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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第1章 触れた指先
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第1話  部内恋愛禁止



「お願い、深凪(みなぎ)っ!」


 ぱんっと顔の前で手を合わせて懇願する姫井 紗和(ひめい さわ)に私は折れるしかなかった。

 紗和とは高校で同じクラスになって知り合ったばかりだけど気が合ってクラスで一番仲がいい。

 そんな紗和は今日、講堂で行われた部活紹介に出てきたある先輩に一目ぼれしてしまい、その部活の見学に一人で行くのは心細いから一緒に来てほしいとこうしてお願いしているというわけで。


「まあ、特に入りたい部活があるわけじゃないからいいけど……」

「ありがとっ、深凪っ! じゃあ行こう、弓道部っ!」


 あるわけじゃないけど……

 行くのが弓道部っていうのが、ちょっと、というか、かなり憂鬱だったりする……

 紗和には言っていないけど、実は私は中学まで弓道部だった。

 たまたま通うことになった公立の中学に弓道部があって、もともと弓道には興味があったから入部したんだけど。

 まあ、いろいろあって、私はもう二度と弓道をやらないと決めている。

 正確には弓道はもう出来ない……

 でも、まあ、見学だけだし。

 経験者って言わなければばれないよね。

 私はそんな安易な気持ちで、紗和に手を引かれて弓道部が活動している弓道場に向かった。



  ※



 弓道場には予想どおりというか、たくさんの女子が集まっていた。

 今日、講堂で行われた部活紹介では、文化部、運動部、すべての部活が新入部員獲得のために部活の紹介を講堂の壇上で行った。

 演劇部やダンス部は短めの劇やダンスを披露したり、文化部では貰った賞を紹介したり。

 部員全員でやってきたり、少人数でやってきたり、部によってそれぞれだ。

 その中で、黒の袴をはいて登場した弓道部は、壇上に上がったのは男女二人ずつの計四人という少人数だったが、一年生、特に女子の注目を集めていた。

 マイクを持っていたのは二年副主将だという人で、耳にしみいるバリトンボイスで部活の説明を始めたのだけど、女子の視線はその隣に立ち、微笑を浮かべた山崎先輩に向けられていた。

 絵画から飛び出してきたかのような端正な顔に微笑みを浮かべて、袴をはいた長身はほどよく鍛え抜かれたバランスのとれた体つきだということは遠目でも分かって。

 講堂内で女子の黄色い悲鳴が上がったことは言うまでもない。

 私が通う月ヶ丘高校は自由な校風がウリで、制服もなく、生徒の自主性に任されているところが多い。

 そんなわけで、部活紹介も出席番号など関係なく私の隣に座っていた紗和も、黄色い声をあげていた一人で。

 弓道部の紹介が終わるやいなや、「私、弓道部に入るっ!!」と瞳をハートにして言い出した。

 もちろん、講堂内のあちこちで「弓道部に見学行ってみようかなぁ~」という声が聞こえたのはいうまでもない。

 ライバルが多いと悟った紗和は、一人だと心細いから一緒に来てと私に言ってきたのだけど、私は私で、弓道部にはできれば近寄りたくない事情があって、なんだかんだと答えを伸ばしてきたのだけど。

 放課後になっても粘り強くお願いされては。

 実は中学の時弓道部でもう二度と弓道はやらないって決めているから一緒に見学はいけない――なんて言えるわけもなく。

 せっかくできた友人の頼みをむげに断ることも出来なくて、渋々こうして一緒に弓道場まで来たのだけど。

 やっぱり、紗和と同じこと考えている女子はいっぱいいるみたい。

 弓道部が練習している弓道場には、入りきらないほど女子が集まっていて、部活見学ではなくただただ山崎先輩の姿を見たさに道場内が見える矢道の横の植木の周りに女子が大勢集まっていた。

