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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第5話  立ち止まっていられない



 部活の練習中。先輩たちが弓を引いている後ろで、矢取りで取ってきた矢を矢立に戻していく。戻すといっても、ただ単に矢立に入れればいいわけじゃなくて、一つの矢立は四つに仕切りがされていて、それぞれどこが誰の場所と決まってて、矢立がいくつも並んでいる。二十人ちょっといる先輩すべての矢と場所を覚えていなくてはいけない。

 もちろん、入部二週間ですべての先輩の矢と矢立の場所を覚えることはできていないから、矢立に入っている矢と同じ場所に戻しながら徐々に覚えていくんだけど。

 手元の矢と同じものが矢立にない時、場所を覚えていないと致命的だ。

 一緒に矢取りに行っていた一年の市之瀬(いちのせ)君と分担して矢を矢立に戻していると、ちょうど矢を取りに来た三年で主将の(かじ)先輩が矢を取りながら私に声をかけてきた。


「深凪ちゃん、神矢は?」

「えっと、外にいましたけど……」


 矢取りの前は裏庭で練習してて、そこに神矢先輩の姿があったことを思い出して言うと、梶先輩は苦虫をかみつぶしたような渋い顔で言う。


「あいつ、大会近いから自分の練習しろって言ったのに。中に来るように伝えてくれる?」

「はい……」


 梶先輩の声に、私は苦笑するしかない。

 ちなみになぜ“深凪ちゃん”呼びされているかというと――

 今年の女子新入部員は私一人だけで。

 まだこれから入部する可能性もわずかにあるけど、部活見学初日の神矢先輩の部内恋愛禁止発言はいまではすっかり一年の間、特に女子の間には広まっていて、あの日以来、女子の見学者はぱったり来なくなってしまった。

 可能性はかなり低いのだけど私は誰か入ることを願っている。

 とにかく今現在は私一人で、貴重な女子新入部員として、二年生だけでなく三年の先輩にまで可愛がられている。

 まあ、それはありがたいことなんだけど。

 二年で女子副主将の玉城先輩が私のことを“深凪ちゃん”って名前で呼ぶものだから、他の先輩も真似して下の名前で呼んでくれるというわけ。

 まあ、中には例外もいるけど。

 全ての矢を矢立に片付け終えた私と市之瀬君は、一年が練習している裏庭に出る。

 次の矢取りの人に声をかけるのは市之瀬君に任せて、私は一年を熱心に指導している神矢先輩に声をかけた。


「先輩、主将が中に来るようにって言ってましたよ」

「え~、嫌だって言ってよ」


 神矢先輩は駄々っ子みたいに言う。少し長めに伸ばしている薄茶の髪を神矢先輩は部活中は束ねていて、額にかかった前髪を片手でかきあげた。

 本気で嫌そうに言ってすぐに一年の指導を続ける神矢先輩に呆れてしまう。


「自分で言ってくださいよ、ってかこの会話、昨日もしたと思うんですが? 大会って今週ですよね? ご自分の練習はしなくても大丈夫なんですか?」

「大丈夫なんじゃない?」


 まるで他人事みたいに、なんとも適当な返事に呆れて何も言えない。

 だけど。


「だって、俺達二年は自分の練習は自主練でも出来るけど、一年生は部活中しか練習出来ないだろ? 今は大会近いから練習見てやれないなんて理由、一年には納得できないだろうし。だったら俺は一年についててあげたいって思うよ」


 そう言った神矢先輩をなんとも言えない気持ちで見返す。 

 真面目なんだか不真面目なんだかわからない神矢先輩の発言に、今度は違う意味でなにも言い返せない。

 危険などを回避するために、入部したばかりの一年は先輩が見ているところでしか弓を扱って練習ができない。実際はまだ素引き程度の段階だから、そのくらいなら一人でも自主練できるけど、だれかに見て指導してもらわないことには上達はしない。

 毎日毎日、梶先輩に練習しろって怒られている神矢先輩だけど、別に不真面目なわけじゃないことを私は知っている。

 朝は誰よりも早く来て練習しているし、帰りも、必ず残って自主練していく。

 部活中はほとんど弓を引いていないけど、誰よりも長い時間練習してて、弓道に真剣に取り組んでいる。

 立ちの時の成績だって神矢先輩はだんとつで良い。八割から九割くらいは必ず当てている。

 だから神矢先輩は、個人戦だけでなく団体戦にも出ることになっている。神矢先輩以外の団体戦のメンバーはみんな三年生だから、梶先輩や他の二年生はなるべく神矢先輩が練習できるように気を配っているんだけど、神矢先輩は部活中はあまり練習していない。

 でも。

 嫌だとか言いながらも、今教えていた一年の指導を他の二年生に代わってもらえるように頼んで、中に戻ろうとしているし。

 その際、どこをどういう風に指導した方が良いという引き継ぎもしっかり忘れずに伝えてるし。

 弓道に対しても後輩に対しても真剣なんだって思いが伝わってきて、胸の奥がざわめく。

 なんだろう、この気持ち……

 弓道はもう二度とやらないって決めたのに――

 何度も豆が出来て潰れて、皮の厚くなった親指の腹を撫でながら言った神矢先輩の言葉をふっと思い出す。


『きっと、すごい練習頑張ってたんだな。えらいな、小森さん』


 いままで、誰もそんなふうには言ってくれなかった。

 一日も休まずに練習して、あんなに夢中で打ち込んでいた弓道なのに。

 “あんなこと”になって……、最後はもう弓道なんてやりたくないとまで思って。

 やめるって、二度と弓道はやらないって決めたのに。

 神矢先輩に脅されて入部して、それでも、絶対に“弓道やりたい――”なんて思える日は来ないと思っていたのに。

 生徒手帳の人質を取られたから仕方なく毎日部活参加しているなんて言い訳。

 行きたくないって思いながら毎日部活に出て、ゴム弓離せないくせにがむしゃらに練習して。

 本当は、やめたくはなかった――

 そう気づいた。

 自分でも気づいていなかった気持ちに気づくことができたのは、神矢先輩が弓道部に勧誘してくれたからだ。

 もし、あの時、神矢先輩が勧誘しなかったら、今、こうして、もう一度弓道と向き合おうなんて思えていなかった。

 でも、あの時こうしていたら――、なんて、いまさら思っても仕方がないことだって分かっている。

 だから。

 本当は弓道をやめたくなかった、そう気づいたのなら、もう一度、弓道をやってみようって思う。

 弓道をやると、どうしても“あのこと”を思い出して辛いけど。

 いつまでもこのままでいいの――?

 って、心の中の自分が囁くから。

 いつまでも、立ち止まっていられないって思った。




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