第28話 おいてけぼりの会話
クラス展示の受付の持ち時間が終わって、紗和と一緒にどこにお昼に行こうかと相談をしていたら。
「その格好目立つから、ついでに宣伝してきて」
花塚さんに宣伝用のチラシを渡されて、弓道部の方に顔を出していた間、花塚さんに当番を代わってもらっていた私は断ることも出来ず、チラシを持ってお昼に向かった。
食べ物系の出し物は主に三年生のクラスがやっていて、その他は調理部や一部の部活でもやっているところがあるけど、私と紗和は三年生の教室に行ってみることにした。
「わぁー、どこのクラスも気合いが入ってるねぇ……、昨日は全然見て回らなかったからこんなに賑わってるなんて知らなかったよ」
「三年生にとっては最後の学祭だしね」
私と紗和は、どこかに入ったりはせず、気になったお店でちょっとずつ買って中庭でお昼ご飯にした。
その間、なんだかやたらと声をかけられる気がして、首を傾げる。
同学年で顔見知りの子はわかるけど、ぜんぜん喋ったことないような二、三年生にまで声をかけられて不思議だった。
まあ、話しかけられたついでに花塚さんに頼まれていたチラシを配ることはしっかり忘れなかったけど。
いままではこんなことなかったのになんでだろうと疑問に思って紗和に尋ねる。
「学祭だからみんな気軽に声かけてくれるのかな?」
「馬鹿ねぇ、深凪だから声かけられるんでしょ~」
「私だから……?」
ぽかんっと聞き返したら、隣でたこ焼きにぱくついていた紗和が一人納得したような声を出す。
「あー、深凪の弓道やってる姿って、神秘的で綺麗だったもんね」
神秘的……?
私の射が……?
自分ではそう思えなくて、なんとも不似合いな言葉に首を傾げる。
「とにかく、すっごい目立ってたってこと」
説明するのが面倒だったのか、紗和にざくうりとそう言われて私はなんとなく頷く。
「そうなんだ……?」
それって、学祭で弓道部のパフォーマンスやって、みんな、ちょっとは弓道に興味を持ってくれたってことかな。
「弓道ってマイナーなイメージだけど、知名度が上がったってことだよね?」
そう結論付けたら、なぜだか紗和にがっくりと肩を落とされてしまった。
お腹を満たしたら、今度は甘い物を探しに行こうということになって、再び校舎の中に戻る。
「どうしようかぁ~?」
上履きを履きながら言った紗和の声はどこかそわそわしてて、どうしようかといいながら目的地が決まっていることを察する。
「二年四組に行きたいんでしょ?」
苦笑しながら言った私に、紗和は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「さっすが、深凪。よくお分かりで!」
「だって、ずっと言ってたじゃない。山崎先輩のクラス行きたい~って」
「そんなずっとは言ってないでしょ!?」
「けっこう言ってたと思うけど~?」
くすっと笑ったら。
「そういう深凪だって、行きたいと思ってるくせに」
顔を近づけてきて紗和が意地悪な笑みを浮かべてそんなことを言うから、私は目を瞬いて、ふっと視線をそらした。
※
「そんなの、ダメって言われても気づいたら好きになってて、止まらないのが恋じゃないの――?」
盛大なため息とともに投げかけられた紗和の言葉は、私の心をついた。
でも、好きって言えるわけがない。
たとえ親友の紗和が相手だとしても、この気持ちを認めてしまえば、もう後戻りできなくなりそうで。
俯いてきゅっと唇をかみしめて、私はなんとか笑みを浮かべて言う。
「ほんとに、そんなんじゃないんだ……」
「深凪がそういうなら仕方ないけど……、いつでも相談に乗るからね!」
納得いっていないようだったけど、私の事情を察してくれたのか、そう言って笑いかけてくれた。
※
先ほどの紗和との会話を思い出して、私は気づかれないくらいの小さなため息をついた。
