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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第3話  俺が守るよ



「小森~、部活行こうぜっ」


 教室掃除を終えて、机と椅子を元の位置に戻していたら、鞄を肩に担いだ成瀬君が窓から顔をのぞかせた。


「もう、中庭掃除終わったの?」

「おう、行こうぜ~」

「私はまだ掃除中なんだけど……、待ってないで先行ったら?」

「いいよ、待つ」


 そう言われたら、何も言い返せなくて、私は黙々と机と椅子を運んで掃除を終わらせた。

 彼は成瀬 響(なるせ ひびき)、クラスメイトでうちのクラスの唯一の弓道部員――私を除いたら。

 はぁ……

 そうなんだよね。

 あんなに固く決意したのに、私は弓道部に入部届を提出してしまった。

 仕方なかったのよ、生徒手帳を人質に取られて。おまけにあんな泣くなんて恥ずかしいところ見られて、引くに引けなかったのよ……



  ※



「……っ、わかりました、入部届書きますからっ」


 不覚にも神矢先輩の前で泣いてしまった私は、なんとか落ち着きを取り戻して、やけくそでそう言った。

 だって、やっぱり生徒手帳は返してもらいたし。

 私の言葉を聞いて神矢先輩はふんわりと微笑むと、どこからともなく入部届を持ってきて、私はその場で入部届にサインさせられた。

 印鑑は持ってなかったけど、拇印でいいって言う神矢先輩に無理やり朱肉押しつけられて。

 それなのに。


「はい、じゃあ、これ」


 渋々、弓道部の入部届にサインしたのに、渡されたのは神矢先輩の生徒手帳で、私は眉間に思いっきり皺を刻んで胡乱な眼差しで神矢先輩を見上げた。


「なんですか、これ……」

「俺の生徒手帳」

「それは見てわかりますけど。私が聞いているのはなんで渡されるのが先輩の生徒手帳かってことで」


 言いながら、先輩が手に持っている私の生徒手帳に恨めしげな視線を向ける。

 返してもらいたいのは私の生徒手帳なんですけど……

 神矢先輩の生徒手帳を渡されても迷惑……

 そんなことを考えていたら、ことさら爽やかな笑みを浮かべて神矢先輩が微笑んだ。


「だって、これ、人質だし?」


 さらっと極悪なことを言う先輩に私は呆然としてしまう。


「入部届書いただけで、練習には参加しませんとか言われたら困るし。小森さんがちゃんと弓道部員になったって判断するまで人質は預からせてもらうよ」

「判断って……」

「もちろん俺の基準で判断させてもらうよ。まあ、経験者だし? 的前審査合格したら返すよ」

「なっ、入部届にサインしたら返すって言ったじゃないですかっ!? 返してもらわないと困りますっ」


 だって、的前審査って……


「大丈夫だって。経験者はだいたいゴールデンウィーク明けくらいには的前審査するし、遅くても六月中には的前にあげるよ?」


 六月中って、それじゃあ中間試験に間に合わないじゃないですか……っ!?


「むっ、無理ですよっ!? 私っ! 六月中って、それじゃあ中間に間に合わないし、もし何かあった時はどうすればいいんですかっ!?」

「なにもないことを願うけど、何かあった時の保険にそれ、渡したんじゃん?」

「それって……、先輩の生徒手帳……?」


 先輩の生徒手帳なんか渡されても自分の生徒手帳がないんじゃあ、意味ないじゃないですか……

 心の中で悪態ついていたら。


「小森さん」


 ぞくっとするくらい甘美な声音で名前を呼ばれて、びくっと肩が震えてしまう。

 まっすぐこっちを見つめる切れ長の黒い瞳には力があって、目がそらせない。


「小森さんのことは、ちゃんと俺が守るよ」


 痛いくらい真剣な眼差しで射抜くように見つめられて、不覚にもドギマギしてしまう。


「もしもの時は俺の生徒手帳を渡せばいいから。自分のは部活関係で俺が持ってるからって言って、そうすれば大丈夫だから」


 迷いなどない口調で大丈夫と言われて、大丈夫なんだって納得させられそうになってしまう。

 なにがどう大丈夫なのか、この学校に入学して数日しか経っていない私には分からないから。

 でも。

 神矢先輩の表情も口調も、冗談なんかを言っている雰囲気じゃなくて、それ以上はなにも言えなくて。

 なんにもないことを祈るけど、もしもの場合は、神矢先輩の言うとおりにすればいいのかな、となんだか神矢先輩の口車にうまく乗せられそうになる。

 だけど、それでもいいかなって思ってしまった。

 あんなに、頑なに弓道を拒絶したのに――

 ふっと、部室で言っていた玉城先輩の言葉を思い出す。


『今の部員は特に、経験者が多くて男子はわりと力があって総体決勝も夢じゃないから、みんな弓道馬鹿でね』


 それは男子のことを指していたけれど、女子も同じなのかもしれない。

 人数が減れば、その分戦力も落ちている可能性もある。

 そんな女子弓道部のことを心配して、なんとか部員を確保しようとしている神矢先輩に、「もう、弓ひけないんです」とか言いだせる雰囲気じゃなくなってしまったし……

 本当は正直に話した方がいいんだろうけど。

 私を見つめる凛とした瞳は、まるで何もかもを見透かしているみたいで、私は観念する。

 すっと姿勢を正して神矢先輩を仰ぎ見る。


「わかりました。ちゃんと練習にも来ますから、私の生徒手帳返してくださいよ」

「ああ、小森さんが的前に上がったらな」

「それから、入部するにあたって私からも一つお願いがあります」


 無邪気な顔で笑う神矢先輩に、私はこれだけは譲れない提案をする。


「ん? なに?」


 だってあんなに毎日練習してたのに、ここ数ヵ月は弓に触れてもいない。

 経験者って言えるようなレベルじゃない。

 そもそも弓引けないし……


「私が経験者だってことは、絶対に内緒にしてください」


 そう言ったら、神矢先輩はそんなことを言われるとは思わなかったのか、きょとんっと瞳を大きくして驚いて、それから勝気に微笑んだ。


「ははっ、黙ってるのはいいけど。小森さんこそ、経験者だって早々にばれないようにしろよ?」


 まさか、そんなふうに切り返されるとは思わなくて。


「なっ、初対面でいきなり経験者だって見抜く特技を持ってるのは神矢先輩くらいですよっ」


 思いっきりいぃーってして言い返して、私は弓道場を飛び出した。

 必死に、紗和が待っている自販機を目指して走るけど。

 私の心は神矢先輩の言葉に鼓動が駆け出してどうにかなってしまいそうだった。

 余計なお世話なのよ。

 ばれるわけないじゃないのよっ!

 だって、私は、もう弓が引けないんだから……

 正確には、最後まで引いても、離すことができないんだから――




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