第26話 好きなんて言えない
学園祭一日目が終わり、教室で簡単に帰りのホームルームが行われた。
ホームルームが終わると、すぐに教室を出て帰る人と教室にまだ残っている人に分かれた。
私は教室に残り、成瀬君や紗和、台紙作成班の八人と一緒にスタンプラリーの台紙の在庫を確認して足りない分を補充してから帰ることになった。
「結構、減ってたね~」
下駄箱で上履きを履き替えて校門に向かって歩きながら言った紗和の言葉に私も頷き返す。
私と一緒で紗和も今日はクラスの手伝いをしていなかったから、スタンプ台紙の予想以上の減りに驚いていた。
「他の展示を回りながら空いている時間に探せるのがよかったみたい」
クラス委員で、スタンプラリーの提案者の花塚さんが分析しながら喋る。
自転車置き場の当たりで、自転車通学の人と別れ、校門を出てバス組とも分かれ、電車組の成瀬君と紗和と花塚さんと私の四人は駅に向かって歩道を歩いていく。
紗和と花塚さんが並んで歩く後ろを歩いていたら、成瀬君が話しかけてきた。
「そーいえば、部活の方はどうだった? 最後顔出せなかったけど……」
「大丈夫だよ。最後の方は三年生も手伝いに来てくれて大盛況。お菓子の補充は二年生が今日の帰りに行ってくれるって」
「そっか」
「予想よりはそんなに減ってないから、補充もそんなに必要ないかなって言ってたよ」
成瀬君にそう言った時。
「あっ、山崎先輩っ!」
紗和が嬉しそうな声をあげるからつられて前を見ると、前方の交差点で信号待ちをしている先輩達の姿が見えた。
山崎先輩に一目ぼれして弓道部に入ろうとしていた紗和は、結局、部内恋愛禁止の部則を聞いて入部を断念したものの、山崎先輩のことはいまだに好きみたい。
語尾にハートマークがついた甘い声で山崎先輩の名前を呼びながら、紗和は小走りで先輩の元に駆けていった。
その姿を視線で追った私は、山崎先輩の隣に立つ神矢先輩の姿を見つけて、小さく胸が震えた。
それから、あれ? っと首を傾げる。
だって神矢先輩が自転車を引いていないから。
先輩は自転車通学で、部活帰りに一緒に帰る時は自転車を引いて駅まで一緒に歩いて帰ることはあるのだけど、目の前の先輩は自転車を持っていない。
不思議に思って首を傾げながら、先輩達の元まで歩いていく。
私と成瀬君が追い付いたところで、紗和が山崎先輩に熱い視線を向けながら尋ねた。
「先輩はいま帰りですかっ? もしよかったら、一緒に帰ってもいいですかっ?」
「あー……」
山崎先輩はちょっと困ったように視線を落として苦笑する。
「ごめんね、これからちょっと用事があって」
「そーなんですかぁ~、残念です……」
紗和はぷくっと頬を膨らませて、本当に残念そうにつぶやいた。
「あっ、もしかして、買い出しですか?」
私の横にいた成瀬君が、思いついたように尋ねると、山崎先輩は軽く頷いた。
「そう。そんなに量は買わないから、俺と神矢で行くことになった」
「そーなんですね……」
買い出しに行くから神矢先輩は自転車持っていないのか。
私も納得いってぽつりと漏らすと、なぜだか山崎先輩が探るように私を見て、その後、ちらっと神矢先輩に視線を向けてから、私と成瀬君に言った。
「二人も一緒に来るか?」
「えっ……」
「俺達もですか?」
私と成瀬君の驚きの声が重なって、山崎先輩が薄く微笑を浮かべる。
「来年は成瀬たちが行くことになるだろうから、ついてきても損はないと思うよ」
「俺、卸の店って一度行ってみたかったんっすよっ!」
興奮気味に言った成瀬君は、行きたくてうずうずしているのが表情から伝わってくる。
成瀬君が行くのに、私が行かないわけにはいかない――、かな?
