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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第10話  近づく距離



「――で、なにやってんですか……?」


 玉城先輩から突然メールで呼び出されて駅前のファミレスについて開口一番、私はひき気味にそう言った。

 中間試験が近づき、試験一週間前からは部活も休みになり、なんだか物足りない放課後を過ごした週の末、日曜日。

 週明けに水曜日から始まる中間試験に備えて自宅でなんとなく試験勉強をしていたら、玉城先輩からメールがきた。


『深凪ちゃん、今日暇かな? いま駅前のゴストに弓道部何人かで集まってるから来ない?』


 暇かと聞かれたら暇ではないけど、試験勉強なら帰ってきてからでもできるし、先輩からのお誘いを断るのはどうかと思って、行くと返信してファミレスに向かったのだけど。

 駅前のファミレスゴストは、日曜日の午前中ということでそれほど混んでなくて、入り口からは奥に面した窓側の席に玉城先輩の姿を見つけて近づいていったのだけど……

 四人掛けの席二つ分に弓道部の二年生がぎっしり座ってて唖然とする。

 それだけでも異様な光景なのに、ほとんどの人が必死な形相でノートを取っているからちょっと引いてしまった。そして冒頭のセリフとなる。

 弓道部員のいる席からあからさまに逃げるように後ずさった私の腕を、慌てて玉城先輩が掴む。


「待って待って深凪ちゃん、逃げないで。こっちきて」


 そう言って玉城先輩は、私の手を引いて殺気立った二つのテーブルの通路を挟んで向かい側の六人掛けのソファー席に連れて行った。


「よっ、小森」


 そこには成瀬君がいて、さらに驚きに目を瞬く。


「成瀬君も、来てたんだ……」


 自分だけ呼ばれたのかと思ってたから同じ一年生の成瀬君がいて、ちょっとビックリ。でも同じ一年がいるということで安心感もある。


「来たというか、拉致られた」

「拉致……」


 不穏な単語に苦笑したら、成瀬君は向かいの席に座った山崎先輩と神矢先輩をみやる。

 山崎先輩は涼しげな顔でアイスコーヒーをゆっくり飲んでいて、神矢先輩はにやにやと悪戯っ子みたいな楽しげな笑みを浮かべていた。


「本屋にいたら神矢先輩達に会って捕まった」

「あはは」


 そういうことね。納得して頷く。

 成瀬君はソファー席の一番奥に座ってて、その隣にはもう一人の二年女子の吉岡先輩が、その隣に玉城先輩が座る。

 自動的に空いている席は神矢先輩の隣しかなくて、神矢先輩がちょいちょいって手招きする。

 私は神矢先輩の隣に座るべきか躊躇して俯き、でも、他に席が空いていないので仕方なく隣に座ることにした。


「それで、先輩達は何をやっているんですか……?」


 殺気立ってノートを取っている先輩たちにちらっと視線を向けて、ちょっと声を潜めて尋ねた。


「これ」


 私の隣に座る神矢先輩が、ぴらぴらっと一枚の紙を見せてくれた。

 それは、弓道部主将の梶先輩の名前の書かれたテスト用紙だ。


「これって……」

「去年の試験問題」

「うちの学校って制服もなくて結構自由なんだけど、試験にはちょっとうるさくて。赤点とると追試があるのは他の学校も同じだと思うんだけど、うちの学校は追試で合格するまで部活には参加できない決まりになっててね、うちの学年は特におバカが多いから」


 神矢先輩の言葉を引き継いで、吉岡先輩がけらけら笑いながら言う。


「うちら、追試になると部活出れないって去年は知らなくて、最初の中間試験でうちの学年はほぼ全滅で追試。で、中間後に大会があったのに一年が全然部活に出てこないから先輩たちが慌てて、その救済措置として試験前に過去の試験問題や先輩たちのノートを回してくれるようになったってわけ」

「そうなんですか……」


 初耳の情報に呆気にとられてしまう。

 ってか、うちの学校は緩いと思っていたけど、なんか変なとこで厳しい気がする。


「まあ、本当は、普段から勉強してればいいんだろうけど、うちの連中は完全なる弓道バカばかりだから普段は勉強なんて全然しなくて、こうやって試験前の週末に集まって勉強会をやっているというわけ」


