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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第4章 二人のシグナル
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第38話  意地悪な人



 左右の足を鉢巻きでしばって、肩と腰にそれぞれ腕を回して触れ合うほど体を密着させて、小走りで遠ざかっていく後姿をぼんやりと眺めた。

 二人三脚は簡単そうで意外と難しい。お互いの息がぴったり合わないとなかなか上手く前に進めない。それが今日初対面というような他学年異性のパートナーだった場合、そんなにすぐに息が合うはずがない。

 ぎこちない動作ではあるけど、なんとか折り返し地点のカラーコーンを曲がったところで、うまくリズムをつかめずに転びそうになった女子を神矢先輩が支えて、やわらかい笑みで励ますように微笑みかける。

 自分以外の女子に向けられたその笑みに、胸の奥が鈍く痛む。

 無意識に、ぎゅっと唇をかみしめていたら。


「気になる――?」


 唐突に声をかけられて、自分の思考から意識が引き戻される。

 振り仰げば、綾部先輩が真剣な眼差しで私を見おろしてて、それから視線をこちらに向かって移動してくる神矢先輩達に向けた。


「やっぱり、神矢と組みたかった?」

「え……っ?」


 驚きに声を上げると、こっちを見た綾部先輩がからかうようにくすりと笑う。


「深凪ちゃんって素直だね」


 楽しそうにくすくす笑う綾部先輩にからかわれたんだと気づいて、私はふてくされて横を向く。


「綾部先輩はちょっと意地悪ですね」

「ははっ、そうかな? そんなこと言われたことないけど」

「じゃあ、私にだけ意地悪なんですよ」

「それはちょっと心外だなぁ、これでも、深凪ちゃんの事はけっこう気に入ってるのに」


 ぜんぜん気にした様子もなく楽しそうに笑う綾部先輩をちらっと見る。

 ちょうどその時、神矢先輩達がスタートラインに戻ってきて、それと入れ替わるように私と綾部先輩が一歩踏み出す。

 はじめは歩くように、だんだんとお互いのペースを掴んで小走りにとスピードを上げていく。


「そんなに私、神矢先輩と組みたそうにしてました……?」


 自覚はある。神矢先輩と組めたらいいなと思った。

 神矢先輩と組んだ女子を羨ましくも思ったし、神矢先輩に優しくされて、微笑まれて、妬ましくも思った。でも。

 小走りで移動しながら静かな声で尋ねると、私を見た神矢先輩が鮮やかな笑みを浮かべる。


「俺にはそう見えたけど、違った?」


 尋ねながらも、答えを確信しているような口ぶりに、私は苦笑する。


「そう思いながら私を誘った綾部先輩はやっぱり、意地悪です」


 断言した私にすぐにつっこみが返ってくると思ったのに、綾部先輩は視線をまっすぐに向けてて、身長差で私からは綾部先輩の表情は見えなくて。


「だから、誘ったんだよ……」


 少しの間をあけて呟くように言われた言葉が、胸をつく。


「あのまま神矢が声をかけたら、深凪ちゃんは断れなかっただろ? だから誘ったんだけど、余計なお世話だった――?」

「……っ」


 綾部先輩の何もかもを見透かしたような言葉に、私は息を飲む。

 神矢先輩と組めたらいいなって思った。だけどそれと同時に、そうなったらまた成瀬君がうるさいだろうなと不安になって、神矢先輩以外の人と組んだ方がいいのかなって考えて。

 だけど、自分から声をかけるにも知っている人は神矢先輩くらいしかいなくて、たぶんそのことに神矢先輩も気づいてて、あのままだったら神矢先輩が声をかけてくれていたと思う。

 神矢先輩に声をかけられたら、断ることなんてできない。

 だって、神矢先輩が二人三脚に出るって知った時から、先輩がパートナーになってくれたらいいなって思ってたから。でも。

 そう望みながら、そうじゃない方がいいなって思いもあった。

 これ以上、成瀬君にあらぬ疑いをかけられたくないから。

 でも、本当は――……

 知っている人が神矢先輩がしかいないとか、成瀬君に疑われたくないとか、そんなのは言い訳で。

 やっぱり、私は神矢先輩と組みたかったんだと思う。

 だからあんなに、神矢先輩のパートナーになった女子を羨ましいと思ったんだ。

 でも。

 神矢先輩じゃなく綾部先輩のパートナーになって良かったんだっていう思いも嘘じゃない。

 部活中くらいしか顔を合わせていないし、先輩と後輩という関係を踏み越えて神矢先輩と関わることはなかったのに、疑いの眼差しを向けてくる成瀬君。

 もし私と神矢先輩が二人三脚のパートナーにでもなっていたら、今まで以上にない追及をしてくるかもしれない。それだけは避けたかったから。

 これでよかったんだって思うのに。

 なにもかもを見透かすような綾部先輩に、私はぽつりと漏らした。


「やっぱり綾部先輩は意地悪です……」




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