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第一章 盾と果実

 少しして、理事長室のドアをノックする音がした。

「どうぞ」と神崎が返事をした。

「失礼します」男性の声で返事があった。

 ドアが開くと、両親に付き添われた、息子と同じくらいの年の少女が入って来た。

 両親もその少女も、黙っていればどちらが魔族で神族なのかもわからない、極めて平凡かつ善良そうな、人間の一般市民にしか見えなかった。


 今回転入する少女、高塚苺花たかつかまいか

 資料に添付されていた写真よりも少し翳りが見えるのは、きっと理事長という自分の立場を前に緊張しているからかもしれないと思い、神埼はつとめて柔らかい雰囲気を醸し出す努力をした。

 肩のあたりで切りそろえた髪、細くて紅色のフレームの眼鏡。色白美人だが、やや神経質そうで、どこかしら他を拒絶するような雰囲気の少女だ。

 微笑みながら彼女に目を合わせると、途端に下を向いてしまう。

 自分の初手の印象はイマイチのようだ。

 そして彼は、『これはちょっと困ったことになりそうだ』と直感的に思った。


「どうぞ、ソファーにおかけ下さい」

 理事長席の大きな革張りの椅子から立ち上がり、神崎は彼等に来客用のソファーを勧めた。そして自分も、彼等の向かいのソファーの前に立った。秘書の礼子嬢が、四人分の緑茶を応接セットのローテーブルの上に置いていった。

「僕がこの学園の理事長、神崎有人あるとです。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」そう言いながら、神崎は上着から名刺を取り出した。

 自分を「若輩者」と言いはしたが、人外の世界では外見の年齢には意味がないことも重々承知している。ただ、学校の運営という点で言えば、自分は確かに若輩者には違いないし、威厳とか風格を気にする者も、少なからず存在することも確かだった。

「ご丁寧にどうも、高塚と申します。今回は急な転入を許可して頂いて、ありがとうございます」父親が挨拶をした。技術系サラリーマンという雰囲気の、いかにも折り目正しそうな男だ。

「苺花ちゃんも、ご挨拶して?」

 母親が娘に声をかけた。娘と似ていてこちらも美人だ。

 シンプルなアンサンブルを、品質以上に華麗に着こなしている。

 中身が良いと、身に纏うものまでも良く見える、といういい例だ。


 挨拶を交わして、神崎がソファに腰掛けると倣って三人も腰掛けた。

 この親子がまとう暗い空気が、転入の理由が決して愉快な事ではないことを示している。

「資料を拝見しました。……転校が多いみたいですね。勉強の方は問題ありませんか? フォローが必要でしたら、どうぞご遠慮なく担任までご連絡下さい」手を膝の上で組み、温厚な理事長を演じてみせる神崎。ふと、今の自分と似たような境遇だった、昔の兄のことを思い出す。

「ありがとうございます。いつも急な転居が多くて、この子には負担をかけてばかりです……」父親が申し訳なさそうな顔で娘を見た。

「やはり、NBノーブルブラッドが原因……ですか」神崎は眉根を寄せて言った。

     ◇

 NB=『ノーブル・ブラッド』とは、数年前から人外の社会を震撼させているテロリスト集団だ。純血至上主義を掲げ、神魔を問わず、混血の者を無差別かつ大量に殺害し続けていた。その構成員は、単なる懐古主義者に始まり、人間の血が混入することを是としない急進的な神族や、己の血族の衰退を見かねた選民的な魔族などで、様々な利害を内包しつつ活動をつづけている。


 現代社会では、多くの人外がこの国の人間社会に溶け込んで生きている。その中で、数多くの混血児が人知れず生まれ、そして市民として暮らしている。

 法整備こそされていないものの、政府レベルで非公式に人外たちの存在が認められているのは理由があった。

 数年前に勃発した大規模な広域領海紛争において、彼等が『心ある日本国民』として血を流し、国土・領海と国民を守り切った、という多大な貢献をしたからに他ならない。そして、それを後押ししたのが、有人の兄、世界的複合企業GBI社《グリフォン・バイオテクノロジクス・インダストリー》代表取締役CEOの神崎怜央れおの巨大な経済力と世界的な影響力だった。


 テロリストたちが、今の世の中で純血主義を掲げることは、極めてナンセンスである。

 そして、静かに暮らしている数多くの人外と、その家族である人間たちに、底知れない恐怖を撒き散らしていることに、有人は日々強い憤りを感じている。

     ◇

 神崎の言葉に父親は頷いた。

「はい。娘が数回襲われてまして……。そのたびに何度も転居して逃げたのですが、やはりムダでした。奴らは一度見つけた標的は、絶対に諦めません。そして、どこにも身を寄せる場所がなくなった時、この街の話を聞いて……こうして、家族を連れて逃げて来た次第です……」

