第41話 体育祭
キリキリと締めつけるような痛みがお腹に走って、お腹に手をあてて眉根を寄せた。
ついに迎えた体育祭当日は、まさに体育祭日和というような晴天が空には広がっているというのに、私は今朝から謎の腹痛に襲われて気が気じゃなかった。
朝、起きる時からお腹の痛みはあってトイレにはいったけどなにも出なくて、ただキリキリと締めつけるような痛みが朝から断続的に続いている。
痛みが止む時もあるから休まずに学校に来たけど、開会式の最中にお腹の痛みが復活して、立っているのも辛くて、ほんのちょっと背中を丸めて、痛みをこらえるためにお腹を包み込むように手で押さえた。
ただの便通前の痛みだったら、出すものを出してしまえば痛みは引くのだろうけど、その痛みではないみたいで、いつもとは違う痛みに原因も分からず、対処もできずに困ってしまう。
とりあえず、痛み止めの薬は飲んできたけど、利いているのかいないのかよく分からない。
次々と競技が進んで行く中、断続的に襲ってくる謎の腹痛を応援席でお腹を抱えるように丸くなって必死に耐えた。
私が出る種目は借り物競争と二人三脚の二つだけで、借り物競争の時はちょうど腹痛はひいていて無事に競技に出ることができた。
その後も痛みはなく、だからやっと薬が効いてきたのかなと油断していたら、まさかの二人三脚の競技中に再びキリキリとお腹を締めつけるような痛みが復活した。
私と綾部先輩の足はすでに二人三脚陽の鉢巻きで縛られていて、順番は次の次で、もうすぐなのに。
キリキリと痛みだしたお腹に、わずかに眉根を寄せる。
順番を待っている間はしゃがんで待っているからお腹を抱えるように小さくなっていればなんとか痛みを誤魔化すことができたけど、前に並ぶ神矢先輩達がバトンを受け取り走りだし、私達の番は次で、立ちあがってスタンバイする。
立つだけでもしんどくって、冷や汗が浮かんでくる。
だけど、もう順番は次なのに、いまさら走れませんなんて言えるわけがない。そんなことを言って、綾部先輩や同じ青組の人に迷惑をかけるわけにはいかない。
「深凪ちゃん、大丈夫?」
待っている間、最初は綾部先輩とお喋りしてたけど途中から黙りこんでしまった私を気づかうように綾部先輩が声をかけてくれた。
返事をするのも辛くて、私はこくんっと小さく、でもしっかりと首を縦に振って、無理やり笑顔を作って見せた。
たぶん、すっごく情けない顔をしていたんだと思う。
綾部先輩はなんとも言えないような険しい表情で、私をじっと見た。
「ほんとうに、大丈夫、です……」
綾部先輩を安心させるためになんとか言葉を紡ぎだし、お腹の痛みを耐えるために丸めていた背筋を伸ばし前を見据える。
たった数十メートル、こんな痛み、我慢しなきゃ……
神矢先輩からのバトンをつなげたい、一緒に走ってくれる綾部先輩や同じ青組の人に迷惑をかけたくない、その一心で、気力を振り絞る。
練習の時とは違い、それなりのスピードで駆けて戻ってきた神矢先輩が綾部先輩にバトンを渡し、綾部先輩と私が走り出す。
ただ、無我夢中で駆ける。
耳には必死に応援する生徒の声が変なかんじに反響して聞こえる。
ただ必死に折り返し地点を回って次の順番の人が待つスタートラインに戻ってきてバトンを渡した瞬間、それまで耐えていたお腹の痛みが反動のように強くなる。
列の一番後ろに並ぶためにゆっくりと歩いていくけど、すごい力でお腹を押しつぶされるようなあまりの痛みに、ぎゅっと眉根を寄せる。
「……っ」
走り終わったといっても、まだ私と綾部先輩の足には紐が結ばれていて。
それなのに、お腹の痛みに一歩が上手く踏み出せなくて、踏み出した綾部先輩の足についていけなくて足元がもつれる。
キリキリと痛むお腹と、さぁーっとひいていく血の気。
ぐらっと体が傾いで、視界が真っ白になっていく瞬間、側にいた綾部先輩が焦ったように私の名前を叫ぶ声が聞こえて、そこで意識が途切れた。
※
ぱちっと目が覚めて、辺りを見回して、自分が保健室のベッドに寝ている現状を理解して、はぁーっと脱力する。
直前の記憶を思い出して、倒れてしまって結局まわりに迷惑をかけてしまった罪悪感と、寝て少しはすっきりした安心感がないまぜになる。
開け放たれた窓から吹き込む風が、汗をかいた肌には心地よく、遠くの方から体育祭の音が聞こえてくる。
まだ体育祭は終わっていないことが分かったけど、自分の出番は終わったし、このまま最後まで保健室で寝ててもいいかなと思う。
普段だったらさぼりたいなんて思わないけど、今日は謎の腹痛に必要以上の神経を費やして気疲れしていた。
さっきほどではないにしても、締めつけるようなお腹の痛みはまだあって、このまま寝てしまいたい気分だった。
それにしても……
「結局、綾部先輩には迷惑かけちゃったな……」
意識が途切れる直前の綾部先輩の焦った声を思い出す。
倒れたせいで、きっと綾部先輩には迷惑をかけただろう。
保健室に来るのでも、せめて自力で来れればよかったのに、そう思った時。
「たくっ、小森さんは人の心配ばかりして……」
呆れたような声が聞こえて顔を向ける。
静かにカーテンが開いて現れたのは、袴姿の神矢先輩だった。




