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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第2章 はじめての夏
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第15話  ハプニング



 ~~~~…………っ!!!!????

 声にならない悲鳴をあげてその場にしゃがみこんだ私は、その直前、窓の向こうの神矢先輩が慌てた様子で後ずさったのが見えた。

 どっ、どうして、窓があいてるのぉ~~!!??

 浴室の窓が全開になっているなんて誰が予想できるだろうか……

 窓が開けっ放しになっていた驚きと、その窓の向こうに神矢先輩がいた驚きに、思考が完全に容量オーバーになってしまう。

 どうすればいいのか、しゃがみこんだまま動けないでいると。

 窓の外から、かすかに草の踏みしめられる音がした。


「小森さん……?」


 戸惑いがちに神矢先輩の声が聞こえる。

 姿は見えないけれど窓の近くにきた気配に、緊張に体を震わせる。


「見てないから……」


 小さな声が聞こえて、ぱっと顔を上げる。

 見える窓の外には人影はない。


「そっちに背を向けてるから。誰か他に人が通りかからないうちに脱衣所に戻って扉を閉めて。そうしたら、俺が窓閉めるから」

「はい……」


 神矢先輩の指示に従って、私はしゃがんだままの姿勢で浴室から脱衣所の中に戻り、脱衣所の扉を閉めた。

 カラカラ……、と扉の閉まる音が響いて少しして、窓が閉まる音が聞こえた。


「窓閉めたよ。俺はもう行くけど、鍵閉め忘れるなよ」


 扉越しにくぐもった声が聞こえた。

 私はそれに「はい」と答えたけれど、すでに神矢先輩は行ってしまったようで、返事はなかった。

 脱衣所の窓の鍵を閉めて、はぁーっと盛大なため息をついた。

 窓が開け放たれていたからか、浴室の空気は肌にひんやりと冷たかったけれど、浴槽にはたっぷりのお湯が溜まってて、私は体や髪を洗ってからお湯に顎の下までつかる。

 洗った髪はくるくるっと捻って頭のてっぺんでクリップで止める。

 額にかかった毛先から、水滴がぽたりと落ちて、水面に広がっていった。

 ダメだ……

 恥ずかしすぎる……

 そんな思考に囚われて、それを振り払うように私はぶくぶくと水面に沈んでいった。



  ※



 なんだか頭がぼぉーっとする。

 っと思ったら、視界が揺れて倒れそうになり、慌ててその場に踏みとどまった。

 危ないっ……

 眩暈……?

 朝、長風呂しすぎたかな……

 午前練習中、あいかわらず、道場の裏手で練習していた私は、頭がくらくらして額に手をあてて吐息をもらした。

 あの後、恥ずかしくって情けなくって、どんな顔をして神矢先輩と顔を合わせたらいいのか分からなくて考えていたら、すっかり長風呂をして、火照った顔で部屋に戻った。

 部屋に戻るとすぐに朝食の準備があって、準備ができると朝食が始まって、朝食は食べ終わった人から部屋に戻って道着に着替えたり練習の準備をするため、神矢先輩も早々に部屋に戻っていった。

 考えていた割には、神矢先輩と顔を合わせる機会はなかったのだけど。

配膳している時に、一度だけ、神矢先輩と視線があったけど、恥ずかしくってすぐに視線をそらしてしまった。

 そのせいでなんだか余計に気まずくなってしまった気がする。

 今日こそは神矢先輩に練習を見てもらおうと思って、午前練習が始まってすぐに神矢先輩に声をかけようと思ってたのに。

 やっぱり恥ずかしくて、顔を合わせづらくて。

 どうしようって迷ってて。

 矢立の前でうじうじ悩んでいたら、ちょうど矢を取りに来た神矢先輩と視線があって。


「ん?」


 って神矢先輩が優しい声で聞いてくれたのに、私はやっぱり恥ずかしくって視線をそらしてしまった。


「小森さん? もしかして、朝のこと、気にしてる……?」


 困ったように言う神矢先輩にちらっと視線をあげれば、神矢先輩は申し訳なさそうに眉尻を下げてて。

 そんな顔をさせてしまっている自分の方がいけないのに。

 でもやっぱり恥ずかしくって、私は何も言えなくて、逃げるように巻き藁矢を取って、道場の裏へと向かった。

 で、結局、「練習をみてください」って声をかけそびれてしまった。

 ほんと、情けない……

 先輩は見てないって言ってくれたのに。

 一応、フェイスタオルで体を隠していたから本当に見えていなかったと思うけど。

 避けるみたいなこんな態度取るのは神矢先輩に対して失礼なんだろうけど。

 あの状況で鉢合わせてしまったことが恥ずかしくて仕方がないんだもの……

 はぁー……

 っとため息をもらして、私は汗のにじむ額をぬぐった。

 昨日はまったくと言っていいほど的前で練習しなかったから、今日はなるべく的前で練習するようにしているのだけど、道場は広いせいか日当たりも良くて、数本打つだけでも直射日光に当たって頭がガンガンしてくる。

 もともと日差しには弱い体質なんだけど、弓道やるのに帽子をかぶったり日傘をさすことなんてできないからどうしようもないのだけど。やっぱり、長時間日差しに当たっていると、頭がくらくらしてくる。

 特に今日は最高気温が三十五度を超えると言っていた。

 午後は道場内も少し陰になるけど、午前中はほぼ太陽にむかって射ているようなものだから、日差しがきつすぎる。

 というわけで、数本打っては日陰の道場裏に逃げてくるというのを繰り返していたのだけど、日差しに当たりすぎたからか、朝の長風呂でのぼせてしまったのか、本当に眩暈がしてきた。

 私は吐息をつき、近くに弓を置いた。

 袴を着ているから、直接地面には座りたくなくて、あたりを見回す。日陰に座るのにちょうどよい大きさの岩があるのを見つけて、そこに腰を下ろした。

 座ったら、どっと血の気が引いていって、一気に疲労が襲ってくる。

 合宿初日の昨日は、合宿のテンポについていくので精一杯で気をはりすぎて疲れてて、その疲れもあってか、うつらうつらと眠気が襲ってくる。

 寝ちゃダメよ、私。早く道場に戻って、今度こそ、神矢先輩に練習見てくださいって言わなきゃ……

 でも、ちょっとだけ……

 そんな葛藤を繰り返し、うとうとしてしまった私は、誰かの足音に、はっと顔を上げた。

 ぼぉーっとする頭と、ショボショボする視線の先に見たのは、神矢先輩の姿だった。

 神矢先輩は私の姿を見て一瞬目を見開き、それから咎めるような鋭い眼差しで私を射抜いた。

 普段、穏やかな雰囲気で常に笑顔を浮かべている神矢先輩の怒っているような表情に胸がひやっとする。

 休憩したことを見とがめられて、でも、なにも言わずに踵を返した神矢先輩の背中に、昨日と同じ苛立ちを感じて、私は焦って立ち上がる。


「待ってください……っ」


 立ち上がりながら神矢先輩を呼び止めて、追いかけようとして。

 でも、急に立ち上がったせいで眩暈がして、ぐらりと視界が大きく揺れる。

 なんとか踏ん張ろうとしたけど、今度は踏みとどまれずに、私の体が大きく傾ぐ。

 スローモーションで地面が動いていって、ああ、倒れるんだって思って目を強くつぶったのに、踵を返して去っていったはずの神矢先輩が慌てたように私の名前を呼ぶ声がして、二の腕を掴まれて。

 地面に倒れるかわりにたくましい胸に衝突して、唇になにかやわらかいものが当たって、私は驚きに目を見開いた。




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