二年四組は山崎先輩のいるクラスで、神矢先輩も四組なんだ。
そして、二人とも昨日一日部活の方に来ていたから、いま行けば絶対にクラスにいるということも分かってる。
紗和が山崎先輩に会いに行く付き添いで二年四組に行くだけなんだからって、言い訳してみるけど。
さっきの会話でこれ以上追及しないと言った紗和は、暗に「深凪も神矢先輩に会いたいでしょ?」って言ってて、返答に困ってしまう。
そりゃあ、会いたくないって言ったら、嘘になるけど。
まあ、朝会ったといえば会ったけど、あの時は部活の一環だったし、自分が打つことに集中しなければならなかったから、意識しないですんだけど。
昨日の今日でどんな顔して会えばいいのか分からないよ……
ぽそっと呟いて、もう一度ため息をついた。
二年四組の教室に着くと、教室内には卓球台が二つ広げられていて、各台でラリーが繰り広げられていた。
「すごい……」
なんというか合理的な出し物に驚いてその場に立ち止まった私の、腕をぐいぐい引いて紗和は一目散に山崎先輩の元まで歩いていった。
山崎先輩や二年四組の先輩達は、黒板の前に置いた机と椅子のまわりに固まっていて、座っている人もいれば、立っている人もいた。
山崎先輩と神矢先輩は端の椅子に座ってて、神矢先輩は寝むそうに俯いていた。
説明が書かれた黒板に視線を向け、二年四組の出し物を理解する。
一つの卓球台は十分交代制でフリーで使えて、もう一つの卓球台は、二年四組の生徒と対戦して勝つと商品がもらえるというシステムらしい。
挑戦料は百円で、対戦相手はクジでランダムに決められるらしい。
卓球が上手い人にあたるか、あまり上手くない人にあたるかは、運次第みたい。
このシステムだと、誰か一人――たとえば、山崎先輩だけ――に集中しなくていいのだろう。
「こんにちは~、山崎先輩」
まっすぐに山崎先輩の元に歩いていった紗和は、にっこりと可愛らしい笑みを浮かべて挨拶をした。
もちろんその隣には、がっしりと逃がさないわよと言わんばかりに腕を組まれている私もいる。
「こんにちは」
部活の先輩だから、挨拶しないわけにはいかなくて、ぺこっとお辞儀する。
「こんにちは……」
神矢先輩はちらっと視線をあげて、すぐに瞼を閉じてしまった。
「小森、姫井さん、こんにちは」
山崎先輩は表情を崩さずそう言って、だけど、紗和は名前を呼んでもらっただけでとても嬉しそうだ。
山崎先輩はその容姿からすっごくモテるのだけど、なんでもすごいお姉さんが三人もいてそのせいで女性が苦手らしい。だから基本、無愛想というか、あまり女子とは話さないらしいのだけど、部活の後輩の私とは話さないわけにはいかないし、私の親友の紗和とは普通に話している気がする。
まあ、口数は少ないけど。
「小森、ずっとその格好でいたのか?」
わずかに眉根を顰めて山崎先輩に尋ねられて、「あっ……」と自分の格好を見下ろす。
「えっと、着替えそびれてて……」
苦笑して言うと、はぁーっとため息をつかれてしまった。
「でも、この格好目立つので、クラスのいい宣伝になりますよ」
「そうかもしれないけど、最後まで袴のままでいるつもりか?」
「さすがに、帰る前には着替えるつもりですけど」
そう言ったら、山崎先輩はちらっと神矢先輩を見て、それから紗和を見上げて言った。
「姫井さん、ちょっと小森を借りてもいいかな?」
「えっ?」
「着替えさせにいくから、その間、俺が相手するよ」
「もちろん! 大丈夫ですっ!」
私がなにか口を挟む前に、紗和が速攻で答えて、話がまとまってしまって唖然とする。
「神矢」
山崎先輩は椅子に片足を乗せてそこに顔を伏せていた神矢先輩を揺り起こす。
「小森を部室まで連れていって」
「えっ……」
一人で行けますよ、と私が言うよりも早く。
寝ていたはずの神矢先輩は立ち上がって、私の腕を掴んで歩き出していた。




