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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第3章 恋の道しるべ
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第23話  届かない想い



 神矢先輩と部室の前で別れ女子部室に入ってジャージから服に着替えながら、どうにか口実をつけて先に帰れないかと、そんなことばかり考えていた。

 早く帰りたいって気持ちが募りすぎてか、あまりに早く着替え終わってしまった私は、手持無沙汰に鞄の荷物をまとめながら、玉城先輩が着替え終わるのを待っていた。

 私と違ってジャージではなく道着で部活に出ていた玉城先輩は、脱いだ道着を畳むのに時間がかかっていた。

 先輩から「一緒に帰ろう」と言われた手前、断ることも出来ず、玉城先輩の片づけが終わるのを待っていたのだけど、玉城先輩の携帯から着信音が鳴りだす。


「はいっ」


 袴を畳んでいる途中だった玉城先輩は鞄の中から取り出した携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。


「……、お母さん? うん、いま部活が終わったとこ」


 なんとなく電話が長くなりそうな雰囲気に玉城先輩が私に申し訳なさそうに視線を向ける。

 私はそれに微笑み返して、「先に外に出てますね」と伝えて荷物を持って部室の外に出た。

 部室から外に出た瞬間、ひんやりとした風が頬を通り過ぎていく。

 九月になったばかりで、まだまだ昼間は夏のように汗ばむ気温が続いているけれど、日が傾きはじめると空気がひんやりしてくる。

 視線を感じて顔を上げると、部室棟の通路の手すりにもたれかかるように立った神矢先輩が静かな眼差しでじっと私を見てて、戸惑う。

 感情の読めない眼差しであまりにも見つめられて、私は居たたまれなくて視線をそらす。

 そんなふうに見つめられたら、心の中まで見透かされてしまいそうで。

 勝手に裏切られた気分になって落ち込んでるなんて知られたくなくて。

 俯いたまま、私は両手で持った鞄の持ち手をぎゅっと握りしめて、かすれそうになる声を絞り出す。


「やっぱり、私、先に帰りますね、……邪魔ですよね」


 言いながら歩き出す。

 やっぱり一緒になんて帰れない。

 玉城先輩がいないこの隙に帰ってしまおうと、足早に歩いて、手すりに寄りかかって立つ神矢先輩の横を素早く通り過ぎようとしたのだけど。

 ふいに腕を掴まれて、その場に引きとめられる。

 驚きに振り返ると、手すりから腰を離して立ち上がった神矢先輩が怪訝そうにこちらを見下ろしていた。


「待って、邪魔ってなんのこと?」


 分からないというように眉根を寄せる神矢先輩に、ぎゅっと胸が押しつぶされる。

 いろんな気持ちが込み上げてきて胸が苦しくて、だけどなんて言ったらいいか分からなくて、咄嗟に私は叫んでいた。


「離してくださいっ」


 言うと同時に、掴まれていた手を振りほどくように強く腕を引き寄せる。

 瞬間。

 振りほどかれて所在無げにそこに残された腕を力なくおろし、悲しそうに私を見つめる神矢先輩の表情が写って、やりきれない気持ちになる。

 そんな顔をさせたかったわけじゃないのに……

 でも。

 気持ちがぐちゃぐちゃになって、神矢先輩に背を向けて走り出した。

 走りながら、唇をぎゅっと噛みしめた。

 そうしないと泣きそうだったから。

 なんでこんなに胸が苦しくなるんだろう……

 すでに校門を出て、街灯のともる歩道を走っていた私の足はだんだんと減速していき、立ち止まる。

 自分の胸に当てて自問した私は、気づいてしまった。

 部活中、なんでこんなにもやもやした気持ちだったのか。裏切られたような気分になったのか。

 私にとって神矢先輩は、弓道上達のために教えを乞う尊敬する師で、あんな綺麗な引きをしてみたいと思う憧れの先輩で。

 そう言い聞かせていたのは、もうただの先輩とは思えなくなってきていたから……

 岡田君に会って、中三の出来事を思い出して、もう二度とあの時みたいな想いはしたくないと思った。もう部内での恋愛事には巻き込まれたくないって。

 そもそもうちの部は部内恋愛禁止だし、神矢先輩だって部内恋愛はしないって言っていた。

 入部当初は部内恋愛禁止なんて、変な部則って思ったけど、恋愛事に巻き込まれたくない私にはありがたい部則で。

 私には恋愛は必要ない、部活が楽しければいい、そう思っていたのに。

 部活見学で道場に生徒手帳を忘れて取りに行って、「返してください」って言った私に。


『いいよ、入部届にサインしてくれたらね』


 意地悪な笑みで脅してきた神矢先輩。

 無理やり私を入部させたのは弓道経験者で、即戦力になると思ったからなのに、入部後、“引けない”って気づいても、嫌な顔せずに親身になって練習に手伝ってくれて。

 最初は、あんな強引なやり方で入部させられて、意地悪な先輩って思ってたのに。

 神矢先輩が根気よく練習に付き合ってくれて。


『何も考えるな。自然に離れるのを待てばいい』


 ごちゃごちゃ昔のことを考えてしまって、迷っている私の気持ちをそっと包み込んでくれた。

 夏合宿の百射会で豆が潰れて痛みを我慢していた時も、気づいてくれたのも神矢先輩だった。

 ため息をつきつつ手当てしてくれて、『小森さんは頑張りすぎ』って言って、優しく頭を撫でるから。

 その優しさに、どんどん神矢先輩に惹かれていった。

 ずっと気づかないふりをしてきたのに、誤魔化せないくらい気持ちが溢れてきて。

 これ以上好きになったらダメなんだって分かっているのに、そう思うととても悲しくて。

 神矢先輩が玉城先輩と付き合っているんだと知ったら、胸が張り裂けそうなほど苦しくて。

 二人が仲好さそうに話しているのを見るだけで切なくて。

 もう、想いを止められないくらい、神矢先輩を好きなんだと自覚した。

 でも。

 この届かない想いはどこにいけばいいの――……?




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