っていないと言うのは簡単だ。

 だけど、この場を凌ぐためだけに誤魔化しを言いたくなかった。

 三年間、共に励まし合い支え合ってきた仲間にこの場で誤魔化しを口にするのは出来ないと思った。

 例え、それがどんな結末をむかえると分かっていても……

 俺は玉城、山崎、吉岡に真剣な眼差しを向けて、はっきりした口調で肯定する。


「そうだよ、なにより大切な女の子だよ。もし部則に触れるっていうなら弓道部をやめてもいい、それでも手放したくないと思う」


 でも。

 そう続けようとした俺の言葉を吉岡が遮った。


「やめてよね~」


 けらけらとおちゃらけて笑いながら言った吉岡の表情がすっと真剣になる。


「やめるとか言うの! そんなことされる方が迷惑だから」

「そうだな、総体前だっていうのに主戦力の神矢に抜けられたら困る、準決勝進出すら危うくなるな」


 山崎の感情の読めない静かな声に、玉城と吉岡が言葉を続ける。


「それこそ、あの部則が出来た当時の悪夢再びになるから、やめてよね」

「隠すなら最後まで隠しなさいよっ」


 みんなの優しさに胸が苦しくなる。


「だいたい、最初っから神矢君が深凪ちゃんのこと特別扱いしてたのはみんな気づいてるし、先輩後輩の関係を崩さずよく耐えた方じゃない?」

「というか、小森のあれは天然だな」


 ため息をついて言う山崎の言葉に苦笑してしまう。


「えっ、そうなの!?」


 驚いた声をあげる玉城に、俺は山崎の言葉を同意するように頷いた。


「残念なのかなんなのか、小森さんは俺の気持ちには気づいていないらしい」

「深凪ちゃんって鈍いのね……」


 本人の知らないところでため息をつかれ、同情の眼差しを向けられてしまった。




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