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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第2章 はじめての夏
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第13話  夏合宿、初日



 きりきりと弦の引かれる音が静寂の中に響く。

 ぴんっと伸びた背筋と、まっすぐ的に向けられた射抜くような眼差し、真剣な横顔を無意識にただただ見つめていた。

 日に透けてキラキラ輝く薄茶の髪は、入部当時よりもだいぶ伸びて、後頭部でハーフアップに結わかれていて、毛先があっちこっちに緩く跳ねている。

 パンっ、と離れの音。それから矢が風を切る音。間髪入れずに、的に矢が当たり的紙を破くタンって音に、私は口の中で小さく「射っ!」と呟いた。

 離れをし、残心のポーズの神矢先輩の後姿を惚れ惚れと眺めてしまう。

 やっぱり、カッコいいなぁ……

 心の中で呟いて、はっとして頭を勢いよく左右に振る。

 私ったらまた変な事考えていたっ!?

 自分で自分に突っ込んで、ドギマギしてしまう。

 そりゃあ神矢先輩はカッコいいと思う。わりと整った顔立ちに甘い微笑みをいつも浮かべていて、ふわふわした柔らかさがある。見た目もカッコいいけど、なんといっても弓道の腕前がすごい。

 ここのところの神矢先輩は調子がいいみたいで、ほぼ百発百中だ。

 もともと的中率は高い人だけど、最近の神矢先輩は以前よりも外すことが滅多になくなった。

 特に、夏合宿に来てからはさらに調子がいいみたいに見える。

 あんな風に、すぱんすぱん、と的に当てられたら、どんなに気持ちいいだろう。矢は的に吸い込むようにすべて当たっていく。皆中した時、どんな風景が目に映るのだろう。

 そんなことを考えて、私はまた、神矢先輩の射形に見入ってしまっていた。

 神矢先輩が引くと、どうしてこんなに綺麗に見えるんだろう……

 ぼぉーっとそんなことを考えていたら、ぽんっと、後ろから肩を叩かれえて、驚きのあまりビクっと大きく肩を震わせる。振り返る私。


「……っ!?」

「小森……」

「あっ……、成瀬君か……」

「成瀬君か、じゃないだろ?」


 呆れたように成瀬君に言われて、私は苦笑するしかない。

 私達は今、八月にある総体に備えて強化夏合宿に来ている。

 赤点救済勉強会の成果なのか、中間試験も無事に終えて、その後の試合にも勝ち、期末試験もすでに終えて夏休み突入した。

 三年生にとっては最後となる大会でもある総体で決勝まで勝ち残ることは部員全員の目標で、普段は放課後の数時間しか練習していないけど、この合宿では朝から晩までずっと練習することになっている。

 それともう一つ、まだ的前に上がっていない一年を的前審査で合格させることも目的の一つらしい。

 学校とは違い、八人立ちのできる広い道場で、道場内で素引きや巻き藁をやるのにも十分な奥行きもある。

 でもいつもの癖で、つい道場の外の草の生えた場所に雪駄をひっかけて出て、そこで素引きをしていた私。

 かくいう他の一年生も、道場内でも巻き藁はできるのに道場の外に巻き藁を運んで練習をしている。まあ、それは道場内の巻き藁二つは二、三年生が優先的に使用し、残りの一つの外に出ているやつが自動的にまだ的前にあがっていない一年用になっているだけなんだけど。

 道場の周りも、学校とは違い一年生が広々と練習をするだけのスペースがあった。

 私はいつものように的前で引く前に素引きをするために外に出てきたのだけど、ちょうど視線の先に神矢先輩の姿が入って、自分の練習そっちのけで先輩の綺麗な射形に見とれてしまっていた。

 ぼぅーっと見とれて、その事にはっと気づいて自分の練習をしようと思うのに、視線はまた神矢先輩に引きつけられてしまって、その繰り返しだった。

 そんな私を見かねて成瀬君が呆れたようなため息をついた。


「さっきっからずっと弓構えで止まってなにやってんだよ……」


 そう言いながら、成瀬君は私の視線の先を追って顔を動かし、直後、眉間に深い皺を刻んですごい渋い顔をした。


「神矢先輩の射形見てたのか……?」


 成瀬君の声に冷たさが混じってて、呆れられたのだと思って私は肩をすくめる。


「だって、神矢先輩の射形って惚れ惚れするくらい綺麗だからつい見とれちゃって……、それじゃあいけないって分かっているんだけどつい、ね」


 冗談めかして苦笑したら、ぐいっと成瀬君に腕を引かれた。

 引かれた勢いで体が前のめりになり、弓を持ったまま成瀬君の後ろをついていく。

 成瀬君はぐるっと道場を回り込み、道場の裏側に来てそこで手を放した。


「確かに先輩の射は綺麗だけど、それで自分の練習できてなかったら意味ないだろ?」


 正論すぎてぐうの音も出ない。


「ここなら射場が見えないから気が散らないだろ?」

「そうだけど……、射場が見えないと矢取りのタイミングがわからないよ?」


 言いながら、ちらっと視線を道場の方に向ける。

 ここからではまったく射場が見えない。

 神矢先輩の射形に見とれることはなくなるけど、これじゃあ、一年の仕事が出来なくなってしまう。


「矢取りは俺がやっとくから」

「でも……」

「手伝いが必要だったら呼ぶからっ! 小森はここで練習してろよっ、いいな?」

「うん……」


 有無を言わせず言い含められて、私は渋々頷いた。

 まあ、確かに。

 三泊四日の夏合宿。

 初日の今日は合宿先に着いたのが昼前。昼食を食べて、さっき午後練習を始めたばかりなのに、まだ素引きすらまともに出来ていない状態だ。

 合宿なんだし、しっかり気を引き締めて練習しなきゃだよねっ!

 そうやって自分自身に気合いを入れなおして、練習を再開した。




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