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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第4章 二人のシグナル
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第42話  目覚めたら



「神矢、先輩……」


 驚きに、ベッドに横になっていた私は跳ね起きる。

 なんで神矢先輩がいるのかとか、どうして袴姿なのかとか、疑問がいっぱい浮かんできて、でも突き放すように冷たい態度の神矢先輩を思い出して、なにも聞けなくて俯いた。


「体調はどう? まだ横になってた方がいいんじゃない?」


 ベッドに近づいてきた神矢先輩に気づかうような優しい声をかけられて、私は俯いたまま唇をかみしめた。

 どうして、そんなに優しい声で聞くの……?

 昨日は視線があっても目をそらされて会話もなくて、今日だって挨拶しても素っ気なかったのに。

 それなのにどうして、こんなふうに心配してくれるの……?

 さっきまでは冷たくされて悲しかったのに、今は心配してくれる神矢先輩の優しさが嬉しくて、泣きそうになる。


「どこか痛む……?」


 そっと声をかけられて、私は首を横に振った。


「……二人三脚が終わって倒れたのは覚えてる?」


 静かな声で尋ねられて、頷き答える。


「はい……」


 恐る恐る顔を上げると、私の顔を覗き込むようにしていた神矢先輩と視線があう。

 まっすぐに私を見る神矢先輩の瞳は気づかうように揺れてて、それなのに私は、先輩とちゃんと目を見て話すのはすごく久しぶりだとか思ってしまう。


「あの、ここまで運んでくれたのって……」


 神矢先輩ですか――?

 そう尋ねたくて、でも、言葉にする直前に言いかえる。


「綾部先輩、ですか……?」


 だって、神矢先輩が運んでくれたなんてあり得ないから。

 倒れる直前に聞こえたのは綾部先輩の声で、状況から考えれば、一番近くにいた綾部先輩が運んでくれた可能性が高い。

 ここに神矢先輩がいるからって、自分に都合のいい想像をしてしまいそうになって、その考えを頭から追いやる。

 倒れた私を運んでくれたのは綾部先輩で、神矢先輩が保健室にいるのはたまたま……


「それは、綾部が……」


 言いにくそうに神矢先輩が言い、そこで言葉を切る。

 ふいっと視線をそらされて、ほらやっぱりねって思う。

 そうすることで、どこかで期待していた自分を慰める。

 例え運んでくれたのが綾部先輩だとしても、神矢先輩がここにいるのが偶然だとしても、先輩がこうして心配してくれただけで嬉しい自分もいて。

 気分を変えるために無理やり笑みを浮かべて明るい口調で尋ねる。


「先輩はまた保健室に仮眠しに来たんですか? っというか、なんで袴はいてるんです……?」

「もうすぐ部活対抗リレーだから着替えにきた」

「って、保健室で着替えたんですか……?」

「違うよ……」


 驚いて尋ねた私から、すっと視線をそらす神矢先輩の頬は心なしか赤い。


「ちゃんと部室で着替えて、保健室には小森さんの様子を見に……」


 そこで言葉を切って、照れた顔を隠すように神矢先輩は前髪をくしゃっと掴んで俯いた。


「さっき姫井さんに会って、昼に様子見に来た時はまだ寝てたって言うから」

「そうだったんですね……」


 二人三脚はお昼休憩の前の競技だったけど、もうお昼過ぎちゃってるのか。

 そんなに寝ていたなんて思わなかった。せっかく来てくれたのに気づかなかったなんて、紗和には悪いことしちゃったな。

 って――!!


「えっ、部活対抗リレーもうすぐなんですかっ!?」


 その時になって部活対抗リレーの順番が近いことに気づいて、慌ててしまう。

 だって、弓道部の応援したい!

 ってか、神矢先輩の走るとこみたいっ!!

 おもいっきり欲望に駆られて、落ち着きなく視線を彷徨わせる。

 さっきは体育祭が終わるまでこのまま寝ちゃおうかななんて思ったけど、そんな場合じゃなくなってしまった。

 すぐにでも校庭に行きたい衝動にかられて、私は焦ってベッドから降りようとしたのだけど。


「っ……」

「小森さん……っ」


 焦ったせいでベッドの端についていた手が滑って、ベッドから落ちそうになった私を神矢先輩が慌てて抱きとめてくれた。

 私は神矢先輩のたくましい胸に頬を埋めてしまうことになって、心臓が大きく跳ねる。

 痺れるような甘い感覚が体中に広がって動くことが出来ない。

 ふいに、背中に回された腕に力が込められて、神矢先輩に強く抱きしめられた。


「……っ!」


 だけど、それは一瞬のことで、ぱっと神矢先輩の体が離れる。


「ごめん……」


 振り仰ぐと、神矢先輩自身も自分の行動に戸惑っているような表情をしてて、揺れる瞳とぶつかると、すぐにそらされてしまった。

 あっ……

 ちくんっと胸が痛む。

 そらされた視線に、こちらを見ようとしない神矢先輩の背中に泣きそうになるのをなんとか堪えて、俯いたまま言う。


「早く戻らないといけないですね……、リレーはじまっちゃう……」

「ああ……」


 頷くと神矢先輩はそのまま歩き出す。

 今度は落ちないようにベッドから降りその後をついていきながら、私と神矢先輩の間にはなんとも言えないぎこちない距離があった。

 ついさっきはいつものやわらかい雰囲気の神矢先輩だったのに、今は突き放すような雰囲気に戻ってしまった。

 保健室を出た神矢先輩は、振り返らずに急ぎ足でどんどん歩いていってしまう。

 部活対抗リレーの時間が迫ってて急いでいるからだって分かるのに、遠ざかっていく背中を見つめて、私は胸元の服を握りしめた。

 なんだろう。

 胸が苦しいよ――……




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