第55話 ビターチョコの行方
前半は山崎視点、後半は神矢視点です。
「自己嫌悪するなら、嫉妬して八つ当たりとかガキみたいなことするなよなぁ……」
昼休み、朝練から戻ってきてからずっと不機嫌オーラをまとったまま落ち込んでいる神矢の肩をとんっと叩いた。
ジロっと視線だけをあげて俺を睨む神矢を無表情で見つめ返す。
「わかってるよ……」
ぐしゃぐしゃっと髪をかきむしって、机に顔を突っ伏して横を向く神矢。
「お前はいいよな、小森さんのチョコ食べて……」
小声でぶつぶつ文句を言う神矢に呆れてため息をもらす。
「後悔するなら、断らなければ良かっただろ?」
「山崎、見てたのかよ……」
恨めしげにねめつけられて、俺はふっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「見てないけど、そんなことだろうと思った」
「なんだよ、それ……」
まだぶつぶつ文句を言う神矢の目の前に、ラッピングされた生チョコを置く。
「やろうか?」
「いらないよ、山崎がもらったチョコなんか……」
神矢が不機嫌につぶやく。
「そうか? 小森さんが甘い物が苦手な誰かのために特別に作ったコーヒー味らしいけど?」
俺の言葉に、それまで力なく突っ伏していた神矢が勢いよくがばっと起き上がる。
焦ったような神矢の表情に、内心、苦笑をこぼす。
だが、神矢の目の前にちらつかせた生チョコの入ったラッピング袋に神矢の手が届く前に、それは誰かによって俺の手の中から抜き取られた。
※
「なに? 深凪ちゃんの手作りチョコ? いらないなら俺がもらってもいい?」
どこから話を聞いていたのか、いつもの柔和な笑みを浮かべた綾部が飄々として言った。
「ダメだっ!」
俺は慌てて綾部の手の中から小森さんのチョコを奪い返し、睨みつけた。
「これは、俺用のなの! だいたい、綾部はコーヒー苦手だろっ」
「コーヒー味か、残念……。でも、深凪ちゃんから手作りのチョコをもらえるくらいには進展したんだ?」
にやにやした顔で言われて、俺は眉根をぎゅっと寄せてしかめっ面で綾部を睨んだ。
それから、伺うように山崎を見たが、山崎は相変わらずの無表情でなにを考えているかいまいち読めない。
俺はため息をついて、前髪を掻きむしる。
「綾部が想像しているようなことはなにもないよ」
「えー、俺から深凪ちゃん奪ってったくせに?」
「そういう誤解を招く発言するなよっ」
「そういう神矢は、誤解を招く行動を慎んだ方がいいんじゃないか?」
語気を荒げて言った俺に、綾部の顔からすっと笑みが消えて、真剣な眼差しで見つめられて、言葉に詰まる。それに同意するような山崎が頷いた。
「それは俺も同感だな。神矢と小森の事をどうこう言うつもりはないが、お前のせいで小森が泣いているのは放っておけない」
思わぬところからの追撃に、ぐっと押し黙る。
決まり悪くて、山崎から視線をそらす。
「……小森さん、泣いていたの?」
「泣きそうな顔して道場から出てきた」
「……っ」
山崎の言葉に、息を飲む。
朝練後、「腹へったぁ~」という成瀬の言葉に小森さんが作ってきたという生チョコをみんなに配り始めた。
道場にいた俺にもその用具室内の様子が伝わってきていたが、あえて無視をして握り皮を直していた。
そろそろやばいなぁと思ってたが朝練のタイミングで敗れてしまったのはタイミングが良いというか、悪いというか。
まあ、今日がバレンタインってこともあってわぁーわぁー騒ぐ男子部員の声を頭から締め出しながら、手早く、しかし慎重に握り皮を巻きなおしていく。
一通り部員に配ったのか、道場内に残る俺にも声をかけてくれた小森さんに、俺はつい素っ気なく答えてしまった。
それが、ただの嫉妬だって分かってても、数日前の山崎と楽しそうに話す小森さんの姿を思い出して、冷静ではいられなかった。
よりにもよって山崎の好きな抹茶味を選んでいたことに、ガキみたいな態度をとってしまい後悔する。
でも、甘い物は苦手だっていうのは本当だし、しょうがないじゃないか……
まさか、小森さんが俺の好みを知っていて、あえて甘くないコーヒー味のを用意しててくれたなんて知らなかったんだ。
自己嫌悪に浸ってると、静かな声音で山崎に尋ねられた。
「お前はどうするつもりなんだよ」
「どうするもなにも……、どうもしようがないだろ?」
情けなくて嫌になる。
自分の気持ちははっきりしている。いまはまだはっきりと言葉にして伝えられないけど、体育祭の日、ちゃんと伝わったと思っていたのに、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
というか、小森さんが勘違いしているっぽい。
相変わらず後輩としての接し方を崩さない小森さんを見て、うすうす気づいていたのが確信に変わったのはつい最近だ。
だから、ちょっといじけていたのもある。そんな時に、山崎にだけ好みを聞いて、ムカついたのもある。
でも、そんなこと誰にも言えるわけない。
山崎相手にすら、本当のことを言うことも出来ない。
弓道部に入部してから初めて、こんな部則なくなってしまえばいいと思った。だけど。
「引退するまではなにもしないよ――」
それだけははっきりと決めていることで、俺は決意のこもった瞳で山崎を見つめた。
山崎は相変わらず感情の読めない表情で、隣でにやにやした綾部がいた。
「ってか、なんなんだよお前ら……」
つい愚痴っぽくなる。
「やけに小森さんに構うし、なんなんだよ……」
「なにって、ねぇ? 俺も深凪ちゃんの事好きだから、神矢がいじめるなら放っておかないつもりだけど?」
「まあ、俺も同感だな」
「同感ってなんだよ、山崎……、お前女嫌いなんじゃ」
「小森は他の女子と違って媚びたりしないし、庇護欲をそそられる、つい構いたくなる」
「それ、わかるっ!」
山崎の言葉に綾部が熱っぽく同意して、小森さんの話題で盛り上がって、俺は泣きたい気持ちでため息をついた。
とりあえず第5章完結です!




