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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第4.5章 好き、なんてものじゃなくて
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第49話  つかまえたい side神矢



「うちの部は部内恋愛禁止だから」


 俺の言葉に対する反応は、まあ、予想通りで、俺は微笑のまま女子に視線を向ける。


「ということだから、山崎狙いの一年は入部をよく検討した方がいいよ。いまうちの部に入っているやつらはこの部則を承諾したうえでいるわけで、特に山崎は総体優勝を目標に弓道にのめりこんでて、部内恋愛しようなんて全く思っていないだろうからね。もし、山崎のポスト彼女を狙うなら、入部はお勧めじゃないよ?」


 非難の声をあげる女子に分かりやすく、かつアドバイスまで言ってあげた。

 まあ、ここまで言えば、入部してまで山崎を狙おうと思う女子はいないだろう。

 女子で苦労している山崎にとっては牽制になるし、山崎目当ての女子が群がってきて他の部員に迷惑が及ぶこともないだろう。

 たぶん、山崎はこの部内恋愛禁止という部則がなかったら弓道部には入らなかっただろう。そのくらい本人は、まとわりついてくる女子に辟易していて嫌な思い出しかないらしい。

 一人でも部員を獲得したい女子部としては背に腹は代えられなくて山崎に部活紹介にでてもらったけど、初日だけでもこんなに山崎目当ての女子で溢れてしまっては、部則のことをはっきり告げるしかないだろう。

 隣にたつ女子副主将の玉城としては複雑な思いだろうが、仕方ないと納得しているだろう。

 この後、道場内では一回目の立ちの時間になるから、仮入部の一年には道場内に入って見学してもらうつもりだったが、部則のことをきいて、半数以上の女子はさっさと帰っていってしまった。

 最後の立ちまで残った女子もいたけど、たぶん入部はしないのだろう。

 付き添いとして玉城が女子部室に一緒に戻り、着替えながらきっとあれこれ部則の真意について花が咲いているのが目に浮かぶ。

 でも、どうあっても覆せない部則がある限り、女子部員の確保は諦めるしかないのだろう。

 まあ、まだ初日だし、これから入部希望者がくるかもしれないと考えて、それも淡い希望だと分かってしまうから、苦笑がこぼれる。

 きっと、あっという間に噂は広がり、弓道部の部則のことは明日には一年女子のほとんどが知ることとなるだろう。

 さて、どうしたものかなぁ……

 そう考えて、経験者の女子のことを思い出す。

 彼女は、入ってくれないよなぁ……

 自主練で残っていた部員も気がつけば誰もいなくなり、矢取りから戻ってきた俺は道場に一人だった。

 一人だということを幸いに、矢取り道の出入り口からではなく、直接矢道を通り道場に上がる。

 そのまま道場を突っ切って、壁際に置かれた矢立に今取ってきたばかりの矢をばらばらっと突っ込んだ俺は、足元の床に視線を落とした。

 そこに、生徒手帳がちょこんっと置いてあって、俺はそれを拾い上げる。

 背表紙を上にして置いてあったそれを俺はぱらぱらとめくり、表紙が上に来る。

 そこには、“小森 深凪”という名前と彼女の顔写真が貼ってあって、心臓が震えた。


「あっ……」


 戸惑いがちな声が聞こえて視線をあげると、道場の入り口にこの生徒手帳の持ち主が立っていた。

 裏庭で見た時、なんか似ていると思った面影が、いまでは完全に重なって見えた。

 そこにいるのは、“凪ちゃん”だった――


小森 深凪(こもり みなぎ)……」


 ぽつりと名前を呟くと、仮定が確信に変わる。

 お盆休みが終わり凪ちゃん一家が帰った後、俺はおばあちゃんから彼女の名前を聞いていた。

 小学一年生だと思っていた彼女は俺と一つしか違わなくて、今目の前にいる。

 そう分かった瞬間、喉の奥から甘い痺れが広がって、胸が切なく震える。いろんな感情が胸に渦巻く。

 どうしても彼女をつかまえたいと思った――

 それがどんな理由からくる衝動なのかも深く考えずに、俺は瞬時に頭を働かせる。

 彼女は凪ちゃんだ、弓道経験者だ、唯一の女子新入部員になるかもしれない――

 だから。


「あの、それ、私の……」


 おずおずと伸びてきた彼女の手から遠ざけるように生徒手帳を遠ざけて、空中でひらりとかざす。


「忘れ物?」


 そう言った時の俺はきっと、意地悪な笑みを浮かべていただろう。

 彼女の瞳が驚きに見開かれ、次いで、眉根に皺が刻まれた。

 生徒手帳を返してと言った彼女に、経験者だと知っている事、女子部員が最低一人でも入らないと秋の団体戦に出られなくなることを説明し、生徒手帳を人質ならぬ物質にとって、彼女を笑顔で脅した。


「いいよ、入部届にサインしてくれたらね」


 唖然として俺を見上げる彼女の表情に幼い頃の面影が見えて、懐かしくなる。

 彼女は、自分も早く弓道をやりたいと言っていた通り、小学校高学年になったらすぐに弓道を始めたのだろうか――?

 それとも、中学からだろうか。

 会わなかった七年間に想いを馳せて、つい彼女の左手をとって左手の親指の腹に指先で触れる。

 さっきは一瞬だったけど、今度はしっかりと確かめるように触れ、その豆の硬さに、ふっと笑みがこぼれた。


「きっと、すごい練習頑張ってたんだな。えらいな、小森さん」


 手の豆に触れただけで、彼女がどれだけ一生懸命弓道に打ち込んできたのかが分かって、愛おしさが込み上げる。

 優しく頭を撫でると、突然、ぽろぽろと涙をこぼし始めるから内心驚いたけど、なにかあったのだろうと、涙が落ち着くまで頭を撫でていた。

 それにしても……

 気づかれないくらい小さなため息をもらす。

 俺は彼女が凪ちゃんだって気づいたけど、彼女は俺のことに気づいていないみたいだ。

 まあ、もう七年も前の話だし、数日一緒に遊んだだけだから覚えられていなくても仕方ないとは思うけど。

 いきなり目の前に“凪ちゃん”が現れて、会えて嬉しいのに、正直、戸惑わずにはいられなかった。




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