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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第5章 ビタースィート
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第51話  後輩の事情



「えっ、バレンタイン?」


 部活前、部室で着替えている玉城先輩と吉岡先輩に、去年はどうしたか尋ねてみた。


「去年は部内でチョコ配ったりしましたか?」

「んー、ううん」


 去年のことを思い出すように視線を巡らせて、それから玉城先輩は苦笑して首を横に振った。


「部内では配ってないかな」

「うちの部って、そういう甘いイベントとは無縁だよね」

「今年も配る予定はないんですか?」

「ないね。だいたいうちの連中に義理でも配るのもったいないし」


 けらけらと明るい声で笑う吉岡先輩になんとつっこんでいいか分からなくて曖昧に微笑み返して、質問を続ける。


「じゃあ、私がチョコを配るのは平気ですか?」


 控えめに尋ねたら、あんまり興味なさそうに話していた吉岡先輩も、着替え終わって座っていた吉岡先輩も、食いつくように私を見上げた。


「えっ、深凪ちゃんって誰か好きになっちゃったのっ!?」

「誰っ? 誰っ!?」


 予想外に詰め寄られて、袴を履きかけの状態で私はじりっと後ずさった。

 内心、心臓がバクバクいっていたけど、それを表情には出さないようにして、なんとか笑みを作る。


「義理チョコですよ」


 すぱっと言い切り、言葉を続ける。


「私の友人が、あっ、一緒に部活見学に来てた子なんですけど、その子が山崎先輩にチョコを渡したいらしくて、そのリサーチをしてくるように厳命をうけまして」


 これは本当――

 あの日。

 紗和と唯ちゃんとショッピングモールに言った時、ぱしんっと顔の前で勢いよく両手を合わて頭を下げて紗和は懇願してきた。


『お願いっ、深凪! 山崎先輩の好みを聞いてきて~!!』


 私が神矢先輩にチョコをあげると勘違いしていた紗和はついでに山崎先輩の好みも聞きだしてもらおうと思っていたらしいんだけど、私が神矢先輩にチョコをあげないと聞いて、それでもいいから山崎先輩のリサーチをしてきてほしいと頼まれてしまった。

 普段から山崎先輩大好きオーラをびしばし出してて、山崎先輩を見かけると超速で駆けつけて話しかけてる紗和なら、そのくらい自分で聞けそうだと思ったんだけど。

 紗和いわく、「サプライズがしたい」らしい。

 いままで本命チョコとは無縁だった私にはよくわかんないけど、そういうものなのかな……?


「それで山崎先輩の好みを聞きたいんですけど、聞いておいて実際にチョコを渡さないんじゃ怪しいので、義理チョコってことで弓道部のみんなに作ろうと思うんですけど……」

「作るんだ……」

「作っちゃうんだ……」

「えっ? 突っ込みどころはそこですか……?」


 予想外の突っ込みに、逆に突っ込み返してしまう。


「だって義理チョコなら、普通、作るまでしないと思うけど……」


 吉岡先輩が眉根を寄せてめんどくさそうに言う。

 確かに、吉岡先輩はめんどくさがりな性格だもんなぁ……

 心の中で苦笑してしまう。


「でも、作った方が予算は抑えられますよ?」

「それでも、作る方が手間じゃん……」


 信じられないというようにため息をつく吉岡先輩は、料理苦手なのかな……


「それで、うちの部ってまあ、あんな部則があるので、例年はどうしているのか先輩に伺ってからにしようかと思いまして……」


 ごにょごにょと語尾が小さくなっていく私に、玉城先輩がしばし思案気にしてから言った。


「義理チョコってことで、差をつけずにみんなにあげるならいいんじゃないかな、ねっ?」

「そうだね、バレンタインなんて一種のお祭りみたいなもんだし、男子達は義理でも裸足で踊り出すくらい喜ぶんじゃない~? まっ、うちらからは今年もあげないつもりだったし、深凪ちゃんがあげるなら男子にはちょうどいい癒しになっていいんじゃない~」


 玉城先輩に話を振られた吉岡先輩も頷いて、にやにやと楽しそうに言った。

 というわけで、先輩の了承も得て、私は、山崎先輩のリサーチをするという使命を胸に部活へと向かった。

 まだ部室で喋っている先輩達を残し先に道場に行くと、すでに何人かの先輩と一年生も集まってて、部活の準備を始める時間になったので、道場内の清掃や的の準備を始めた。

 的の準備は一年男子に任せ、私は用具室から箒を持ってきて道場内を履いていく。

 端の方に溜まっているほこりや土ぼこりを道場の後ろの方へ掃いていき、最後にちりとりに集めていると、扉が開きぞくぞくと部員が集まってきた。

 道場内ではつけたばかりの的の高さが揃っているか確認してもらっている声が響いている。


「こんにちは~」


 道場に入ってくる先輩達に挨拶をしていたら、最後の方に道場に入ってきた神矢先輩と視線があった。

 私は、ちりとりに入ったゴミを落とさないように神矢先輩に駆けよって挨拶をした。

「こんにちは、神矢先輩」

「こんにちは、小森さん」


 ちらっと神矢先輩の後方を見やって、先輩の後に誰もいないのを見て、仰ぎ見る。


「山崎先輩はお休みですか?」


 同じクラスでいつも一緒に部活にやって来る神矢先輩と山崎先輩なのに、今日は山崎先輩の姿が見えなくて尋ねた。


「山崎は掃除が長引いていま着替えてるよ、ギリギリ間に合うんじゃないか?」


 そう言って神矢先輩は部室の方に視線を向け、すぐに私に視線を戻してふわりと微笑んだ。


「なにか山崎に用事?」

「ええっと……、いえ、なんでもないです」


 一瞬逡巡し、私は首を横に振る。

 山崎先輩に用事はあるけど、用事があると言えば「なに?」と聞かれるだろう。神矢先輩にバレンタインのリサーチですなんて言えるわけがない。

 私はそそくさとゴミを捨てるために用具室に向かった。




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