第48話 仮入部 side神矢
高校二年に進級し、ずっと続けている弓道も小四の頃よりは少しは上達しただろうかと想いを馳せる。
彼女のことを思い出すのは決まって夏なのに、なぜか彼女のことを強く懐かしく思い出した。
もしも彼女に再会した時、少しでも上達したと思われたいけど。
すっかり散りはじめて葉桜になった桜の木を見上げながら、まだまだだなっと思い直して、桜吹雪の舞う中、弓道場に向かった。
新入生が集まる講堂で部活紹介をすませた今日は、新一年生が部活見学に来るだろう。
うちの学校の弓道部は少し変わってて、変な部則がある。そのせいで、女子の部員数がギリギリで困っていた。今年はなんとしてでも女子部員を確保しなければならない。最低一人は女子が入部しないと、女子弓道部は団体戦に出られなくなる。
だから、最後まで山崎を部活紹介に出させるかどうか迷っていた。本人もできればやりたくないと言っていたが、最終的には山崎を引っ張りだし、何もしゃべらなくていいから数分だけ笑顔でいろと副主将として厳命した。
弓道場が見えてくると、予想通りというか、それ以上というか、道場から溢れるほどの女子生徒がいて、驚きに目を瞬いた。
俺は一つため息をついて、やれやれと首筋を撫でた。
明らかに山崎目当てで弓道場にあつまる女子生徒の中には新入生だけでなく、上級生も交じっていた。
上級生の、特に女子ならばほとんどが知っているだろう弓道部の部則。そのために弓道部には入らないが、山崎を近くで拝めるチャンスを逃すまいと弓道場に集まってきたのだろう。部活紹介後の一週間は新入部員獲得のために、普段は行わない外からの見学も許可している。
でも、これじゃあなぁ……、とため息をつく。
山崎目当ての子でもいいから何人か入部してもらって、最終的に一人でも生き残ればいいかなっと安易に考えていたけど、練習の妨げになるようなことは避けたかった。
やっぱり、部則のことは最初に言っておかなきゃダメかなぁ~。
そんなことを考えながら、道場に足を踏み入れた。
道場内には、部員以外の私服の生徒が三十人くらいいた。外に野次馬根性で見学にきた生徒とは違い、多少は入部を考えていのだろう。
主将から新一年生の事は二年が任されているので、道場内にいた一年は仮入部扱いとして、まずはノートに名前などを記入してもらい、裏口から弓道場の裏庭に出てもらい、弓道部の仮入部の練習を始める。
最初に苗字だけの自己紹介を簡単にしてもらって、部活の練習の流れ、射法八節の説明をして、実際に弓やゴム弓に触れてもらう。
この時に、もっとよく自己紹介を聞いていればよかったと、後になって後悔することになる。
男子が八人、残り二十人が女子だったが、どうせ、この子達の狙いは山崎であって弓道ではないのだろうと思うと、自己紹介も聞き流してしまった。それでなくても俺は人の名前を覚えるのが苦手で、あまりちゃんと聞いていなかった。
思った通りというか、弓道の基礎である射法八節の指導に入ると、二年はたくさんいるのに、女子は全員山崎に群がってしまった。
他の二年もこれは予想済みだったのか、やれやれといったかんじで、手が空いている二年は道場内に戻って数人で一年の対応をすることにした。
やっぱり、山崎を部活紹介に出させない方が良かったかな、そんな後悔に襲われかけた時、一人だけ、隅の方で黙々とゴム弓を握っている女子がいて、目を瞬く。
女子全員が山崎に群がっていると思っていたから、予想外の存在にしばらく呆然と眺めてしまう。すると、彼女はなぜか唇をへの字に曲げてふてくされたような表情で黙々とゴム弓をひいていた。
無駄のない流れるようなその動きは、とても初心者とは思えなかった。
だいたい高校から弓道を始めるヤツが多い中、このあたりは割と弓道部がある中学が多く、うちの弓道部も経験者半分、高校からの初心者が半分というくらいだった。
かくいう自分も、小学校高学年から始めたという、珍しいパターンだ。
なんとしても部員獲得したいと思っている現状としては、初心者でもいいから入部してほしい。それが山崎目当ての邪な動機だったとしても。
それがどうだろうか。
山崎に脇目もふらず、黙々と弓道に打ち込む姿。そしてどうやら、経験者っぽい。
彼女が入部してくれたら、いうことない。
でも、唇をぎざぎざに結んで、まるで恨めしそうな顔でゴム弓を引く姿はなんだか違和感がある。
それに、なぜだろう。彼女の顔が、幼い頃おばあちゃん家で出会った女の子に似ている気がするのは……
懐かしく思い出したばかりだから面影が重なって見えるのだろうか……?
彼女はまだ中学二年生くらいのはずだ。高校一年生のはずがない。
確信はなく、でも彼女から目が離せなかった。
他の一年に指導をしながら彼女の様子を伺っていると、山崎に群がっていた女子が彼女に近寄りなにか話していた。
もしかしたら、彼女は山崎目当てに借り入部した女子の付き添いできただけなのかもしれない。
不服そうな表情をしていた理由が弓道部に入るつもりがないのだとしたら、さっき感じた違和感の謎が解ける。
指導していた一年に簡単にアドバイスをし、彼女の元に近づく。
「もうちょっと、下げて」
背中から彼女の射形を眺めて声をかけたら、驚かしてしまったようだ。
小さな肩がびくっと震えて、その手からぽろっとゴム弓が落ちた。
「……っ、すみませんっ」
しゃがみこんでゴム弓を拾おうとしたら、俺よりも素早く手を伸ばした彼女の手に触れてしまい、彼女は焦ったように手を引っ込めた。
一瞬だったけれど、触れた彼女の手の感触の残る自分の手のひらを見下ろす。
俺よりも小さな手。
その手には親指の付け根に硬くなった豆があった。
普通の人ならば不自然な位置だけど、弓道をやっているのなら納得する位置で、彼女が経験者なのだと確信する。
自己紹介の時に、経験者かどうかも言ってもらうようにしたけど、今日集まった中には経験者はいなかった。
あえて黙ってたってことは、弓道部に入るつもりはないのだろう。
もったいないな……
そんな考えが浮かぶ。
ふてくされたような顔をしながらゴム弓を引いているけど、その瞳は真剣で、弓道が好きなんだと伝わってくる。射形もそんなに悪くない。
彼女が入部してくれれば即戦力になるだろう。どうにかして入部してもらえないだろうかと考えながら、俺は拾ったゴム弓を彼女に渡した。
自分の思考に入り込んでいた俺は、玉城の視線に気づいてわずかに苦笑する。
そろそろ時間か。
なにもいい案が浮かばないまま、俺はぱんぱんっと手を叩いて、みんなの注目を集める。集まってきた二年に目配せで道場に戻るように言い、俺と玉城だけが外に残り、ほんのちょっと憂鬱な気分になりながら、部則のことを口にする。
さあ、何人、残るかな……