 神崎は、沈痛な面持ちで彼の話を聞いていた。ただ、自分たちは静かに暮らしていたいだけなのに、どうしてこんな世の中になってしまったんだろうか、と。

「皆さんの安全は、僕がお約束します。お父さんの仕事の方も、そのキャリアが欲しいという会社がありまして、既に手配済みです。どうぞご安心下さい。」

 礼子嬢が、苺花の父親に仕事の資料の入ったファイルを手渡している。なにからなにまで、と言いながら父親は深々と礼をしている。

「ところで、不躾な質問なのですが……どちらが神族の方、ですか? 申し訳ありません。お見受けしたところ、ちょっと僕には分かりかねるので……」

 あまりセンサーの鋭くない〝中級神族〟の有人は、こういう時にとても不安を感じる。巧妙に本性を隠蔽している高位な人外を正確に見分けられないというのは、時として自分や身近な者たちをを危険に晒す。

「私です」母親が答えた。

「そうですか。どうして、娘さんを魔族クラスに、とお考えになったのか聞かせて頂けませんか? あなた方を見ていると、僕にはどうしても解せなくて……」神崎は、素直に感想を投げてみた。どうしても聞いておかなければならない事だから。

 父親は少し言い澱んでいたが、やがて口を開いた。

「この子は母親の因子を色濃く受け継いでいるようでして。今まで普通の学校に通わせていたこともあって、この期にと……」

「それ、だけですか?」神崎は、父親の目を真っ直ぐ見つめながら鋭く切り返した。

「いや、あの……僕らがあまり好戦的でない、というか、おとなしすぎるというか……、それで人に騙されやすかったりして、この子にも迷惑をいっぱいかけてしまったので、出来れば強い子になって欲しいと思いまして……」

 確かに、この両親には押しの強さなどというものは皆無のようだ。

「えっと……苺花、さんで良かったかな。君はそれで本当にいいの?」

「まだ学校のこととかよく分からないので……」苺花は少し困惑した顔している。無理もない。この街に来たばかりな上に、今までは普通の高校に通っていたのだから。



「拓人くん、何やってるの?」秘書室から廊下に出た礼子嬢は、理事長室の鍵穴を覗き込んでいる拓人を見つけた。

「あ、や、その、えっと…………」ひたすらあわてている拓人。

 その時、室内から拓人を呼ぶ父の声がした。

「拓いるのか? ちょっと中に入ってきて」

 バツが悪そうにドアを開けて入室する拓人。

「な、なに? 親父」

 弁当袋をぶら下げた拓人が入ってくると、高塚親子が彼に注目した。無論、苺花も。

「ああ、失礼。うちの息子の拓人です。」

「初めまして。神崎です」ペコリと頭だけ下げる。改めて目の前の転校生を見てみる。……けっこう可愛いな、と知的なタイプが好みの拓人は思った。期せずして転校生を見るという目的は達成されたので、父に呼ばれた意味も考えずに単純に喜んでいた。

 苺花の方は、同年代で、なんだか顔のゆるい拓人を見て緊張がほぐれたのか、「確かに父親似だな」とか「少し子供っぽいけど整ったな顔をしているな」などと冷静に観察をする余裕が出てきたようだった。

