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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第2章 はじめての夏
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第14話  静かな怒気



 はぁ~、っと大きなため息をついて、道場の裏側で素引きをしていた私は手を休める。

 合宿中も基本的には自主練習時間と立ちが交互にある。違うのは、部活では立ちが二回なのに対して、合宿中は午前中に二回、午後に三回、夕食後の夜練で一回の六回行うことだ。

 今は午後練の立ちが二回終わり、最後の立ちの前の練習時間なんだけど、すでにバテ気味だった。

 普段よりも長い練習時間で集中力を切らさないようにするのも大変だし、広い道場のため矢取りもいつもより行く頻度が多くて、自分の練習と矢取りとの繰り返しであっちに行ったりこっちに行ったりで、いっぱいいっぱいになってしまった。

 最初の練習時間以降も、成瀬君に連れてこられた道場裏で素引きをしている私。

 矢取りの時は成瀬君が呼びに来てくれるし、最初に練習をしたこの場所がなんとなく落ち着く。

 神矢先輩の射形に見とれることはないし、裏側にはあまり人が来ないから一人で集中して練習できるかなと思ったのだけど、あんまり練習ははかどらなかった。

 一人で素引きしているだけじゃぜんぜんダメな気がする。

 やっぱり誰かに射形を見てもらわないと自分の射形のどこが悪いのか分からない……

 的前で打てば、矢の当たりどころで射形の修正をすることも出来るけど、二、三年生のやる気のすごさに圧倒されて、的前での練習に参加できていない。

 まあ、全く打たないで立ちに出るのは意味がないので、数本は的前でも練習したけれど、先輩たちの迫力に怖気づき、私はすぐに道場の裏に逃げてしまった。

 夕方だというのに日はまだ高く、なんだか時間の感覚が鈍くなってくる。

 ひたすら素引きをしたり、巻き割りをしたりして、ふっと違和感に気がつく。

 そういえば、さっき矢取りに行ったのいつだっけ……?

 周りに視線を巡らせば、さっきまで巻き藁の当たりにいた一年の姿も見当たらない。

 首を傾げ、矢取りに行っているのかなと考える。それか、的前審査の練習で道場に行っているのかな、と解釈して巻き藁をしていたら、雪駄で駆けてくる足音が聞こえて振り返る。


「小森、なにやってんだよっ! もう立ち、始まるぞっ!」


 ピリピリした空気を漂わせた成瀬君に怒鳴られて、ひゅっと身を縮こませた。


「……っ!?」

「さっき声かけただろっ?」

「あっ……」


 私は一度練習に集中しだすと周りの声が聞こえなくなる悪い癖がある。

 今日は特に、矢取りと自分の練習の繰り返しで集中力が途切れがちで、いつも以上に集中しようと思う気持ちが強かった。

 立ちの五分前にはかならず声がかけられるのだけど、集中しようと思うあまり、立ちの召集の声掛けすら聞こえていなかったのだ。


「ごめん、聞こえてなかった……」


 さすがにこんなミスは初めてで、私は居たたまれなくて俯いた。

 頭上で成瀬君の呆れたようなため息が聞こえて、ちょっと泣きそうになる。

 絶対、呆れられてる……


「ごめんなさい……」


 震えそうになる声を絞り出してもう一度謝ると、成瀬君がぽんっと肩を叩いた。


「どうせ練習に夢中になってたんだろう? 分かったから行こうぜ?」

「うん……」


 成瀬君に言われて顔を上げた時、きゅっと草の踏みしめられる音がして、道場の角から神矢先輩が顔を出した。

 その表情はなんとも言えない気まずそうな感じで、胸が震える。

 神矢先輩は額にかかった髪をかきあげながら、ぎこちなく言う。


「あー、成瀬と小森さんの姿がないから探しに来たんだけど……」


 そこで言葉を切った神矢先輩は、踵を返しながら、ぽそっともらす。


「もう立ち始まるから、早く来いよ」


 捉えどころのない口調で言い置いて、さっさと歩いていってしまった。

 その背中が静かに、だけど確かに苛ついているように見えて、一歩を踏み出すのを戸惑ってしまう。

 立ちの時間になっても気づかずに練習してたから、呆れられた……

 心臓に冷たい氷を押し込まれたような感覚にその場から動けないでいると、すでに歩き始めた成瀬君が、後ろから着いてきていないことに気づいて振り返って叫んだ。


「小森、早く戻るぞっ」

「う、うん……」


 急かされて、私は慌てて成瀬君の後に続いて道場に戻った。

 午後練の最後の一回の立ちのことはよく覚えていない。

 一年は練習が終わるとすぐに食堂に移動し、夕食の準備に取り掛かり、その後夕食。それから、約一時間の夜練習。

 さすがにその時間になると外は真っ暗で、道場内と的場はライトで明るく照らし出されているけれど、それ以外は墨で塗りつぶしたような闇で覆い尽くされてて、外での練習はなにも見えなくて無理だった。

 仕方なく、的前で練習する。

 今日はほとんど的前で練習していなかったから、その分を取り戻すようにひたすら打ち込んだ。

 夜練習は一時間で終わるわけではない。

 一旦、練習は終わりという形になるけれど、その後は一年生の強化練習。

 三年生は部屋に戻り、二年生がみっちり一年生に付き合って練習を見ることになる。

 すでに的前に上がっている私と成瀬君は基本的には自主練習で、他の一年生が的前で練習する時は矢取りに行った。

 練習が終わり女子部屋に戻る頃にはくたくたで、一つしかない大浴場の利用を男子に先に譲って、床に敷き詰められた布団の上で横になった私は、お喋りに花を咲かせている先輩たちの声をBGMにいつの間にか眠りについていた。

 そうして長かった合宿一日目が終了した。



  ※



 合宿二日目。

 気がついたら朝だった……

 まだ起きる予定の時間よりも早かったけれど、あまり音をたてないように布団から起き上がる。

 室内は朝日が差し込んでうっすらと明るくなっている。

 寝癖のついた髪に触れ、昨夜、お風呂に入らずに寝入ってしまったことに気づく。

 もう一度、枕元に置いた携帯電話で時間を見、朝食の準備を始めるまでにお風呂に入る時間があることを確認して大浴場に向かった。

 さすがにこんな早朝には誰も利用していないだろうと思い、一階にある大浴場に向かう。

 入口の木札を使用中にめくり、念のために鍵もかけておく。

 山間の早朝ということもあり、脱衣所はひんやりとした空気で満たされていた。

 ほんのちょっとの肌寒さも感じながら手早く着替える。体を隠すようにフェイスタオを体の前に縦に垂らして、ガラリと浴室への扉をあけて、その場に凍りついた――

 ~~~~…………っ!!!!????

 脱衣所から浴室に入る扉の真正面にある大きな窓が開けっ放しになっていて、さらにその奥。

 大浴場の外をジョギング中の神矢先輩と視線があって。

 私は声にならない悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。




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