エピローグ
「本当かよ? 拓!」加藤が大げさに驚く。教室内の生徒が数人振り返った。
「声大きいってば。……本当だ」拓人が加藤に耳打ちする。
翌朝、始業前の教室で、拓人は苺花との婚約と、一連の犯人がいなくなったことを、加藤に報告した。
「うん、本当だよ」苺花はそう言うと、婚約指輪を加藤に見せた。
「うわ……マジかよ。なんか、こうやって現実を突きつけられると、ちょっとつらいもんがあるよなぁ」微妙にへこんでいる加藤。
「なんでお前がつらくなんだよ」拓人は加藤の足を蹴飛ばした。
「痛てっ。俺だって、ちょっとは苺花ちゃんの事好きだったんだぜ?」
「ほう、それは初耳だが、今後一切それを口にするな。死ぬぞ」
脇のホルスターに手を掛ける拓人。
「いやいやいやいやいや、風穴開くのはゴメンだし。マジカンベン」
「いいじゃん、許してあげようよ~」苺花は拓人の腕にまとわりつきながら言った。
そこへ横山が割って入ってきた。
「なになに、すごい指輪! もしかしてこれって婚約指輪とかぁ~~?」
横山は苺花の手を掴んで、指輪をしげしげと眺めている。
周囲が、『婚約』の二文字を聞きつけて寄り集まってきた。
「どうなんですか~、神埼くん! 真相はどうなんですか~?」
横山と女子数名に詰め寄られ、壁際に追い詰められる拓人。
「しょうがないなぁ……親父みたいだけど、諦めるか」
拓人は残念そうな口ぶりだが、顔はほころんでいた。
彼は苺花の手を引き寄せ、肩を抱いた。
「えー、発表しまーす。」彼の声に、ざわついていた教室に静寂が訪れた。
「神埼拓人と高塚苺花は、正式に婚約致しました」教室内に嬌声が沸き起こる。
「えーっと、結婚は……多分卒業したら?」思いつきで発言した拓人に呆れ顔の苺花。
「卒業と同時、でしょ?」苺花が耳元でぼそぼそと言う。
「ああ、そうそう。というわけで、コイツは俺の嫁になるのでよろしく!」
愛する女性を守りきり、周囲の祝福の元結ばれた彼の表情は誇らしげだった。
***
午前中はしばらく大騒ぎだったので、二人は昼休み中喧噪を避け、拓人が今まで通っていた屋上へとやってきた。
「ふ~、なんだかすごい騒ぎになっちゃったね。隣の組の人まで来ちゃうし」
苺花は、なるべく人目につかない場所を選んで、壁に寄りかかっている。
「ま、有名税だと思って諦めるんだな。それとも、やっぱり婚約解消したい?」
意地悪そうな顔で苺花を覗き込んだ。
「なんでそういう事言うの~? もう、信じらんない」苺花がむくれた。
「悪かったって~。怒るなよ~。ね? ね?」
ご機嫌を取ろうとして、拓人は苺花の頭をナデナデしている。
「む~」まだむくれているようだ。本気で怒っているわけじゃないのは分かっているが。
「そんな顔したらだめだろ。幸せがどっかいっちゃうぞ」
苺花の頬をつまんで、両側にひっぱりだした。
苺花は有人の手を払いのけると、上目遣いで言った。
「ねえ、拓人は私と婚約出来て幸せ?」
「はい、苺花さんと婚約させて頂けて、僕は幸せです」
拓人は大仰に礼をした。
「私も拓人くんと婚約出来て、とても幸せです。
これからもずっと私を幸せにしてくれますか?」
苺花は拓人を見つめた。
「そのつもりだよ。永遠にね。……おいで、苺花」
腕を広げて彼女の名を呼んだ。
苺花は黙って頷き、拓人の腕に飛び込んだ。
***
ここ白波学園都市は、かつて父・有人と伯父・怜央が住んでいた、エーゲ海のとある島を模している。当時、伯父がその島を統治していたように、今は父がこの街を治めている。
心優しき人外たちのささやかな望み。
『地上で静かに暮らしたい』
ただそれだけの望みを叶え、居場所を勝ち取るために、父や多くの人外が血を流した。
現在のこの街の幸せは、その多くの犠牲の上に成り立っている。
しかし外の世界では、新たな数多くの陰謀や悪意、殺意が渦巻いている。
『白波は小さな箱庭だけど、君と幸せになるためにここを守りたい。
いつか、なんの心配もなく外の世界を歩けますように。』
拓人は、心からそう願っていた。