「クラスは違うけど、同じ学年だから、何か困ったことがあったら、コイツに何でも相談してね、苺花さん。」満面の笑みで言う神崎。

「はい」ちょっとだけ笑顔になった苺花が答えた。両親も、少し安堵の表情を見せた。

「え? それ、どゆこと?」父と苺花を交互に見ながら、拓人は困惑していた。

「言葉そのままだよ。お前が、苺花さんの面倒を見てあげなさいっての。かわいいお嬢さんだし、ここは役得だって思いなさいよ、ね」

 拓人は、無理に押し切ろうとする父親に多少ムっとするものの、可愛い……というか、好みなのは間違いないので、素直に役得と考えることにした。

「わかったよ、親父。えっと……苺花まいか、さん?」

「高塚苺花です。お世話になります」苺花は、ぺこりとお辞儀をした。

「俺、二年神Aしんえー組だけど、何組?」

「……魔Aまえー組だ。」口を挟んだ神崎の声が固い。拓人は、苺花から父親に視線を流す。――自分を見る彼の目からただならぬものを感じて、小さく頷いた。


 しばらくして、礼子嬢が苺花に必要な教科書や指定体操服、上履きなどの細々としたものを、購買からまとめて持って戻ってきた。

「教材類をお持ちしました。文具などで不足があれば、一階奥の購買で揃えて下さい。」

「ありがとうございます」礼子嬢から、母親が紙袋を受け取った。その時、昼休みが終わる予鈴が鳴った。

「あ、じゃ、俺もう行かないと。行っていいんでしょ? 親父」

「はいはい、ご苦労さん。明日学園内を案内してあげて」手を振りながら神崎は言った。


     ***


 拓人が教室に着くと、午後の授業の開始ギリギリだった。席に座ると、隣の席に座っている悪友の加藤が話しかけてきた。

「お前どこ行ってたんだよ、遅いじゃんか。アレ今日持って来るって言っただろ?」

「あ、わり。ちょい親父に呼ばれてて……」そういいながら、教科書やノートを机から引っ張り出している。

「おい、拓人、なんかいいことあったのかよ」

「別に……」

「その割には、なんかお前浮かれてっぞ」

「んなことないって」

「いや、絶対なんかあったって顔だ」

「しつこいなぁ…………あ」廊下を歩く苺花と目が会った。

 拓人はつい手を振ってしまった。

 苺花は軽く会釈をして両親と一緒に通り過ぎた。

「おい、今の美人と知り合いか? それか? それなのか? その浮かれてる原因は! おいおいおい」加藤は拓人の襟首を掴んで、ガクガクと前後に振っている。

「や、やめ、言う。言うからっ、やめろって」

「よーし、ちゃんと言えよぉ~」加藤は腕組みをして、聞く気マンマンだ。

「しょうがないなぁ……。あんまり言いふらすなよ?」と言い含めた。

「わかったって。早く教えろよ~」加藤は耳に手を当てて拓人にすり寄ってきた。

「あの子、転校生なんだよ。2魔Aに入るらしい。んで、親父があの子に、困ったことがあったら俺に言え、とか言っちゃってさ。いきなり世話係襲名だし。俺、正直困ってるっていうか……」小声でぼそぼそと状況説明をする。

「なんだよそれ、超オイシイ立ち位置じゃんか。くーっ、うらやましすぎるぜー。でも、今までもこの学年に何人も転校生来てるのにさ、なんで親父さんは今回に限ってお前にそんな事を言い出したんだろうな?」

「ふーーん。よくわかんねえよ。まぁ、夜にでも聞いてみるさ」


     ***


 高塚親子は、学園を出て新居への帰路についていた。

「今度はもう、逃げなくてもいいのかな……」ふと、苺花がつぶやいた。

「大丈夫だって、理事長さんもおっしゃっていただろう? この街には、うちみたいな家族がいっぱい住んでいるんだ。もう、引っ越しはしなくていいんだよ、安全なんだから。ここの大学にはお前の行きたい学部もあるから、安心して勉強に励みなさい。パパもほら、新しい会社を世話してもらったから」

 父親は、礼子嬢からもらった仕事の資料を娘に見せた。

「GBI社の子会社のソフトウェア開発会社がこの街にあるんだ。まぁ、こんなものを見せてもお前にはよくわからないだろうけども、とにかくすごい会社なんだよ」

「よかったね、パパ。なんかすごく嬉しそう。私も勉強がんばるからね」

 想像以上の厚遇に、父親は上機嫌だった。これからは神崎の庇護の元、何もかもうまくいく、この街で幸せな生活をやり直せるんだ、皆そう感じていた。


     ***


 その日の晩、拓人の浮かれた気分は消えていた。

 父・有人から、高塚親子がNBノーブル・ブラッドによるテロ難民だと聞いたからだ。


 テロが多発するようになってこの方、この街はすっかり人外のテロ難民の受け皿となっていたのでそれほど珍しい話でもなかったが、身近な相手がそうだと聞くと、多感な時期の拓人にとっては少々つらいものがあった。

 そして、あの親子特有の難しい問題についても説明を受けた。


「拓……お前、あの子見てどう思う?」

 ダイニングテーブルでカフェオレを飲みつつ、隣の息子に有人が言った。

「おとなしそうな子だとはおもったけどさ。でも魔組まぐみはないわ……マジで」拓人は、両手でカフェオレのカップを包むように持っている。

「だろう? 俺も一度は止めたんだが、親御さんの意向だからなぁ。俺が付きっきりで見張るわけにもいくまいよ。」

「それただの嫌がらせだろ」

「だよなぁ」

 有人のアホ毛がたらりと下がる。

「でもいつかきっと何かが起きる。俺はそう確信してるんだ。だから、誰かが彼女を守ってやらないと……」

「で、俺に面倒を押しつけたって訳だな、親父。……高くつくぜ?」

「という訳で、交渉タイムだ。お前、何が欲しいんだ?」

 台所で食器を片付けている有人の妻・うららがクギを刺した。

「ちょっと、有人、さん、あんまり、高いもの、買っちゃ、だめよ?」

「はいはい。ママは厳しいのう。(小声で)で、なにが欲しいんだ?」

「んじゃ……」拓人は父の耳元で希望の品を囁いた。


 次の日の昼も、拓人は屋上にいた。その日は少し風があって肌寒かったので、風の当たらない場所を選んで座った。いつも通り一人で食事を済ませ、余った時間は図書室で借りた本を読んでいた。

 彼が遺伝子工学の本を読んでいるのは、父親の本職を継ぐためだった。人間の学問だからといって全く役に立たないわけではなく、あくまで神族のテクノロジーと平行して、基礎の一分野として勉強していた。

 本来、生き物を造るということは、唯物論と進化論の片方だけでは成り立たない。しかし、神の御技というものが人間によって過度に美化されて後世に伝わってしまったため、実務からは大きくかけ離れた印象になってしまった。


 ふと、階段へ通じる金属のドアが開く音がした。死角で見えないが、数人いるようだ。拓人は、読書を邪魔されないかだけが気がかりだった。


「あんたさ、なんか気取ってるよね。それになんかヘンな雰囲気だし……」

(ん? なんか様子がおかしいな……ケンカか?)

