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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第5章 ビタースィート
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第50話  乙女の事情



「もうすぐバレンタインだねぇ~」


 窓越しに見えるショッピングモール内のバレンタインデーの飾り付けを見ながら、紗和がつぶやいた。

 今日は紗和と唯ちゃんと私の三人でショッピングモールに来ていた。

 唯ちゃん――クラス委員の花塚 唯ちゃんとは学祭の係りが一緒になったのがきっかけで仲良くなって、最近はこうやって遊ぶことが増えた。

 雑貨屋さんや洋服を見て回り、小腹がすいてきたからとファーストフードに入り注文を受け取って席に着き他愛無い会話をしている時につぶやいた紗和の言葉に。


「そうだね」


 唯ちゃんはあまり興味なさそうに返事をし、私も曖昧な笑みを浮かべる。

 お正月が終わったばかりだというのに、ショッピングモール内はバレンタインデー一色の可愛いらしい飾りつけでいっぱいだった。


「紗和は山崎先輩にあげるんでしょ?」


 わざわざ聞かなくても分かっていたことだけど、私が尋ねると紗和が口元をほころばせる。


「もちろんっ! 深凪だって神矢先輩にあげるんでしょ?」

「なんでよ……」


 当然だというように断言する紗和に、私は苦笑する。


「えー、あげないの!?」

「そのつもりだけど……」

「なんでっ!? 絶対あげるべきだよっ!」


 鼻息も荒く言い切る紗和の迫力に気圧されて、私はちょっと身を引いた。


「へぇ~、やっぱり深凪ちゃんって神矢先輩の事好きだったんだ?」


 私と紗和のやりとりを隣で聞いていた唯ちゃんが、納得したようにつぶやくから、私は慌てて唯ちゃんを仰ぎ見る。


「やっぱりって……、そんなに私、態度に出てる……?」


 青ざめて聞いた私に、唯ちゃんが小首をかしげて薄く微笑んだ。


「態度には出てないけど、神矢先輩の話をする時の深凪ちゃんってすっごい可愛いから、そうなのかなぁ~って」


 そんなふうに言われて、かぁーっと頬が赤くなる。

 恥ずかしすぎる、自分……

 自分でも分かるくらい頬が熱くなってきて、それを隠すようにテーブルに顔を伏せた。

 普段から紗和との会話で山崎先輩の話題になることが多くて、そのついでのように私も神矢先輩を褒めちぎっているのだけど。

 それで私が神矢先輩を好きだと思い込んでいる紗和がからかってくるのをいつもはスルーしてて、学祭の時も、私が断固として否定したから、あれ以来あまり、その話題には触れてこなかったんだけど。

 体育祭の帰り、私がなかなか教室に戻ってこなくて、綾部先輩から私が神矢先輩と一緒にいて遅くなると伝言を受けた紗和に、翌日、好奇心丸出しで詰め寄られたことは言うまでもない。根掘り葉掘り前日のことをはかされて、その日は朝からぐったりしてしまった。

 っといっても、紗和が期待しているような展開はなにもなかったんだけど。

 体育祭前の数日間、神矢先輩に避けられてて、なにかやっちゃって嫌われたのかなって心配してたけど。

 神矢先輩は私と一緒で、先輩後輩という関係を壊したくなくて成瀬君の目を誤魔化すため、冷たい態度をとっていただけだった。

 誤解も解け、後輩として大切に想われていると分かって、それだけで私は満足だった。


「それで、深凪ちゃんは神矢先輩と付き合ってるんだ?」

「付き合ってないよ? 私の片思いってだけ」

「えっ!?」


 唯ちゃんの質問にさらっと答えたら、なぜだかジュースを飲んでいた紗和が咳き込んで驚いた声をあげた。


「神矢先輩と両思いになったんでしょっ!!??」


 げほげほと咳をしながら詰め寄られた。

 紗和の隣りの唯ちゃんも、どことなく好奇心の浮かんだ微笑みで見つめられてたじろいでしまう。


「待って、なんでそんな勘違いしてるの……!?」

「だって、深凪、体育祭の後、神矢先輩に告白されたって言ってたじゃんっ!?」

「……っ!?」


 まったくもってそんなことを言った覚えがなくて、私の話のどこをどう解釈したらそんな曲解するのか理解できなくて、唖然としてしまう。


「言ってないよっ! だいたい、うちの部は部内恋愛禁止だってこと、紗和も知ってるでしょ!?」

「だから内緒で付き合うことになったんだって……」

「そんなことしたら、ばれた時二人とも部活辞めなきゃいけくなっちゃうんだから、絶対しないよっ! 神矢先輩は私の事、ただの後輩としか思ってないのっ! 私の片思いなのっ!!」


