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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第5章 ビタースィート
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第53話  恋は苦く切ない味



「――というわけで、以上でリサーチの報告を終えます」


 使命感に満ちた声で言うと同時に、手元のメモ帳を閉じて私は息をついた。

 バレンタインを翌週に控えた週末、ファーストフードの店内、紗和と唯ちゃんの向かいの席に座った私は、リサーチしてきた山崎先輩の好みを報告した。

 この後、駅前の大手スーパーで材料を買って紗和の家でバレンタインチョコを作ることになっている。


「ありがとうっ! 深凪!! で――?」


 歓喜して私の手をぶんぶん握って振り回した紗和は、とたんに口調をあらためて問い詰めるように私を見た。


「え……?」


 なにを尋ねられたのかわからなくて、私はきょとんっと首を傾げると。


「山崎先輩の好みはばっちりわかったよ。で、肝心の神矢先輩の好みは聞いてきたの?」

「聞いてないけど?」

「なんでよっ!!??」


 けろっとした声で答えたら、紗和に憤慨されてしまった。

 なんでと言われても……

 もともと神矢先輩にはチョコあげるつもりはなかたったし、紗和に頼まれたのは山崎先輩のリサーチだけだし。

 まあ、リサーチしたからには弓道部に義理チョコ配るけど、「みんなに平等に」って言われてるから、誰か一人の好みに偏るわけにもいかないから、みんなが好きそうな無難なものを作る予定だから、神矢先輩の好みを知る必要ないし。

 そう思ったけど、あえてそのことは言わない。

 だって、言ったら、絶対、何か言われる。

 いや、言わなくても、言われた……


「なんでよ? どうして神矢先輩の好みも聞かなかったの?」

「だって、頼まれたのは山崎先輩の好みだけだし……」

「側にいたならついでに聞けばよかったじゃんっ!?」

「神矢先輩は側にいなかったし……、だいたい、紗和言ったでしょ? 私が神矢先輩にチョコあげなくてもいいから山崎先輩のリサーチしてきてって」

「そんなの建前だよっ! ついでに聞いて、ばっちり胃袋掴むようなチョコ贈っちゃえばいいじゃん!」

「だから、そんなことしたら部則にふれるって言ってるでしょっ!!」

「まあまあ、深凪ちゃんも紗和ちゃんも落ち着いて」


 一歩も譲らない私と紗和の言い合いに、呆れたように唯ちゃんが制止を入れる。


「紗和ちゃん、無理強いはダメだよ」

「はい……」


 冷静な声で諭されて、紗和の勢いは一気にしぼんでいって、しょぼんと返事をした。


「深凪ちゃんは本命はあげないけど、義理では神矢先輩にあげるんでしょ?」

「うんまあ、神矢先輩っていうか、弓道部のみんなにね」

「なに作る予定なの?」

「まだ決めてないけど……、小分けできて食べやすいものだと、チョコクッキーとか生チョコかな? あっでも、山崎先輩はぱさぱさしたの嫌いって言ってたからクッキーは苦手かな」


 候補をあげながら言ったら、なぜだか紗和にギロッと睨まれてしまった。


「ちょっと深凪っ! 山崎先輩の好みに合わせちゃダメだからねっ!」

「むちゃくちゃな……、紗和の頼みで聞いたといっても、聞いたのは私なんだから聞いておいて山崎先輩の好みを無視するわけにいかないじゃない」

「それもそうねー」


 唯ちゃんの後方支援に、紗和は何も言えなくなってうっと言葉を詰まらせる。


「紗和は何にするか決めたの?」

「パサパサしてなくて、抹茶味のチョコ……?」


 首をひねりながら考える紗和。


「抹茶のガトーショコラは?」

「それってぱさぱさしてない?」


 唯ちゃんの提案に紗和は不満げに唇を尖らせる。


「じゃあ、抹茶とチョコの水ようかんは? チョコだけど和菓子」

「それって簡単にできる……?」


 今度は私の提案に訝しげに首を傾げた。


「こして溶かして固めるだけだよ」


 たぶん、と心の中で付け足したことは黙っておこう。

 さすがに、水ようかんは私だって作ったことないけど、確かそんな作り方だったと思う。あとで携帯でレシピを検索してみよう。


「決まりねっ」


 それぞれ作るものも決まって、チョコの材料を買うために大手スーパーに向かった。



  ※



 そして、バレンタインデー当日――

 今年は週末に重なることなく、登校日にバレンタインデーということで、朝の通学路はうきうきそわそわした雰囲気でいつもと違う。

 私はというと、その例にもれる例外者。

 だって義理だし、うきうきもそわそわもしない。

 ただの差し入れであって、そこにバレンタインデーというイベントが重なっただけのようなものだ。

 放課後の部活後にみんなに配る予定だったけど、思いのほか朝練に来ている部員が多く、朝練後に「腹へったぁ~」っという成瀬君の言葉に「いいのがあるよ」と言って、作ってきた生チョコを配った。

 普通のお菓子じゃあんまりお腹は満たされないかもしれないけど、チョコは栄養価が高いから少しはましかなと思う。


「どうぞ」


 道場内は飲食禁止だから、道場内にある用具室で持ってきた生チョコの入ったタッパーを開けると、成瀬君や他の一、二年の先輩も嬉しそうな歓声をあげて生チョコにどんどん手が伸びてきて、生チョコの半分があっという間になくなってしまった。

 山崎先輩が抹茶が好きだと言っていたから、普通の生チョコと抹茶の生チョコと二種類を多めに作って、二つのタッパーに入れてきた。

 山崎先輩は抹茶の生チョコを食べて、おいしいと言ってくれた。

 着替えのために部室にぱらぱらと部員が道場を出ていき人が少なくなった用具室内で、残ったもう一つのタッパーは放課後用にしようかなと考え、用具室内で神矢先輩の姿を見てないことに気づく。

 神矢先輩は一人道場内にいて、朝練終了後のわずかな時間で握り皮を直していた。

 また放課後の部活でも配る予定だけど、いちおう声をかけてみる。


「神矢先輩もチョコどうですか?」


 用具室から道場を覗き込むようにして、用具室入口の壁際で弓をいじる神矢先輩を見る。

 ふっと顔を上げた神矢先輩は、なぜだか機嫌が悪そうだった。


「小森さんが作ったの?」

「はい、抹茶味もありますよ」

「そう……」


 言いながら視線を手元の握り皮に戻して、神矢先輩は感情の読み取れない静かな声で言った。


「いま、手が離せないからいいや」

「そうですよね……、あっ、冷蔵庫に入れておくので後で食べてくださいね」

「ありがと、でも、俺、甘い物嫌いだから」


 握り皮に視線を向けたままこっちを見ずに言われた突き放すような素っ気ない言葉に、胸が冷や水を浴びせられたみたいに痛む。


「そっ、ですよね……、すみません……」


 震える唇でなんとかそう言って、私は持っていた生チョコの入ったタッパーを用具室内の小さな冷蔵庫にしまって、道場を飛び出した。




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