「別に気取ってなんかいませんけど……」

「制服まだ作ってないわけ? なにこれ、今時セーラーってあり得なくない? ダッさ」

「いた、痛い! 離して下さい!」

「だよね~。ナニコレ、とっちゃえ」

「いやっ、やめて!」争うような声と物音がする。

(ちょっとまて、これは――)

 拓人は本を置いて物陰から女子生徒たちの前に飛び出した。

「おい、何やってんだ!」

 そこには、髪の毛を掴まれ、スカーフをむしり取られそうになっている苺花がいた。

「か、神崎くん」泣きそうな顔で拓人の名を呼ぶ苺花。

「手、離せよ」彼女たちを前に凄む拓人。

「ち、理事長の息子かよ。面倒事になるから行こう」

 長身の女子生徒が、苺花の髪から手を離した。

「つまんないの~」

 苺花のスカーフをむしり取ろうとしていた女子生徒も、すごすごと帰っていった。

 拓人は、解放されて、その場に崩れた苺花を抱き起こした。

「苺花さん、大丈夫か?」

「神崎……くん……」彼女の目からは大粒の涙が流れている。

「大丈夫、じゃなさそうだな。擦りむいてるところもあるし……ちょっと待ってて」

 その場に苺花を座らせて、拓人は荷物をまとめた。

「じゃ、行こう」そう言って、苺花を『お姫様だっこ』で抱き上げた。

「あ、ちょっと、ヤダ、はずかしいから」

 苺花は突然の事で、顔を真っ赤にして足をばたつかせている。

「ケガしてるでしょ。少しおとなしくしてよ」

「でも……こんなの見られたら、またいじめられる……」

「え? 初日からおかしいな……。

 なんでそんなことになっちゃうんだよ。

 あのクラスにだって少なからずテロ難民の子供もいるんだぜ」

 苺花の顔をせつなげに見つめる拓人。

 彼女の境遇は、彼にはとても他人事とは思えなかった。

 出来ることなら替わってやりたいとさえ思った。

「私にだって……わからない。特に何もしていないのに、朝からずっとからまれてて……

 また苺花は泣き出した。

「とりあえず、保健室いこ。ね?」そう言って、拓人はゆっくりと苺花を降ろした。

「うん……」しゃくり上げながら、苺花はうなづいた。


 拓人は、苺花と共に一階にある保健室に来た。

 なるべく人目につかないルートを選んだつもりだったが、昼休みという時間帯が悪く、級友や彼女の同級生らに目撃されていた。

 周囲では早速、苺花が拓人をナイトにしていると陰口を叩く者も出始め、苺花の登校初日は開幕から波乱の様相を呈する格好になってしまった。


「失礼しまーす」拓人は保健室のドアを開けて、大柄な女性の養護教諭――中島敬子に声をかけた。

「おーたっくんじゃない。今日はどうしたー? ……ん? その子は」

 中島は、拓人の後ろに隠れるように立っている少女の姿を認めて声をかけた。

「高塚さんちょっと怪我してるんで、見てもらえないかな」

 拓人は苺花に中に入るよう促した。苺花は後ろ手に保健室の引き戸を閉め、中に入った。

「そう、じゃ彼女……高、塚さんだっけ。ここ座って」

 中島は、診察様の丸椅子を机の下から引っ張り出した。

「はい……」おずおずと中島の前に進み出て、丸椅子にちょこん、と座った。

「えーっと、足の……これかな? ちょっと待ってね。消毒するから」

 中島は、藍色の広口瓶からアルコールに浸された脱脂綿をピンセットでつまみ出した。そして、苺花の膝下にある擦り傷を消毒しようとして、スカートを少しめくり上げ、手を止めた――


「! これは……」

 中島は、苺花の両方の太股にも、傷や痣を見つけた。拓人も中島の只ならぬ様子に気づき、思わず苺花の足を覗き込み、そして絶句した。

「どうしたの? いつやられた?」

 そんな中島の問いに、苺花は答えなかった。

「それ、同級生だと思います」拓人はつぶやいた。

「いじめられてるの?」中島は、顔をそむけている苺花に優しく尋ねた。

「言わないでください……」弱々しい声でつぶやく苺花。

「なんでだよ! すぐにクラス移すんだ。じゃないと」中島が拓人の言葉を遮った。

「ちょっと、一体どういう話なの? 分かるように説明してくれない?」

 拓人は、一部始終を説明した。中島は困った顔をして言った。

「うーーん……。いくらご両親の意向とは言っても、実害が出ている以上、見過ごすことは出来ないわ。校長の所に行きましょう」

「まってください、先生。今は言わないで」

「どうしてだよ、苺花さん」

「今言ったら、パパもママもすごく心配するから……せっかくここまで逃げて来られて、仕事も見つかってすごく喜んでいるのに、私のことで悲しませたくない。だから言わないで……」苺花は両手で顔を覆ってすすり泣いている。拓人は、苺花の肩に手をかけた。

