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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第11話  見えない火花 side神矢



「……そんなことより、アレ、いい加減に返してくださいよ」


 小森さんがそう言った時に、返しても良かったんだけど――

 さっきまで肩が触れ合いそうな距離で隣に座っていた小森さんは、いまは向かい側の席に座っている。

 俺の一年次の過去問を成瀬と一緒に見るために、成瀬の隣で二人額を近づけて、一枚の問題用紙に書かれた問題の解き方についてあーでもないこーでもないと議論している。

 吉岡に続いて玉城も帰ってしまい、六人掛けのテーブルにはいまは俺と山崎と小森さんと成瀬の四人。

 向かい側のその姿をそっと視界の端に捕らえながら、俺は向かい側の様子を気にしているそぶりを見せずに山崎となんとはない会話を繰り広げている。

 部活見学の日に拾った小森さんの生徒手帳。

 それを人質ならぬ物質にして、的前審査に合格したら返すという約束で小森さんを弓道部に強制的に入部させた。

 入部した小森さんがなにかしらのトラウマを抱えていて、“離れ”が出来ないことにはすぐに気付いたけど、俺が救いの手を差し伸べる前に、彼女自身が前向きに弓道と向き合って、“離れ”が出来るようになったのが五月中旬。六月の頭には的前審査に挑んで無事に合格し、的前で練習するようになってからはそれまで以上に熱心に弓道に取り組んでいる。

 “離れ”が出来るようになったのは、小森さんの努力の賜物なのに小森さんにはなぜかすごく感謝されて、師匠と仰がれてしまっている現状には釈然としないけど。

 毎日のように部活に来て、その度に、俺に「練習を見てください」と頼んでくる彼女は、まるで大好きな飼い主に一生懸命しっぽをふる子犬みたいに可愛くて、ついかまってしまいたくなるのは仕方がないと思う。

 人数がぎりぎりの女子部の即戦力になってもらうためでもあるし。

 俺が生徒手帳っていう人質をとっている極悪な先輩だっていうことを忘れているのか、純粋に尊敬の念を向けてくれる小森さんは可愛い後輩で。

 練習を見てあげたいと思ってしまうのは仕方がないだろう。

 まあ、唯一の一年女子だし?

 俺は小森さんをひいき目で見てるつもりはないし、一年の練習は平等に見てるつもりだけど、小森さんから駆け寄ってきて「練習を見てください」って言われたら、無下に断る方がどうかしている。

 でも、それが気に食わないってやつもいるみたいで。

 まあ、成瀬なんだけど。

 どうやら成瀬は小森さんに好意をよせているようだ。

 気づいていないのは当事者ばかりで、けっこう二年は気づいているやつが多い。

 といっても冷やかしたりけしかけたりするやつがいないのはうちの部活柄というか、“部内恋愛禁止”という変わった部則があるからだろう。

 もし部内恋愛し彼氏彼女の付き合いをする場合は、どちらかが責任をとって退部してもらうことになってて、内緒で付き合っていた場合にばれると、問答無用で二人ともやめなければならない決まりだ。

 だから、恋愛事に関してはみんなの口は慎重で、片思い程度ならば見てみないふりをするのが暗黙の了解だ。

 入部する時にこの部則を聞かされた時はなんて馬鹿げているんだと思ったけど、弓道をやりたいのであって部内で彼女をみつけるつもりは毛頭ないから別段支障はなくて。

 ただ、数年に一組くらいは部内恋愛が発覚して退部する部員がいて、その話を聞くと内心複雑な気分になった。

 そんなくだらない部則のせいで退部しなければならないのはどんなに惨めだろうか。

 その反面、退部しなければならないと分かっていて、それでも、弓道が出来なくなるよりも側にいたいと強く願うような相手と出会えていることを、少し、羨ましくも思う。

 ただ、俺には弓道をやめるなんてことは想像できなくて。

 もし弓道部員の中で、心揺さぶるような誰かと出会ったとしても、その時点で軌道修正して、部内恋愛なんて絶対にしない自信があった。

 自分からは決して部内恋愛には関わらない予定だったのに。

 小森さんに先輩として慕われたおまけのように、成瀬から敵意を向けられている気がするのは、俺の気のせいではないだろう。

 まあ、だからって、成瀬に負けてやる気はしないけど。

 もちろん、小森さんを好きとかそういうことではない。

 小森さんの事はあくまで可愛い後輩としか思っていないけど、後輩に眼飛ばされてそのまんまにはしない。

 売られた喧嘩は買いますよ――?

