第32話 仲良しな二人
「小森、部活行こうぜっ」
「うん」
成瀬君に声をかけられて、私は教室で話していた紗和に「また明日」って言って、廊下に出た。
相変わらず、成瀬君は部活に行く時、必ず私に声をかけるから、いつの間にか二人で一緒に部活に行くのは当たり前のことになってしまっていた。
だから今日、私は掃除はなかったけど、成瀬君の掃除が終わるのを紗和とおしゃべりして待っていたというわけ。
まあ、あんまり部活に早く行っても仕方ないからっていう理由もあるけど。
私は成瀬君と並んで歩きながら部室に向かって歩く。
「もうすぐ中間だなぁ……、この前夏休みが終わったばかりなのに……」
中間試験まで三週間以上あるものの、「このあたりは試験にでるからなぁ~」というような教師の発言が増えてきて、試験が迫ってきたことを否応なしに実感させられる。
ぼやく成瀬君に、私は苦笑する。
「確かにあっという間だね、またファミレスに集まるのかな?」
試験前恒例で行われる二年生の弓道部勉強会、一学期の期末試験の時には私と成瀬君以外の一年も呼ばれて、結構にぎやかな勉強会だった。、また、試験一週間前になれば勉強会の話が出るだろう。
「たぶん。ってか、俺はやってもらわないと困る」
「成瀬君、毎回必ず参加してるよね」
「アレのおかげで赤点免れているといっても過言じゃないからな」
力説する成瀬君と渡り廊下を歩いてて、私は、ふっと見えた中庭に神矢先輩の姿を見つけてしまい、ぴたっと足を止める。
「ごめん、成瀬君! ちょっと先に行ってて」
「おいっ、小森っ?」
呼び止める成瀬君を振り返らずに、私は小走りで中庭に向かった。
渡り廊下を渡ってすぐの場所にある階段を下り、折り返して中庭に出る。
ほんの少し盛り上がって丘のようになった中庭には木が幾本も生えてて、渡り廊下の向かい側には腰くらいの高さの生垣があって、その向こう側に生えた木の根元に神矢先輩は寝転がっていた。ちょうど二階の渡り廊下からだと、生垣と生垣の間から寝転がっている神矢先輩の姿がほんの少し見える。
私は足音を立てないようにそっとそばまで歩み寄る。
つい数十分前に見た光景のまま、神矢先輩が芝生の上に寝転がっていて、その姿を見てその場にしゃがんだ。
先輩、ずっと寝てたのかな……
閉じられた瞳にかかった前髪を払おうと手を伸ばした瞬間、ぱちっと神矢先輩の瞳が開いて、視線がぶつかった。
「っ」
「……っ」
二人の間に沈黙が流れて、神矢先輩が瞳を瞬く。
それから、片手を地面について上半身を起こしながら、前髪をかきあげる。
「なんか、さっきもこんなことあったような気がするけど……」
苦笑する神矢先輩につられて私も笑みがこぼれる。
「そうですね」
「もしかして、もうホームルーム終わった?」
「終わっちゃいましたよ、これから部活に行くところです」
「そっか……」
そこで言葉を切った神矢先輩は、じっと私を見据えて何か言おうと口を開く。
だけど。
「小森っ」
がさがさっと草を踏み分けて成瀬君が後ろからやって来て、私を神矢先輩の視線が同時に成瀬君に向けられる。
「成瀬君っ」
先に部室に行ったと思っていた成瀬君の突然の登場に、私は驚いて立ち上げる。
「どうしたの? さきに部室行ったんじゃ……」
首を傾げて見上げると、なんだか機嫌悪そうに、むっと唇をねじる。
「急に先に行けって言って走っていくからなにかあったのかと思って追いかけてきたんだよ」
「そうだったんだ、ごめん……」
心配をかけてしまったことが申し訳なくて、俯いて謝罪する。
神矢先輩の姿が見えたから思わず来てしまったなんて、神矢先輩がいる前で言えないよ。
俯いたまま何も言えないでいると、神矢先輩が立ち上がってぽんっと私の頭を撫でて。
「小森さん、起してくれてありがと。俺は教室に鞄取りに行かないといけないから、先に部活行ってな」
「はい……」
顔を上げた時には神矢先輩は歩き出してて、私はその後姿を名残惜しげに眺めて頷いた。
「小森、行こうぜ」
「あっ、うん」
いまだに不機嫌そうな成瀬君に言われて、慌てて頷いて歩き出す。
内心、なんで成瀬君が不機嫌なのか首を傾げるけど、成瀬君をまとう空気がぴりぴりしてて、怖くて聞けなかった。
無言のまますたすた前を歩く成瀬君を一生懸命追いかけていたら、急に立ち止まった成瀬君の背中に鼻をしたたかにぶつけてしまった。
「っ……!? 成瀬君……?」
ぶつけた鼻をさすりながら振り仰ぐと、肩越しにちらっと振り返った成瀬君は明らかに不機嫌な表情で私を見下ろしてぼそっと呟いた。
「小森……、最近、神矢先輩と仲良いよな」
「そうかな?」
きょとんっと首を傾げれば、成瀬君はどこか居心地悪そうにふいっと視線をそらした。
「この前も一緒に電車で帰ってたし……」
「この前って……」
言いながら、神矢先輩と一緒に帰ったことあったかなって記憶を探る。
普段、自転車通学の神矢先輩とは駅まで一緒になることはあっても、一緒に電車に乗ることはほとんどないから、成瀬君がいつのことを言っているのかすぐには思い当らなくて、しばらく考えてあっと思い出す。
「もしかして、試合前の時のことかな? 弓を持って帰るのに自転車は無理だからって電車で帰って。でも、あの時山崎先輩とか他にも一緒にいたよ?」
別に二人っきりで帰ったわけじゃないんだけどな。
成瀬君の目にそんなふうに映っていたことに驚く。
「それ以外にも、部活中一緒にいること多いだろっ」
やけくそのように叫ぶ成瀬君に、私は小首を傾げる。
「そりゃあ、同じ部活の先輩と後輩だからねぇ」
そんな当たり前のことを指摘されて呆れてしまう。
「それに、一緒にいることが多く見えるのは私が神矢先輩に練習見てもらってるからかな? でも神矢先輩ってかまいたがりだから他の一年にもちょっかい出してるし、成瀬君もよく神矢先輩と喋ってて、神矢先輩と成瀬君って仲良しだよね」
ちょっと仲が良くていいなぁ~なんて羨ましく思う時もある。
思ったことをそのまま言っただけなのに、なぜだか、成瀬君にため息をつかれてしまった。
「えっ、なに? 私おかしなこと言った??」
「なんでもない……」
尋ねた私に、成瀬君は脱力したように肩を落として、再び歩き出した。
「早く、部室行こうぜ」
素っ気なく言って歩いていってしまう成瀬君の後姿を見て。
引きとめたのは成瀬君じゃんか。
心の中で愚痴って、私は慌てて成瀬君の後を追いかけた。
時期がずれていたので書き直しました。
だいたい九月末頃です。 2015.2.22