「それで、君のご両親が喜ぶとでも思ってるのか? 傷付いてる苺花さんのことを知ったら、一番悲しむのは君のご両親じゃないのか?」

 拓人は、己の事を棚に上げて、よくこんなセリフを吐けるなとは思った。でも、苺花に親への黙秘を思いとどまらせるためなら、自分は多少汚い事をしてもいいと思った。

「どうしよう?」中島が困っていた。

「どうしよう、って先生。ちゃんと説得してくれないと困るよ」

「本当に大丈夫だから、お願い、神崎くん、言わないで」苺花は拓人にすがりついた。

「……」

「……」

 しばらくの沈黙の後、拓人は苺花の肩に手をかけて言った。

「わかったよ……、どうしても言うのがイヤなら、俺が君を守るよ」

「でも……私、神崎くんまで巻き込めないよ」

「あの時、何かあったら俺に言えって、親父が言ってただろ? ――俺、親父に苺花さんを守ってやれって言われてるんだ。だからさ」

「うぅ……ん」苺花は困惑していた。

「私も乗りかかった船だし、いつでもここに逃げてきていいわよ。それに、この男子はめちゃくちゃ丈夫だから、多少痛めつけられても全然大丈夫よ!」中島も援護射撃を始めた。

「そうそう、俺も親父も、丈夫なのだけが取り柄だからな。安心していいよ。な?」

 拓人は努めて明るく語りかけた。

 今はとにかく、少しでもいじめの被害を減らしたい、その一心だった。

「えーっと……、じゃぁ、、おねがいします」

 苺花は拓人の顔を見て、苦笑いをした。


 保健室での治療を終え、拓人と苺花は二年生の教室のある階に戻ってきた。そろそろ昼休みも終わりに近く、生徒たちがどんどんと教室に吸い込まれていく。

 拓人と苺花の教室の間には二部屋あった。

 二神A~C組、その次が二魔A組、という具合だ。

 ちなみに、若干数ながら人間の子女もこの学園に通っている。

 この場合は人外の親の養子というケースがほとんどでトラブルを回避するために、扶養者の種族にかかわらず、おおむね神族クラスに編入される。


「教室まで送っていく。俺が君についてるって見せつければ、多少は手も緩む……と思う」

(それに、こちらにある程度矛先が向いてくれればしめたものだし……)