 吉岡先輩の説明に、どこから突っ込んでいいのか困って苦笑する。


「勉強会するなら、図書館とか誰かの家とかがいいんじゃないですか……?」


 当然の疑問をぶつけたのだけど。

 吉岡先輩は、何か憐れむような遠い目をして首を横に振る。


「ダメダメ。あいつらはすぐに集中力切れて騒ぐから図書館なんて無理だし、誰かの家で集まったら、あっという間にゲーム大会になっちゃうのよ」


 なんとなく想像できてしまって、苦笑する。


「その点、ファミレスなら集中力切れたらなにか食べればいいし、多少は騒いでも平気だし」

「はぁ……」


 それでいいのかな、とも思ったけど、なんだか突っ込むのもめんどくさくなってきてそれ以上そのことに疑問を重ねるのをやめた。


「ところで、先輩達は参加しなくていいんですか?」


 窓側の二席はテーブルの上にノートや教科書、おそらく過去の試験問題が所狭しと広げられているのに、この席は綺麗なものだ。まあ、愚問なのかもしれないけど……

 見上げれば、山崎先輩は涼やかな顔で、神矢先輩と玉城先輩はにこにこ笑顔を浮かべてて、吉岡先輩はテーブルに頬杖をついてにやっと笑った。


「うちらは見張り役だからね~」

「あいつらがあんまり脱線してたら止める役」


 その一言に納得。

 つまり、山崎先輩、神矢先輩、玉城先輩、吉岡先輩の四人は追試組ではないということなのだろう。まあ、山崎先輩と玉城先輩は見るからに頭よさそうだし、神矢先輩と吉岡先輩は要領がよさそうだから、きっと成績もそれなりに良いのだろう。


「じゃ、私はそろそろ帰るね~」


 そう言って吉岡先輩が立ち上がる。


「えっ、帰っちゃうんですか?」

「この後用事あるし、あいつらががり勉してるとこ見物に来ただけだから~」


 向かい側のテーブルで必死にノートを取っている二年生を見てふふっと面白そうに笑って吉岡先輩は帰っていってしまった。


「で、どうして二年生の勉強会に俺らまで付き合わなければならないんですか……?」


 向かい側に座った成瀬君がぼやくと、神矢先輩はすこし垂れ気味の瞳に意地悪な光を浮かべて口角をあげる。


「成瀬、そんなこと言っていいのかな~?」


 にまにまと人の悪い笑みを浮かべる神矢先輩。


「過去問は一年の分もあるんだけど、見たくないのかな?」


 勝気な笑みを浮かべて言う神矢先輩の言葉に、成瀬君はそれまでの不服そうな顔から一転、一筋の希望を見つけたかのような期待の膨らんだ表情で勢いよく体を乗り出して尋ねた。


「まじっすか!?」

「もちろん。去年と同じ轍を踏まないためにね」


 自慢げな顔で言う神矢先輩の言葉で、この勉強会に一年生の中でも私と成瀬君だけが呼ばれたことになんとなく納得する。

 きっと、私と成瀬君の二人だけが的前に上がっている一年だから。

 成瀬君は本屋で偶然先輩に会ったと言っていたけど、会っていなかったらきっと呼び出されたのだろう。私みたいに。


「お願いします、見せてくださいっ」


 手を合わせて懇願する成瀬君に、神矢先輩は勝気な笑みを浮かべたまま、鞄の中から一年次の過去問やノートを出して成瀬君に渡した。

 成瀬君はそれを踊りだしそうな勢いで喜んで受け取る。

 本屋に行った後に図書館に行く予定だったらしく、ちょうど勉強道具を持ってきていた成瀬君は、さっそく試験勉強に取り掛かった。

 それを横目に、私は気づかれないように小さなため息をつく。

 成績が良いとは言えないけど、悪くもない。自分なりに勉強してそこそこの点数はとれているから、あまり過去問には興味はひかれない。

 まあ、英語はちょっと苦手だから英語の過去問なら見たい気もするけど。

 でもそれよりも、私にはもっと重要なものがあるんだよっ!

 それがなければ死活問題というか……


「あれ? 小森さんは過去問に興味なし?」


 無反応だったことが予想外だったのか、さっきまで成瀬君をからかっていた神矢先輩が体ごとこちらを向いて首を傾げた。

 隣の席に座っているから、至近距離で顔を覗きこまれて。まっすぐこっちを見つめる薄茶色の瞳は力があって、少し強引でドギマギしてしまう。


「あのですね、興味が全くないわけじゃないですけど。そんなことより、アレ、いい加減に返してくださいよ」


 隣同士ということもあり、小声で言った私に、アレ、が何を指すのか神矢先輩はすぐに気がついた様子で。

 悪戯っ子みたいな楽しそうな笑みを浮かべて、テーブルに頬杖をついて、上目づかいに見上げてくる。


「んーどうしようかなぁ~」

「神矢先輩っ! 約束はちゃんと果たしましたよね!?」


 完全に面白がっている様子の神矢先輩に、つい声を荒げてしまう。


「深凪ちゃん、なに? なんの話?」

「アレ……、ってなんだよ? 神矢」


 玉城先輩が不思議そうに尋ね、山崎先輩は訝しげに神矢先輩を睨んだ。

 まさか生徒手帳を人質にとられて渋々入部しました、なーんて言えるはずもなく、私は慌てて誤魔化す。


「なっ、なんでもないですっ!」


 焦ってて、そんなふうにしか言えなくて。

 玉城先輩も山崎先輩も、それから試験勉強に夢中だったはずの成瀬君も顔を上げてこっちを見てて。


「そうなんだ?」


 全然、納得している雰囲気じゃなかったけど、あからさまにこの話題を避けてほしいっていうオーラが伝わったのか、それ以上は突っ込まれることはなかった。




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