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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第2章 はじめての夏
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第16話  視線の意味



 見開いた瞳の間近に神矢先輩の端正な顔立ちがあって、私は飛びのくように神矢先輩の上から起きあがった。

 眩暈で倒れた私は、なぜだか地面に倒れる代わりに神矢先輩の上に倒れて。

 そして、唇が……

 直前の出来事を思い出して、顔からぼっと湯気が出て顔が真っ赤になったのが自分でも分かって俯く。

 地面から上半身を起こした神矢先輩も渡しから視線をそらし、二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 神矢先輩とキスしちゃった……!!??

 頭の中がパニックでうまく状況が整理できなくて、しどろもどろになる。

 とりあえず、謝らなきゃ。

 そう思ったのだけど、私よりも先に神矢先輩が唇を動かす。

 その声はどこか掠れていて、それが色っぽくてどきっとする。


「小森さん」


 神矢先輩が何か言いかけた時、がさっと草を踏む音がして顔を上げると、そこに成瀬君の姿があった。


「いまのは……」


 だけど神矢先輩は成瀬君が来たことに気がついていなくてそのまま喋り続けるから、私は慌てて立ち上がり大きな声を出してしまう。


「わぁーっ! 神矢先輩っ!!」


 突然出した私の大声に、片膝を立てて地面に座ったままの神矢先輩がきょとんとして私を見上げた。


「いまのは、私の不注意でした。すみませんっ!!」


 頭が地面につくような勢いで下げて一息に謝り、成瀬君に近づく。


「成瀬君、矢取りに呼びに来てくれたんだよね?」

「あ、ああ」

「ありがとう、行こうっ」


 早口でまくしたてるように喋り、成瀬君の腕を掴んで歩きだす私に、成瀬君は驚いたような困ったような表情でこちらを見て、ちらりと神矢先輩を振り返って。


「ああ……」


 呟くように言って歩き出した成瀬君を急かすように腕をどんどん引っ張って、私は道場裏から立ち去った。



  ※



 あー、もうっ!!!!

 矢取りを終えて、看的所で矢尻についた砂をタオルで引き取りながら、私は自分自身に文句を言ってやりたくて仕方がなかった。

 もう、ほんっと最悪っ!

 今日はとんでもないところばかり神矢先輩に見られてて、落ち込みたくなってしまう。

 神矢先輩、絶対、さぼってたって思ってるよね……

 道場裏で座っていたところにやってきた神矢先輩は、なにも言わなかったけど怒っているような表情だった。

 普段が穏やかな雰囲気で常に笑顔を浮かべている先輩だから、余計に、その表情が怖かった。

 咎めるような鋭い眼差し、踵を返した神矢先輩の背中に苛立ちが混ざっていたのを思い出して、しゅんと肩をすぼめてうなだれる。

 休憩していたのは言い訳のしようがないけど、本当にちょっと疲れたから休んでいただけで、さぼっていたわけではないんです……

 って言い訳できたらどんなに楽だろうか……

 はぁーっとため息をついて、矢の砂を拭き終わった私は弓道場に戻り、矢を矢立に戻す。

 視界の端に映った射場で弓を引いている神矢先輩の様子は、いつも通り、笑みを浮かべて山崎先輩や他の二年生と楽しそうに話していた。

 さぼっていたと勘違いされたままなのは嫌だから、ちゃんと練習しなきゃなと思う。そのためには、やっぱり、神矢先輩に練習を見てもらいたいのだけど、声がかけづらい。

 そんなことを考えながら神矢先輩の様子をうかがっていたら、こっちを見た神矢先輩と視線があってしまった。

 神矢先輩は「ん?」って笑顔のまま首を傾げて、私の方を見つめた。


「小森さん?」

「あっ……」


 私の視線と神矢先輩の視線がぶつかる。

 このチャンスに「練習見てください」って言うんだって、心の中でせっつくけれど。

 気がついた時には私は神矢先輩から体ごと視線をそらしていた。

 ちょうど、側を通りかかった成瀬君に声を替える。


「成瀬君、一本見てもらってもいいかな?」

「え、ああ……」


 突然、声をかけられた成瀬君は驚いて私を見て、ちらっと神矢先輩を見て、困ったように小声で囁いた。


「先輩に頼まなくていいのか……?」


 成瀬君は私がいつも神矢先輩に練習見てもらっていることを知っているからそう言っただけで、深い意味はないのだろうけど、私はなぜだか胸の奥が痛んで、泣きそうになる。

 だって、恥ずかしいんだものっ。

 今朝は裸でいたところに神矢先輩に出会うし、さっきは道場裏で事故とはいえ神矢先輩とキス……しちゃったし。

 恥ずかしすぎて、神矢先輩の顔がまともに見れないよ。

 それに。

 きっと、神矢先輩は私に対して怒ってる。

 それなのに、声かけるなんてできない……

 私はぎゅっと唇をかみしめて、成瀬君の質問には答えずに言った。


「……、成瀬君、お願い」


 私も小声で言うと、成瀬君は一瞬、辛そうに眉根を寄せて私を見おろし、それから頷いた。


「わかった」

「練習の邪魔してごめんね、ありがとう」


 それから私は矢を一本手に取って、的に向かって一礼して射場に入る。

 集中しなきゃ。

 ただそれだけだった。

 わざわざ成瀬君の自主練の時間をつぶして見てもらってるんだから、集中してやらなきゃ。

 だけど。

 集中しようと思えばそう思うほど、ぜんぜん引きに集中できない。

 だって。

 的に視線を向けて打ち起こしているから見えているわけではないけれど、道場の前方の方から視線を感じる。

 その方向は神矢先輩がいる位置で、神矢先輩に見られているんじゃないかって思ったら、どんどん熱が頬に集中してきているのが自分でも分かって恥ずかしい。

 恥ずかしい……

 いままで神矢先輩に練習見てもらう時でも、恥ずかしいなんて思うことはなかったのに。

 見られているってはっきり分かっているわけじゃないのに、神矢先輩が私の射形を見ているような気がして、緊張してどきどきと心臓まで早鐘をうっている。

 引き分けていた矢が口割りに到着する頃、よそに行っていた意識をどうにか的に引き戻し、弓から矢が放たれて的に向かって飛んでいった。

 礼をして射場から出ると、成瀬君が今見た私の射形についてなにかアドバイスしてくれていたのだけど、その声はぜんぜん私の耳に入ってこなくて。

 私が射る前と同じ場所でこちらを見ていた神矢先輩の視線から目が逸らせなかった。




パソコンの調子が悪く、更新が遅くなってしまいました。

すみません。


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