「うん……」苺花は不安そうだった。

「俺に標的タゲが多少でも移れば……って思ってる。任せろ、なんて言えないけど、少しでも盾になれれば、ってさ。ちょっとキザだったかな」

 拓人は苺花を気遣って、笑顔を作った。

「ありがとう。まだ友達にもなってないのに」

「もう友達だろ、俺ら。それに、ここは元々俺のために作られた学園だから、学園の生徒なら、俺が守ってもおかしくないだろ?」

「え~、よくわかんないよ、その理屈」

「なんでもいいよ。誰かを守る、って事には他の理由なんかいらないって、親父がよく言ってる。俺もそう思ってるから、気にしなくていいよ」

「……うん。

 私、もっと早く神崎くんに会いたかった……」

 今までのつらかった生活が思い出され、うっすらと涙を浮かべる苺花。


「さて、着いちゃった。俺、ドア開けるよ。いいね?」

 少し緊張した面持ちで苺花に問いかける。

「うん」

 拓人は、二魔A組の教室のドアを勢いよく開けた。

 室内の生徒が一斉に拓人の方を向き、幾人かは鋭い視線を投げつけてきた。

 拓人も同様に強い視線を室内に撒いた。

「彼女に用があるなら、俺を通してくれ。ナンボでも相手してやるから」

 そう言い放つと、苺花を部屋に入れた。

「はぁ? クソボンボンが言いたいこと言ってんな。いつからお前等付き合ってんだよ」 見るからに柄の悪い男子生徒が突っかかってきた。

「べつに。ただ、神魔不可侵であるこの街で、好き勝手されるのが気に入らないだけだ」

「ご立派な理屈だな。さすがは創設者の息子、といったところか? 純血でもない者が、指導者面してえらそうな口をきく」

「そんなこと関係ない。純血じゃない奴なんか、ここにはいくらでもいるじゃないか」

「確かにいくらでも、な。しかし、そういうのに上の立場に立たれるとイラっとくんだよ。そういうの、お前には分からねえだろうな……」

 そういうと金髪の生徒――立花はバタフライナイフを苺花に向けて投げた。そのまま苺花に当たるかと思いきや、拓人の差し出した腕に深く刺さった。

「ぐっ……」拓人の顔が歪む。

「ほう、大したナイト様っぷりだな。」

「わざとだろ」

「まぁな。だだし時間切れだ。そろそろお前の教室に帰りな」

 五時間目の教諭が、拓人の後ろで入室のタイミングを測りかねていた。

 それを眺め、立花は腕組をして余裕を見せている。

 拓人は腕のナイフを抜き取ると、そのまま立花に投げ返した。

 制服に血が滲み、木の床に紅い血溜まりが出来ていた。

「神崎くん……」苺花はオロオロしている。

「すぐ治る。じゃあね、苺花さん」拓人は傷を押さえながら教室を出て行った。


 拓人は保健室に逆戻りし、簡単な手当を受けて、午後の授業に若干遅れて出席した。

 隣の席の加藤が、心配そうに小声で話しかけてきた。

「おい……その怪我どうしたんだよ。だれかにやられたのか?」

 拓人の血に染まった上着と赤く滲んだ腕の包帯から、普段の拓人に対する周囲の単なる嫌がらせとは、大きく異なる事態が起こっていると、そう加藤は理解した。

「ちょっとな。すぐ治るから問題ない」

 確かに、彼の言が正しいことも加藤は知っていた。しかし――。

「いくらすぐ治るからってお前……なんでもかんでもやられっぱなしってどうなんだよ」

「別にやられっぱなしってわけじゃ」

「そんなんだから、周りがどんどん調子乗ってそんな事――刃傷沙汰にんじょうざたになるんじゃないのか?」

「いいんだよ、別に。それで助かる人がいるなら、俺がかぶって済む事なら、なんぼでもかぶるさ」拓人は包帯の上から、傷をさすっている。

「何があった? お前」加藤は、ますますこの親友の身の上が心配になってきた。

「大したことじゃない……」

「オマエ、自己犠牲も結構だが、行き過ぎると自虐だぞ」

「余計なお世話だ」

 机の上に突っ伏し、ぐったりとする。


     ***


 五時間目が終わると、拓人はそそくさと苺花を迎えに行こうと廊下に出たが、なぜか加藤までくっついて来た。

「おい、お前までついて来ると巻き込まれるぞ。帰れ」

 拓人は数少ない友人の加藤を気遣った。彼はケガのせいで、カバンや大量の学術書を、片手で重そうに下げている。いくら丈夫で傷がすぐ治るとはいえ、彼は父よりも再生速度が遅い。痛みのまだ引かない腕を、上着の袖に通さずぶらりと下げている。

「何一人で抱え込んでんだよ、俺とお前の仲じゃんかよ。それに、これでも俺は曲がりなりにも神族なんだぜ? 大ケガしてまで何かを守っているお前を、放置しておけるかよ。ま、人間だったとしても同じことしてるだろうけどな。ハハハ」

 そう言うと、拓人と肩を組んだ。

「だけどなぁ……、本当に状況がやっかいなんだよ。お前を巻き込みたくないんだ。おとなしく帰ってくれよ」困り顔で説得を試みる拓人。

「いーやーだ。それにこの話しって、あの美人転校生がらみだったりすんじゃねえのか? ひとりでカッコつけようなんてずりいぞ、お前。俺にも一枚咬ませろよ」

 ニヤリと笑う加藤。

「しょうがないなぁ………………。

 俺、余裕ねえから、お前は自分の身は自分で守れよ。いいか?」

「たりめぇだ。じゃ、いこうぜ!」加藤は大仰にグーを高く突き上げる。

「どこに?」

「さあ? さっさと案内しろよ!」

「え~……いい加減なヤツだなぁ、お前」


 意気揚々と歩く加藤を渋々伴って、拓人は苺花のいる教室までやってきた。

 教室を覗くと、苺花はカバンの中に教科書を詰めているところだった。拓人は開け放たれた教室のドアから顔を出し、小さく手を挙げて苺花に合図をした。彼女も小さく頷いた。その脇から、加藤も教室を覗き込んだ。若干、野次やゴミが飛んできたがこれといった実害はなかった。

「ちょっとクールな感じだけど、可愛いよなぁ」

「うん。ちょっと好みかも」

「だよな、お前女教師物とか、うぷ」性癖を暴露されそうになり、拓人は慌てて加藤の口を塞いだ。どうやら彼の性癖は年の割りにオヤジっぽいらしい。

「おまたせ」かばんを下げた苺花が廊下にやってきた。拓人の腕の包帯に気づいて、悲しげな顔になった。

「気にするな、行こう」

 苺花を顎で促し、廊下に出ると、拓人は彼女のやや斜め後ろに位置を取って歩いた。

「おい、加藤、彼女挟んで俺と同じように歩け」

「うい」

 拓人は、父から聞きかじったボディーガードの要領で、苺花をサポートする算段だった。


 とりあえず、下駄箱までは何事もなく行くことが出来た。

「苺花さん、俺、家まで送るからね」靴の踵に指を突っ込みながら拓人が言った。

「俺も俺もー」加藤がはしゃぎながら手を振っている。

「済みません……」申し訳なさそうな顔をする苺花。

「親父と約束してるし」そう言いながら、拓人は目が泳いでいる。どうやら、本音はそれだけでもなくなってきたらしい。

「約束……ですか」ふと、残念そうな顔になる苺花。

 出入り口からキョロキョロ表を見ている加藤。不審者でも探しているのだが、当人が不審者に見えてくる。

「よし、危なそうなのはいないぜ! いこう。苺花さん!」加藤は二人の所に戻ってきた。

「お前まで名前で呼ぶ気かよ? 高塚さんって言えー」拓人は微妙にイラっとした口調だ。

「あの、どっちでもいいですよ。気にしませんから……」そういいつつも、苺花は拓人の言いぐさが嬉しかったようだった。

「そういや苺花さんに名乗ってなかったな。俺、こいつの親友の加藤雅まさし。よろしくぅ!」そう言って、拓人の肩を叩いた。

「ぎゃっ! ………………つつつ……ぅ。」

 どうやら、加藤が叩いたのは、拓人がケガをしている側だったようだ。

「きゃっ……。だ、だいじょぶ? 神崎くん」

「てめえ……ワザとやったな?」加藤を思いっきり睨む拓人。

「わり、いやマジで、本当にすまん! 不注意だ。マジで不注意だから!」

 加藤は拓人に手を合わせて拝んでいる。拓人は、すかさず加藤に足払いをして倒し、腹の上を軽く踏みつけた。

「うぁっ、いてて、すまんすまんって、あああ踏むなよ踏むなよ? おいおいおいおい」

 加藤は踏まれつつもなお拝んでいる。

「加藤…………。俺は、『ほとけ』じゃねえんだよ。シャレオツなエーゲギリシャ系なんだっつーの。何度言ったら分かるんだよ、このブッディストめ!」ぷきゅ、っと軽く加藤を踏みつけた。どうやら、加藤はアジア系神族のようだ。

