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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第4章 二人のシグナル
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第44話  眠れない理由



 誰にも相談できずにずっと我慢していた気持ちは、一度溢れてしまうと止まらなかった。

 ここ数日、急に神矢先輩の態度が変わってしまったこと。部活中に練習を見てもらえるようにお願いしても断られ、視線があってもすぐにそらされてしまう。いままでは交わされていた他愛無い会話がなくなり、突き放すような冷たい態度をとられていること。

 なんで神矢先輩がそんな態度を取るのか原因が分からないこと。

 冷たい態度がただ悲しくて、辛いこと。

 今日も挨拶しても、返事のないままそっけなく視線をそらされてしまったこと。

 保健室では普通に話していたのに、すぐに突き放すような態度に戻ってしまったこと。

 想いと一緒に涙も溢れてきて、嗚咽混じりに途切れがちになりながら話す私の言葉を、綾部先輩はずっと静かに聞いてくれた。

 話し終ると、綾部先輩は雲一つない青空を仰ぎ見て、それから私の方を向いた。


「前に話した昔話、覚えている?」


 唐突に話題が変わったことに戸惑いながらも、私は覚えていると伝えるために頷いた。

 この前、綾部先輩と廊下で会った時に最後に話してくれた“昔話”。

 それは、幼くに両親を亡くし、親戚の家に転々と引き取られていく男の子の話。引き取られたある家で男の子は年下の少女と出会い、その少女に恋をしたという話だった。

 もう二度と弓道はやらないって決めていた私を見つけ弓道部に強引に入部させて、本当はやめたくなんかなくて、弓道をやりたいという私ですら気づいていなかった気持ちに気づかせてくれたのが神矢先輩だった。

 そんな先輩に恋をしたのは必然だと言った今の私の状況と、綾部先輩が話してくれた“昔話”に出てくる男の子の初恋は、似ているものがあった。

 その時はなんでその話をしたのかあまり考えていなかったけど。

 唐突に“昔話”の話題になり、私は小首を傾げて綾部先輩を見た。

 覚えててくれてよかったというように綾部先輩は優しく微笑んでみせる。


「この前話した時は言ってなかったけど、その男の子の両親っていうのは医者と看護師で、母親が夜勤の日、父親も急患で病院に呼び出されて、夜遅くに一人留守番をすることになったんだ。夜に両親がいないことはよくあることで、一人でもちゃんと眠りについたけど、ふっと夜中に目が覚めた時、暗い部屋に一人きりで、待っても待っても、そのまま両親たちは帰ってこなかった。夜勤明けの早朝、家路の途中で二人の乗る車は対向車線のトラックに突っ込まれてそのまま帰らぬ人になってしまったんだ――」


 痛ましげに視線を伏せる綾部先輩の言葉に、胸の潰れる思いがした。


「それからその男の子は暗闇が苦手になって、夜眠ることが出来なくなった。本人はもともとあんまり睡眠とらなくても平気な体質とか言ってるけど――」

「……っ」


 そこで言葉を切った綾部先輩は意味深な眼差しを私に向けた。

 どこかで聞いたことがある言葉に、私はそれがどこでだったのか、誰の言葉だったのか瞬時に思いだす。

 保健室で切なく微笑んだ神矢先輩と綾部先輩の“昔話”がつながる。

 神矢先輩の不眠症の原因をしってしまって、胸が嫌な音を立てて痛んだ。


「ちなみにその男の子っていうのは、俺の幼馴染でいまはクラスメイトなんだけど」


 しんみりした空気を払うように綾部先輩はおどけたように付け加えてウインクして見せたけど、私はたまらない思いで、唇をぎざぎざに引き結んだ。

 嗚咽がこぼれそうになるのを必死にこらえる。


「深凪ちゃん、いまの関係を壊したくないって言ってたけど、それは神矢も同じなんじゃないかな? 神矢はさ、両親を亡くした時に大切な人がいなくなってしまう辛さを知って、それ以来、大切なものはなるべく遠ざけてきた。大切だって思うほど、失った時の悲しみが大きいから。神矢がなにかを遠ざけるっていうのはそういう理由からじゃないかな――」


 意味深に言った綾部先輩の言葉をゆっくりと頭の中で咀嚼する。

 大切だって思うほど、失った時の悲しみが大きいから……

 神矢先輩の大切なモノと聞いて、思い浮かべるのは弓道だった。

 弓道部は部内恋愛禁止。それを破れば弓道部を退部しなければならない。

 神矢先輩は弓道を愛しているといっても過言ではない。弓道部をやめるつもりはなくて、それはつまり部内恋愛はしないということ。

 逆に考えれば、部内恋愛に関わってしまうと、弓道部をやめなくてはならなくなってしまう。なにがあっても、部内に大切な人を作ろうとは思わないはずだ。

 弓道部をやめたくないというのは私も同じだけど、気がついたら神矢先輩を好きになっていた。

 このまま、ただ片思いでいるだけならば、部則には触れない。

 そのために想いを隠そうとして、普通の先輩後輩として接するように気をつけた。それなのに、なぜだか成瀬君には怪しまれて、おまけに神矢先輩に冷たい態度をとられて。

 でも、綾部先輩はなんて言った……?


『いまの関係を壊したくないって言ってたけど、それは神矢も同じなんじゃないかな?』


 私と一緒……?


『大切なものはなるべく遠ざけてきた。神矢がなにかを遠ざけるっていうのはそういう理由からじゃないかな――』


 綾部先輩の言葉が脳内に再生されて、じわじわと甘い痺れを起こす。

 突き放すように冷たい態度を取ったのは、私の事が大切だから……?

 そんなふうに、自惚れてもいいのかな……?

 その思考に思い至って、私の胸が大きく跳ねる。

 だけど、その考えはあまりにも自分に都合が良すぎて、その後に落とし穴が待っていそうで、ぶるりと恐怖に体を震わせる。

 恐る恐る綾部先輩を見上げると。


「それからもう一つ、そいつは今年の春、初恋の少女に再会したんだとさ」

「えっ?」


 言葉の意味が理解できなくて、ぽかんと首を傾げてしまう。

 そんな私に対して、綾部先輩はいたずらっ子のようなにやにやとした笑みを浮かべて、私の背後を見ていた。

 不思議に思い綾部先輩の視線を追って振り返った私は、ぴたりと動きを止める。

 夕日にオレンジ色に染まった階段状になった斜面に、神矢先輩が立っていた。




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