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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第3章 恋の道しるべ
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第21話  目撃



 大量の紙束を両手で胸の前に抱えて廊下を歩きながら、通り過ぎる窓から見える教室の様子に、自然と笑みが浮かんでくる。

 楽しかった夏休みは終わり、季節は秋。

 夏休み明けの週末には学園祭が行われる。

 出し物の企画などの準備自体は夏休み前から始まっていたのだけど、学園祭を明後日に控えて今日の授業は五限目で終了し、六限目の時間と放課後は学園祭準備に当てられてて、構内はどこもかしこも学園祭ムードで満載になっている。

 その様子を見るだけで、なんだかうきうきしてきて、学園祭が待ち遠しくて仕方がない。


「お待たせ、注文していた紙、取ってきたよ」


 そう言って、一緒に紙束を運んできた成瀬君と教室に入り、近くの空いていた机の上に手に持っていた紙束を置いた。


「へ~、イイ感じの紙だね~」


 近寄ってきた紗和が、紙束から一枚紙を引きぬいて睦めながら嬉しそうに言った。


「こっちも、台紙の見本できたよ。こんな感じにしてみたんだけどどうかな?」


 クラス委員の花塚さんが、机の上に向けていた顔を上げて、台紙の見本の紙を見せてくれた。

 うちの学校の学園祭では各クラスが様々な出し物をするんだけど、飲食系は人気があって、優先順位が三年生、その次が二年生、最後が一年生なため、一年で飲食系の出し物をできる可能性は低い。

 それにうちのクラスは部活の方でも出し物をやる人が多くて、クラスの出し物は飲食系以外でなるべく当日の当番が少ないものにしようということになり、いくつか候補が上がったうちの中から、スタンプラリーをすることに決定した。

 クイズ形式のスタンプラリーで、クイズの答えがスタンプの場所のヒントになっているというもので、準備をするのはスタンプとスタンプを押す台紙とクイズの内容だけ。

 当日は、教室で受付とスタンプラーの答え合わせをする係りと、各所に置いたスタンプがなくなっていないか、定時に見回りをする係りだけ。

 私は弓道部でも出し物があるから、当日はなるべく当番がないように、スタンプラリーの台紙を作る係りをやることにし、夏休み前に注文していた台紙になる紙束を購買部から取ってきたところだった。

 出来上がったスタンプラリーの台紙の見本を見て、私は頷く。


「可愛くっていいと思うよっ!」

「あとは資料室のコピー機で印刷するだけか」

「あっ、でも、さっき聞いたらコピー機いますごい混んでるって聞いたよ」

「じゃー、印刷は明日にして、今日はここまでにしようか?」

「賛成―!」


 台紙作り班八人で合意し、片づけを始める。


「紙はとりあえず、教室の後ろに置いとけばいいかな?」

「そうだな」


 成瀬君に確認して紙束を手を伸ばしたのだけど、持とうとした拍子に紙の端で指を切ってしまった。


「……っ」


 鋭い痛みに声にならない悲鳴をあげて、切ってしまった指を引っ込める。

 右手の人差し指の先端にぷっくりと鮮血がにじんできて、焦って紙束に視線を向け、紙に血をつけてしまわなかったことに安堵する。


「小森、大丈夫かっ!?」


 隣にいた成瀬君が気づいて、心配して声をかけてくれた。


「大丈夫だよ~、紙には血つかなかった~」


 へにぁ~っと笑って見せたら。


「ばかかっ」


 って、なぜだか怒られてしまった。


「紙の心配じゃなくて、手は大丈夫なのかよっ!?」

「あー、手ね。ちょっと切れただけだから心配ないよ。絆創膏はっておけば大丈夫だよ」


 言いながら鞄の中から絆創膏を探すけど。


「そういえば、ちょうど絆創膏切れてたんだった……」


 体質なのか、私はなぜだか豆が潰れやすくて、しょっちゅう豆が潰れてしまうから、カケや握り皮に血がついてしまわないように絆創膏を常備していたのだけど、この前最後の一枚を使ってしまい、補充しようと思って忘れてしまっていた。


「保健室行って、ついでに消毒してもらってこいよ。切り傷だからってなめてたらひどくなるぞ。片づけはやっとくから、保健室行ってそのまま部活来いよ」

「うん、じゃ、お願いします」


 私と成瀬君のやりとりを周りで見守っていた他のみんなも、「片づけはいいから、保健室行っておいで~」って言ってくれたから、その好意に甘えさせてもらうことにした。

 本当はこんなの舐めとけば治るって思っちゃったし、保健室に行くなんて大げさだけど、思ったよりも血が出てきてて、絆創膏は貰いに行かないといけないと思い、荷物をまとめて保健室に向かった。

 暑さには弱いけど、わりと健康な私はいままで保健室にはお世話になったことがなくて、入学してすぐの身体測定ぶりに訪れる保健室に、ちょっと緊張してしまう。

 保健室は、職員室がある並びの廊下の突き当たりにあって、その近くは静まり返っていた。


「失礼しまーす……」


 小さな声で言いながら、白い引き戸を開けると、入って斜め奥の保険医の机と思われる場所には誰の姿もなかった。

 席を外しているのだと思い、絆創膏くらいなら勝手に貰っても怒られないかなと、保健室の中に足を踏み入れ、中央の消毒液などが置かれているテーブルに近づく。

 すぐに絆創膏を見つけた私は、そこから一枚絆創膏を引き抜き、切ってしまった指に巻きつけながらテーブルの上に視線を巡らせた。

 確か保健室って、来た人の名前を書くようなものがあったと思ったんだけど。

 そう思ってだがしていたら、テーブルの端に置かれていた受付表を見つけ、そに神矢先輩の名前が書かれていてどきっとする。

 反射的にぱっと顔を上げた時、窓側のベッドを囲っていたカーテンが開け放たれていた窓から入り込んだ風に揺れて、そこにいる人物をみてしまった。

 そこには、ベッドに寝てる神矢先輩の姿と、横で丸椅子に座っている玉城先輩の姿があった。

 神矢先輩は起きているのか、仰向けの姿勢で額の上に腕を乗せてて、もう片方の布団の上に出ていた腕を玉城先輩がしっかりと握りしめていた。

 その繋がれた手を見て、きゅっと胸が苦しくなる。

 神矢先輩がなにかぼそぼそと喋り、それに対して、玉城先輩が安心させるように繋いだ手に力を込めて言った。


「……分かってる、みんなには内緒にしてるから」


 風に乗って玉城先輩の声が耳に届いた瞬間、私は保健室を飛び出していた。

 なに!? いまのは……

 自分が目撃した光景が信じられなくて、私は無我夢中で廊下を駆けて、気がついたら部室棟の前まで来ていた。

 保健室のベッドで休んでいた神矢先輩。

 その手を握りしめていた玉城先輩。

 保健室の受付表には神矢先輩は貧血と書いてあった。

 学園祭の準備中に貧血で倒れた神矢先輩を心配して玉城先輩が様子を見に来ていたの――?

 ううん。だけど、神矢先輩と玉城先輩はクラスが違うから付き添いってことはないし。

 二人の間にはただならぬ雰囲気が流れていた。

 ただの仲間だとは思えないような空気だった。

 神矢先輩と玉城先輩が一緒にいたことへの理由をぐるぐると考えて、いろんな理由を思いついてみるけれど、そのどれもしっくりこなくて。

 玉城先輩の言った言葉が、胸に鈍く突き刺さる。


『……分かってる、みんなには内緒にしてるから』


 内緒って言ってた……

 二人は内緒で付き合っているってこと――……!?




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