「ぎゃっっす」加藤は短くうめいた。

「うふふふ。仲いいのね、二人とも」苺花が初めて笑った。

「まあな。こいつくらいさ。俺を遠巻きにしないのはさ……、正直有り難いよ」

 そう言いつつ、拓人はごにごにと加藤を優しく踏みつけている。そこはかとなく、父譲りのアホ毛も楽しそうに揺れている。

 と、床の上から懇願する声が聞こえた。

「お願いだから、有り難いと思ってるなら、優しく踏みつけてこね回すのやめてくれよ」

「そう言うなよ、これが俺の愛情表現なんだからさ。やさしくしてるじゃん、十分。ねぇ、苺花さん」へへ、と笑って拓人が言った。

「そろそろ加藤くんを踏むの、やめてあげよう? 私、帰れないし」

 楽しそうに苺花が言った。


     ***


 拓人たち一行は、再び緊張感を持って苺花の自宅へと移動を開始した。その様子を、一抹の不安を持って見守っている人物がいた。


「礼子さん。やっぱり俺の予感、当たったかもしれないよ……」

 理事長室の窓際に立ち、コーヒーをすすりながら、帰宅する息子たちの姿を見つけた神崎は、暗い表情で小さく頭を左右に振った。

「そう、ですか。しかし、教員からは何の連絡もありませんが……」

「そこが一番気になるんだ……。あいつら、絶対に何か隠してる」見る人間が見れば、要人警護のフォームで構内を歩いていることくらい、すぐに分かる。

 しかも、息子は大きな荷物をわざわざ片手で持ち、上着の袖を片方だけ遊ばせている。

 間違いなく、既に何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高い、そう神崎は判断した。

「礼子さん、二魔A組の今朝からの監視カメラの動画を用意、それから担任も呼んで」

「わかりました、理事長」礼子嬢は、理事長席の脇の作業用机でノートPCを開いた。


     ***


 学園から徒歩二十分ほどの場所に、高塚家の新居があった。

 テロが多発するようになってから有人が避難民向けに数棟建てた、ファミリー向けの五十階建て高層住宅だ。

 いずれ転居者が増えることになるだろうという兄の忠告に従って建てたのだが、完成してから1年ほどの間にもう半分くらいの居室が埋まっている。

 着工決定にあたっては、経済力と軍事力で世界の動向に関与するほどの男の言だ、黙って聞いても間違いはない。有人はそう思って着工したのだった。


「おかえりなさい」苺花の母親が、ドアチェーンを外して扉を開けた。未だ警戒心が拭えないようだ。元気そうな娘の姿を見て安堵している。

「ただいまー」そう言う苺花の後ろで、拓人と加藤が会釈をしている。

「あら……たしか、理事長さんの息子さん、それとお友達?」

「こんにちは。じゃ、確かにお送りしましたので失礼します」拓人は母親に頭を下げた。

「まって、せっかく送って頂いたんですしお茶でもいかが?」

「いや……」拓人は傷の事もあって、早く帰りたかった。が、

「頂いていこうよ~、拓人~、なぁ~」

 加藤は、女子の家に上がりたくて仕方がないといった様子だった。

「二人とも、おやつくらい食べていってよ。神崎くんも、加藤くんも上がって?」

 苺花もどことなく名残惜しそうな様子で、二人を誘っている。

「ったく、仕方ねぇなぁ、お前は。……すいません、じゃぁお邪魔します」


 苺花の部屋に通された二人は、慣れない女子の部屋で落ち着かない様子だった。まだ一家はこの街に越して来て間もないので、梱包の解かれていないダンボールがいくつか壁際に積んであった。このタイプの物件は調度品が備え付けなので、あまり女の子らしい印象はなかった。本棚にはあらゆるジャンルの本があり、彼女が読書家であることを教えてくれる。中には、拓人が勉強中の遺伝子工学に関する本もあった。

「苺花さんて、けっこう本好きなの?」拓人が本棚をながめながら声をかけた。

「そうだね……ひとりでいることが多かったから、自然とそうなったって感じかも」

「遺伝子工学とか興味あるの?」

「少しね」

「へぇ……。俺、いずれはそっち方面に進むから、今勉強してんだ」

「そうなんだ~」

 そこへ加藤が面白くなさそうな顔で割り込んできた。

「なんか盛り上がってるじゃん? 俺も混ぜてくれないかの~?」

「お前の頭じゃムリだろ。だいたい物理とか生物とか、理科関係だめだったろ?」

「えーっと……えへへへへ。俺こっちのマンガでも……」

 と、加藤は棚の下の方にあった『鉄腕アトム』を勝手に引っ張り出した。よくよく棚を見てみると、コミック類は手塚治虫の作品が多いようだ。あまり女子高生が好んで読むとは思えず、恐らくは父親の趣味なのだろう。