悩んでいると、山崎先輩が私を見て優しく微笑む。
「もちろん、もう遅いし、時間が大丈夫だったらだけど。どうかな、小森」
来年のためにはついていった方がいいのは分かっている。
だけど、神矢先輩も一緒だというのがちょっと気まずいのだけど……
山崎先輩は気づかって、来なくても大丈夫って言ってくれたけど……
やっぱ、成瀬君一人に任せて帰るのは無責任な気がして、私は一緒に行くことにした。
「わかりました」
「ん。じゃあ、行こうか」
「はい」
駅で紗和と花塚さんと別れ、私達は問屋に行くために、駅前からバスに乗った。
問屋さんはバスで数駅の大通りの交差点にあった。
店内には箱単位での商品が棚にずらっと並んでいて、駄菓子屋さんとかで売っているようなお菓子とか、カードとかが束になって売ってるのを見るのはすごく新鮮で楽しかった。
こんな量で、この値段なの!? ってくらい安かったけど、果たして個人用に買うとなるとどーなんだろうって量。消費期限前に食べきれないよね……って感じで。
神矢先輩と山崎先輩は何度か来たことがあるようにで、慣れた足取りで目的のお菓子売り場に行き、さくさくと買う物をカートに入れて、レジに向かった。
まあ、明日も学園祭あるし、素早く買い出しを終えてさっさと家に帰るべきだよね。
清算は会計の山崎先輩がするらしく、いまだに興味津々に店内を見回している成瀬君が荷物持ちとして付き添い、私と神矢先輩は先に外に出て待つことになった。
すでに夕方だというのに、問屋さんはけっこうなお客さんがいて、レジの当たりは狭くて混雑しているから外で待っててと言われたのだけど……
このタイミングで神矢先輩と二人っきりっていうのは、なんともいえない気まずさ。
二人の間には重い沈黙が流れて、私は神矢先輩に背を向けて、だけど落ち着かなくて無意味に視線をあちこちに動かしてしまう。
きゅっと、神矢先輩が地面を踏みしめる音がして、静かに尋ねた。
「怒ってる?」
「怒ってませんよ……」
神矢先輩の言葉に私は間髪入れずに答えたのだけど、声に苛立ちがにじんでしまい、神矢先輩もすぐに言い返してくる。
「じゃあ、なんで今日ずっと俺の方、見ようとしなかったの?」
「……っ」
私は言い返す言葉がみつからなくて、押し黙り、両手で鞄の取っ手をぎゅっと握りしめた。
「別に……そんなことないですよ……」
そう言ってみたけど、声は掠れてて、神矢先輩の方を見れなかった。
俯いたまま言った私に、神矢先輩がため息と共につぶやく。
「ほら、俺の方見ないじゃん……」
「それはっ、先輩があんなこと言うから……」
ぱっと顔をあげて反論して、気まずくなってだんだんと語尾が消えていく。
「どうしてあんな嘘、言ったんですか……?」
溢れてきそうになる涙をこらえて唇をかみしめて、俯く。
「なんで俺があんなこと言ったか、わからない?」
皮肉気に尋ねられて先輩を見上げたら、その表情があまりに真剣で、魅惑的な眼差しにくいいるように見つめられて、息を飲む。
そんなの、わからないよ……
だって、神矢先輩は玉城先輩と付き合ってて。
私と付き合ってるみたいな嘘、言う必要ないじゃない……
きっと先輩を睨みあげたら、神矢先輩は驚いたように目を瞬いた。
「なんで、泣いてるの……?」
戸惑った声で尋ねられて、私はその時初めて、自分が泣いているんだと気づいた。
自分の意志とは関係なく、ぽろぽろと溢れてくる涙と一緒に、気持ちまで溢れてきそうになって。
私は俯いて、きつく唇をかみしめる。
好きなんて言えるわけがない――