 ついさっきも、小森さんが俺の隣しか空いている席がなかったから仕方なくそこに座っただけだっつーのに、成瀬は殺気立ってるし。

 俺に敵意を向けるのは間違ってるだろって言ってやりたかったけど、成瀬自身が自分の気持ちに気づいていないのに、そんなことを言ってもきっと成瀬が理解できないだろう。無自覚って迷惑だなぁ……

 ついでに言うと、小森さんも成瀬の気持ちに気づいていない。

 部活中、俺が小森さんの射形を見ていると、だいたい成瀬が小森さんを矢取りやなんだかんだと呼びに来る。

 小森さんは、自分の練習に夢中になってて、成瀬がわざわざ矢取りのタイミングを知らせに来てくれていると思っているみたいだが。

 あれは確信犯だ。

 俺と小森さんが話していると、俺から小森さんを引き離すためにわざとそのタイミングで矢取りだなんだって小森さんに声をかけるんだ。

 まあ、実際に矢取りには行かないといけないタイミングだったりするから、俺から小森さんを引きとめることはしないけど。その時の成瀬の勝ち誇ったような顔が、癪に障る。

 なんなんだよって、言ってやりたくなる。

 小森さんはお前の物なのかよ!? って。

 小森さんと話すだけで嫉妬心を剥き出しにして、独占欲で小森さんをさらっていく。

 そんな成瀬の態度に、若干、腹が立っているのは事実だ。

 まあもちろん、やられっぱなしでいるつもりはないけど?

 売られた喧嘩はちゃんと買わないと、ねぇ?

 会話中に口元に不敵な笑みを浮かべた俺に、山崎が訝しげに眉間に皺を寄せた。

 山崎が何か言おうとしたそのタイミングで、山崎の携帯が震えた。メールのようだ。

 机の上に置いていた携帯を手に取り、山崎がメールを読み始め、会話が途切れる。

 俺はなんとはなしに視線を向かい側に向け、ある考えが浮かんで山崎に尋ねる。


「山崎、飲み物取ってきてやるよ、何がいい?」

「炭酸……」


 メールを読んでいた山崎は突然の問いかけに少しの間を空けただけですぐに返答した。

 俺は自分と山崎のグラスを両手に持って立ち上がりながら、自然な様子で小森さんに視線を向ける。

 成瀬のグラスはまだなみなみと飲み物が入っているが、小森さんのグラスは空っぽだ。


「小森さん、飲み物取ってこようか? なにがいい?」

「えっ、あっ」


 試験勉強に夢中になっていた小森さんは顔を上げて俺を振り仰ぎ、それから俺の手に視線を移す。両手にグラスを持っているのを見て、慌てた様子で言う。


「大丈夫ですよ?」


 もちろん、小森さんがそう言うのは予測済みで、俺は両手で持っていたグラス二個を片手に持ち直して、笑みを浮かべる。


「いいよ、取ってきてあげるから」


 言いながら空いた方の手を差し出す。


「でも……」


 渋る小森さんに、俺は極上の甘い笑みを浮かべる。


「じゃあ、一緒においで」


 そう言って手招きする。


「はいっ」


 小森さんは手に持っていたシャーペンを置き自分のグラスを持って立ち上がる。

 その横で、苦虫を噛み潰したみたいに俺を睨みあげた成瀬と視線がぶつかる。

 たぶん、俺と成瀬の間で見えない火花が散っただろう。

 俺は成瀬に余裕の笑みを向け、ドリンクコーナーに小森さんと一緒に向かった。




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