 まあ、これだけたくさん女子がいれば、なかには見学しても入部しない子もいるだろう。

 私ももちろんそのつもりだ。

 紗和もいざ入部すると決めれば、私がいなくても大丈夫だろう。

 そんなふうに思っていたのに――



  ※



 見学者はノートにクラスと名前を書くと、弓道場では狭いからといって、裏口から弓道場の裏庭に案内された。

 見学者は女子が二十人くらいと、男子が八人。

 私達と一緒に外に出てきたのは、部活紹介の時に壇上に上がっていた男女三人と、その他にも数人。みんな二年生らしい。


「すごいな、こんなに見学者が来るなんて……」


 ほんとうに驚いたようにもらしたのは、壇上で女子の注目を集めていた山崎先輩だった。

 間近で見る山崎先輩は、彫像のように端正な顔立ちをしていて、あまりの美貌にほうっと吐息がもれてしまう。

 確かにこんなにかっこよければ、女子が騒ぐのも当たり前だよね。落ち着いた雰囲気で、女子にモテそう。そんなことを思う。


「部活内容は部活紹介でも説明したから、実際にどんなことをするのかみてもらうよ」


 そう言ったのは、部活紹介でマイクを握っていた二年生で副主将の神矢 蓮(かみや れん)先輩。

裏庭に出てからすぐに弓道部の二年生、それから見学に来た一年生全員が簡単な自己紹介をしたから、その時にしっかり名前を確認した。

 山崎先輩は紗和が連呼するから覚えちゃったけど、神矢先輩は名前がうろ覚えだったんだよね、ちゃんと覚えておこう。

 って、別に入部するつもりはないんだから、覚えなくてもいいじゃない。

 そんなことを、心の中で葛藤する。

 神矢先輩や他の二年生は、ゴム弓を使って弓道の基礎の射法八節を説明し、巻き藁や実際に的に射るところを見せてくれた。

「時間があるし、ちょっとやってみようか」という神矢先輩の言葉で、射法八節を教わり――私はすでに知っているけど知らないふりで教わって――、二年生が一年生の形を見て直してくれたりした。

 もちろん、紗和やその他の山崎先輩狙いの女子は、山崎先輩に教えてもらおうと山崎先輩を囲んでいて。

 私はそんな紗和たちを横目に、黙々とゴム弓を引いた。

 ゴム弓ですら、どのくらいぶりに触っただろうか……

 たぶん、そんな感傷に浸っていたのがいけなかったんだと思う。


「もうちょっと、下げて」


 不意に、背後から声をかけられて驚いてゴム弓を落としてしまった。


「……っ、すみませんっ」


 砂利の上に落ちたゴム弓を慌てて拾おうとした私の手に、神矢先輩の手が重なって。

 さらにビックリして、手を引っ込める。

 わぁー、びっくりした……

 どきどきと早くなる心臓を押さえて、私は神矢先輩を見上げる。

 神矢先輩は山崎先輩に比べると少し身長は低くて細身だけど、それでも男子にしては高い方で、筋肉質ってわけじゃないけど適度に引き締まってて。日に透けてキラキラ輝く薄茶の髪はふわふわしていて、天パなのだろうか、少し長めに伸ばした髪と同じく、二重の瞳も薄茶色で、少したれた目尻と甘やかな微笑みを浮かべた唇が印象的だ。

 山崎先輩が整いすぎているから目立たないだけど、神矢先輩もじゅうぶんカッコいいと思う。


「はい」


 言いながらゴム弓を拾ってくれた神矢先輩は春のお日様みたいなふわふわの微笑みを浮かべている。

 それから神矢先輩はぱんぱんっと手を叩いて、みんなの注目を集める。

 先輩が目くばせすると、他の二年生も集まってきて、何人かは道場の中に戻っていった。

 山崎先輩も道場の中に行ってしまい、女子の落胆の声が漏れる。

 外に残ったのは、神矢先輩と部活紹介の時にいた二年女子副主将の玉城(たまき)先輩の二人。


「だいたい練習はこんなかんじかな。なにか質問とかある?」


 一年生にぐるっと視線を投げかける神矢先輩。何人かが首を横に振り、それが総意ととって神矢先輩が頷く。


「ないならいいんだ。じゃあ、俺から一つ」


 そこで言葉を切って、神矢先輩が口元の笑みを深くして続けた。


「うちの部は部内恋愛禁止だから」


 一瞬、なんと言ったのか理解できなくて、ぽかんとしてしまう。

 あまり聞きなれない単語に、その場に静寂が広がる。


「もし部内恋愛した場合は、どちらかが責任をとって退部してもらうことになってる」

「え~~~~っ!!??」

「なにそれ~、ありえなーいっっっ!!!!」


 女子から非難の言葉が上がっても、神矢先輩は微笑みを浮かべたままで、文句を言う女子に視線を向ける。


「ということだから、山崎狙いの一年は入部をよく検討した方がいいよ。いまうちの部に入っているやつらはこの部則を承諾したうえでいるわけで、特に山崎は総体優勝を目標に弓道にのめりこんでて、部内恋愛しようなんて全く思っていないだろうからね。もし、山崎のポスト彼女を狙うなら、入部はお勧めじゃないよ?」


 こくんっと首を傾げて勝気な笑みを浮かべた神矢先輩に、山崎先輩狙いの女子だけでなく、私まで呆然としてしまった。




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