1/*お姉さんの心情は
手を伸ばせば、比較的背の低い桜の木の枝の先に、届きそうだ。
耳を澄ませば、がやがやと騒いでいる新入生の中から、生徒会長の演説が聞こえる。
目を凝らせば、新たな友達を次々に作っていく生徒の奥に、一人だけイヤホンを耳に押し当てて、周りの騒音を遮っている、彼の姿が見えた。
「苑、」
静かに、その名前を呼んだ。
その声に気づいたのか、彼はこちらを振り返ってから、苦笑いしながら、堅く、手を振る。
そのことから、彼がイヤホンで何も聞いていないのが分かった。じゃあ、しなくても良いのに、と言いたくなるが、プライドのまあまあ高い彼に、そんなことを言っていいはずがない。
……ただでさえ今、反抗期だというのに。
「……」
弟が、同じ学校に入った。
部活、何に入るのだろう。
私の部活に勧誘しても、大丈夫だろうか。
無意識だが、そっと、小指にはめている、ピンキーリングを見つめた。
緑色の宝石のついた、小さな指輪。
指輪の裏には小さく、canariaと掘られており、これは『チームカナリア』に所属している、という証なのだ。
『――と、いうわけでありまして、今年度の入学式を、終わります――』
「はは、」
ほとんどの人が聞いていなかったことについては、生徒会長も分かっているだろう。
だから、早く切り上げたかった、ということなのだろうか。
「ねー、モアの弟ってさー……」
「部活以外の時にその名前で呼ぶのはよしってって言ってるでしょ、琉李」
「もー、話の腰を折らないの!
そ、でー、モアの弟君って、あの子だなぁーって」
そうだけど、そう短く返すと、琉李はいつもの笑顔で、唇に人差し指を置きながら、目を鋭く尖らせた。
「……あの子、勧誘してもいい、よね?」
「……お好きにどうぞ。」
だめ。なんて言っても、きっとやめないだろう。
長年の付き合いから、それはもうわかっていた。
"好きにして"。この言葉はきっと、琉李にとっては、OKの意味を持つのだろう。
――私たちの部活に入って、苑がどこまでやれるのか、
少し楽しみでもありながら、少し、心配でもあった。