第4話 ライバル宣言
「……小森? 聞いてたか?」
「えっ、あっ、ごめん……」
「なんだよ、ぼぉーっとして」
見学に行った日のことを思い出していた私は、成瀬君の声にはっとする。
掃除も終わり、成瀬君と一緒に弓道場に向かっているところなんだけど、成瀬君の話を全然聞いていなかった。
そんな私の様子に成瀬君は大きなため息をつく。
弓道場に続く砂利道の小石を一つぽーんっと蹴って、成瀬君が嘆く。
「はぁ~、早く弓引てぇ~」
「弓なら毎日引いてるじゃない……」
「違う、俺が引きたいのはゴム弓や素引きじゃなくて、ちゃんと矢をつがえて引きたいんだよっ!」
「巻き藁?」
「ちっがーうっ!!」
さらっと突っ込んだら、成瀬君はお気に召さなかったみたいで、鼻息も荒く反論してきた。
打てば響くってこういう感じなんだろうなぁ~。
ちなみにゴム弓というのは、三十センチくらいの棒にゴムがついただけの簡素な練習用の弓で、素引きは矢をつがえないで弓だけで引くこと、巻き藁は巻き藁専用の羽のついていない矢を使って引く。どれも練習段階。
「しょうがないじゃない、まずは射法八節を覚えること。何をやるにも基本は大事でしょ」
「そーだけどさ、毎日毎日ゴム弓や素引きばかりじゃ、退屈だろ?」
「毎日ってまだ二週間くらいだよ? 中学の弓道部なんか、一、二年生はずっと素引きや巻き藁ばっかりで、実際に的に向かって引けるようになるのは三年生になってからなんだから、これくらい我慢しなきゃ」
「へぇ~、そうなのか? 小森って詳しいな」
「えっ!? そんなことないよっ。あっ、ほら、私の通ってた中学に弓道部あって、弓道部だった友達から聞いた話だよ」
「ふ~ん」
慌てて誤魔化したのがいけなかったのか成瀬君は納得してないみたいで、なんか意味深な視線で私をちらっと見て相槌を打った。
「てっかさ、ずっと聞きたかったんだけど、なんで成瀬君は私に構うの?」
「はっ? なに、いきなり」
「いきなりじゃないよ、ずっと思ってたの。同じ一年なら他にも入部した人いるのに、なんで部活に行く時、いつも私を誘うの?」
尋ねたら、なぜだか成瀬君は驚いたように目を見開いてその場に立ち止まった。
まだ四月の半ばだから、これからももう少し部員は増えるかもしれないけど、今現在、一年生は六人入部している。ちなみに、女子は私一人で、うちのクラスは私と成瀬君だけだけど。
一年のクラスは同じ階にあるんだし、他のクラスの男子に声かけて一緒に行けばいいのにっていつも思ってたんだよね。
だから、私にとってはすごく自然な疑問だったんだけど。
「もしかして気づいてないの……?」
呆れたよな、驚いたような口調で尋ねられて、私はこくんっと首を傾げる。
「なにが?」
「毎日部活出てるのって、俺と小森だけだろ」
「えっ、そうなの……」
「マジで気づいてなかったのか……」
きょとんっと聞き返したら、今度は本当に呆れたため息をつかれてしまった。
だって、私が毎日休まずに練習に行っているのは、早く神矢先輩に生徒手帳を返してもらいたいからで。もとい、人質を取られているから強制的に練習に参加させられているだけなんだよね。
部活に行かないでいいならぜひとも積極的に休みたいくらいなんだけど。
「それに、小森の引き、綺麗だよな」
「えぇっ!? そんなことないよぉ!?」
内心で毒づいていた私は、予想外の賛辞の言葉にどもってしまう。
今までそんなこと言われたことないし、ほんとに謙遜とかでなく、私の引き方が綺麗だっていうのは目の錯覚でしょう……
まさか経験者だってバレたんじゃないかって、冷や冷やしてしまう。
「むしろ、成瀬君の方が、初心者とは思えないくらい上達早いじゃないっ!!」
なので、慌てて話題を成瀬君に振ってみる。
もちろん、これは本心。
今年の一年はみんな初心者で――もちろん私も初心者ってことになっているけど――、その中でも成瀬君は群を抜いて上手い。
きっと弓道センスがいいんだろう。
やっぱり、もともとの素質みたいなのがあるのとないのとでは上達の速度が違う。
先輩たちもそのことに気づいてて、成瀬君を早く的前にあげて戦力にしようとしている。
「的前審査も早めに受けさせるって言ってたよ」
「それ、俺じゃなくて小森にだろ?」
それなのに、なぜだか成瀬君はふてくされて言う。
ってか。
「えぇっ!!??」
私は初耳の情報に、すっとんきょうな声をあげてしまう。
耳を塞いだ成瀬君に、うるさいって視線で睨まれて、委縮しながらもじぃーっと成瀬君を振り仰ぐ。
だって、成瀬君を早く的前にあげようって話はよく聞くのに、私の話なんて聞いたことないよ!?
ほんとに、まったく、なんでそんなことを言っているのか分からなくて、成瀬君を見上げたら。
成瀬君はなぜだか耳を赤くして、ぷいって横を向いてしまう。
それから。
こっちを見た成瀬君は、びしっと私に人差し指を突きつけて叫んだ。
「的前審査するの、俺が先か、小森が先か。勝負だからなっ!」
ギラギラと闘争心を燃やした瞳ではっきりと宣言して、成瀬君は私を置いて歩き出す。
どんどん歩いていってしまうその後姿を、その場に残された私はただ呆然と見送った。
なにその、ライバル宣言みたいなの……?
それ言う相手、間違っていませんか……?
しばらく放心状態でいて、すっかり成瀬君の後姿が見えなくなって、私は心の中で愚痴る。
いまはゴム弓や素引きばかりだけど、五月の連休明けに一年生はカケと矢を買いに行く予定で、カケを買ったら成瀬君にはすぐにでも巻き藁をやらせようと先輩たちは言っていた。つまり成瀬君は一年の中でダントツに的前審査に近い存在で。
私はというと、ゴム弓ですら相変わらず“離れ”が出来ないでいるのに。
そんな人に言うセリフじゃないと思うんですけど……