「へぇ、手塚治虫か、渋いね。俺、ブラックジャックが好きだよ」

「私は、手塚作品の中だと、やっぱりアトムが好き」

「う~ん、俺は古典はあまり手出したことねえなぁ~~」加藤は、早速アトムを棚に戻して、別のマンガを物色している。

「おい加藤、お前には得意なフィールドというものは存在しないのか? せめて手塚治虫の『ブッダ』とか『聖☆おにいさん』『仏ゾーン』『ちびまる子ちゃん』くらいは押さえとけよ、ブッディストなんだからさ。ちょっと違うが、アニメなら『かみちゅ』も見ておけよ。日本人としてな」

「しるかよ!」加藤が噛みついた。

「あははは、でも『かみちゅ』はちょっとあこがれちゃうなー。この街が、あんなかんじだったらいいのになぁ」こうして夢見る少女の顔になると、一層可愛らしさが引き立ってくる。普段は表情がかなり硬いのだろう。

「多分俺の親父も、あんな風に人も神も一緒に仲良く暮らせるような場所に、って思ってここを作ったはずなんだ。はじめはな……」拓人は遠い目をした。

「ところで拓、なんでそんなにサブカル詳しいんだよ。やっぱオタクなのか?」

「神崎くん、オタクなの?」苺花がニヤニヤと拓人を見ている。

「えっ、そんなんじゃ、ないよ……えーっと、理事長が、親父が超のつくオタクなだけで、俺は英才教育を受けさせられてただけで……あ、だから違うんだってば。あ、苺花さんまで、俺をそんな目で見るなぁ……」アホ毛がたらりと垂れ下がり、がっくりとうなだれる拓人。

 三人が漫画談義に花を咲かせていたとき、苺花の母親がお茶とケーキを持ってきた。

「なんか楽しそうね。苺花があんなに笑ってるの聞くの久しぶりだわ。ゆっくりしてってね」母親も、喜んでいるようだ。

 拓人は、この一家の置かれた状況を考えると胸が痛んだが、今まで、外の街でつらい思いをしてきた苺花とこの家族の役に少しでも立ちたい、そう考えていた。

 母親が出て行くと、苺花がクッションを抱えてベッドの上に座った。気づくと、また少し物憂げな表情に戻っていた。

「二人とも、絶対に言わないでね……あのこと」

「分かってる。でも……限度はあるから。なんとか解決させる方向には頑張ってみるけど、俺もどこまで守れるか正直わからない。俺に出来る事を超えるようなら、そのときは許してほしい」拓人は真剣な眼差しで苺花を見つめた。

「俺も協力するからさ。……だから、もうちょい状況を詳しく教えてくれねぇかな」

「それもそうか。お前に説明すんの忘れてたよ」

「おいおい……」

 拓人は、手短に一家の置かれた状況と、父の見解を合わせて説明した。日頃バカばかりしている加藤でも、さすがに真剣にならざるを得なかった。

「確かにやっかいだな。それにしても、初日からそれって、ちょっとおかしくないか?」

「というと?」

「いくら奴らの柄が悪いからって、どうもやりすぎな気がするんだよ。うーん……なんちゅうかうまく言えないんだが、高塚さんがさ、『最初から狙われてた』的に思えないか?」

「え? まさか。昨日転入して、今日登校初日だぜ? なんでだよ」

「そんなのわかんないよ、俺だって」

「うーん……仏的にもわからねえか。不便だな、お前」

「丈夫なだけのお前に言われたくねえよ! このボンボンめ!」

「うるせえな! ボンボン言うな」拓人が加藤の頭をどついた。

「ちょっと家の中で暴れないでよーー」苺花が二人の間に割って入った。


 ひとしきり女子の部屋を堪能した二人は、日暮れ前に退散することにした。

「苺花さん、朝迎えに来るから。一人で登校しないでくれ」玄関先で拓人が言った。

「わかった。まってるね、拓人くん」苺花は満面の笑みで拓人を見た。

「たく……と……く」

 急に名前を呼ばれて、拓人はどぎまぎしてしまった。左右に目が泳いでいる。

「あ、ごめん。なれなれしかった……かな」

 視線を外して、恥ずかしそうに髪の毛をいじっている。

「いや、そんなことは。全然。大丈夫。うん、それでいいです。じゃ、明日」

 赤面しているのを悟られないように、そそくさと去って行った。

「あ、じゃ、俺は朝は家の用事あるから来られないけど、帰りは付き合うから! じゃあまた明日!」

 藤は苺花に手を振ると、拓人を追ってエレベーターホールに向かって駆けていった。

 二人を見送った苺花は、そのままエレベーターホールの方を見つめていた。

「拓人……くん、か。明日が待ち遠しいな……」そう呟くと、家の中に入っていった。


     ***


「神崎と加藤の二人が、マンションから出てきたよ」

 苺花の家のマンション近くから、二人を監視する女が一人。

 白波学園高等部の制服を着ており、携帯で誰かと話している。


『……分かった。今日はもういい、引き上げろ』

「はーい」パチンと携帯を閉じると、女はバイクで去っていった。


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