 ばしばしとテーブルを叩く勢いで言い返すと、さすがの紗和も黙り込んだ。もちろんその表情は不服気で、頬を膨らませてる。


「なんだ、私はてっきり、神矢先輩も深凪の事好きだって言ったのかと……」

「そもそも、私だって好きだとは言ってないんだから……」


 まあ、言いそうになったところを止められたのだけど。

 紗和がいままでずっとそんな勘違いをしていたのだと知って、誤解の恐ろしさにがっくりとうなだれた。


「私は絶対、神矢先輩も深凪のこと好きだと思うんだけどなぁ~」


 ふて腐れながらもどこか自信満々に言う紗和に、私は呆れた眼差しを向けた。


「そんなことありえないよ……」

「なんで? 神矢先輩って深凪にはちょー甘いじゃん」

「そうかな……?」


 私は紗和の言葉に、あからさまに眉根を寄せて渋い顔をする。

 神矢先輩が優しいのは認めよう。

 だけど私限定ではないと思う、ってか。


「しょっちゅうからかわれて子供あつかいされてるけど?」

「そんなに?」


 唯ちゃんは、私のしかめっ面を見て目を丸くして驚き、苦笑する。


「そうだよ、ぽんぽん頭撫でるし。私がじゃんけん弱いの知ってて何か決める時は必ずじゃんけんにするんだよ? それで必ず負ける私見て意地悪な顔で笑ってるの」

「それって、男子が好きな子をかまいたくなるっていうやつかな?」


 唯ちゃんが真面目な顔で言うから、私は首を横に振る。


「違うと思う、先輩は基本的にかまいたがりだし、誰にでもそんなかんじ」

「深凪は本当に先輩と後輩の関係のままでいいの――?」


 紗和にしては珍しく真剣な表情で私に尋ねるから、私も真剣に紗和を見つめ返して頷く。


「うん。先輩ってね、いっつも人の事ばかりなの。部活中だっていつも自分の練習より一年の練習に付き合ってくれて。試験前の勉強会でも、二年生にすっごく頼りにされてて、わからないところを質問されると自分がやっていたことをすぐに中断して教えてあげたりして。とにかく、他人のことを優先させてばっかり。あんまり人には頼らないっていうか、なんでも自分でやっちゃうところがあって、無理しててもそんなそぶり見せなくて。ちょっと心配っていうか、先輩に迷惑かけたくないって思う。先輩のためになにかしてあげたいけど、そんなこと思うのはおこがましくて、だからせめて、迷惑はかけたくない――」


 心の底から、そう思う。

 紗和は息を吸い込み、静かな声音で尋ねた。


「もし、先輩に部活以外で彼女出来ちゃっても、深凪はいいの?」

「……っ、その時はしょうがないよ。先輩が幸せなら、いい……」


 息を飲んで、でも精一杯笑顔を浮かべて言う。

 本当はそんなの強がりだけど、私なんかじゃどうにもできないことだから。

 俯いてぎゅっと唇をかみしめていたら、紗和が苛立たしげに手に持っていたアイスコーヒーのストローをくるくると回して、グラスの中の氷がぶつかり合ってカラコロと涼やかな音をたてた。

 紗和はじゅーっとアイスコーヒを一気に飲み干すと、テーブルにグラスをどんっとちょっと乱暴に置き、真剣な表情で言い切った。


()っちゃえばいいじゃんっ」

「嫌だよっ!」


 飛躍しすぎる紗和の発言に間髪入れずに言い返す。


「なんでよっ!?」

「私はいまのままでいたいの。先輩と後輩の関係で満足なのっ! だいたい、言われたって先輩が困るだけに決まってるじゃんっ!」

「だからどーしてそう思うのよっ!?」


 私と紗和の言い合いが平行線をたどっていると、紗和の隣に座っている唯ちゃんが苦笑する。


「なんか、深凪ちゃんも大変そうだね……」


 唯ちゃんに同情の眼差しを向けられて、ついすがりついて泣き言を言ってしまう。


「ほんとに大変なんだよぉ……、なんか成瀬君が疑ってるっぽくって……」

「ああ、成瀬君ね……」


 なぜだか紗和と唯ちゃんが顔を見合わせて苦笑するから、首を傾げる。


「なに……?」

「いや、うん、ほんとに大変そうだな、っと思って……」


 眉根を寄せた紗和がちらっと私から視線をそらして歯切れ悪く言うのを、片目をすがめて見、ため息をもらす。


「でしょ? だから、バレンタインはチョコあげないんです」


 かなり脱線してしまったけど、私が神矢先輩にチョコをあげない理由を言うと、またまた紗和と唯ちゃんが顔を見合わせて、なんだかテレパシーで会話してるから、ほんとなんなんだろうって思う。

 とにかくこの話はここで終わりと話題をかえようとしたら、なぜだか紗和が食い下がってくる。


「深凪~、一緒にチョコ作ろうよっ!」

「だから私はいいよ……」

「お願いっ、深凪!」


 ぱしんっと顔の前で勢いよく両手を合わせた紗和が頭を下げて、既視感を覚えるその光景に、私は目を瞬く。それから続く紗和の言葉に、苦笑するしかなかった。




お待たせいたしました。

時期はだいぶずれてしまいましたが、やっとバレンタイン編です。


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