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プロローグ

 202×年

 神奈川県南西部・白波しらなみ学園都市。

 ここは『神魔不可侵』を掲げた中立地帯。

 現代日本で人間の狭間に紛れて暮らす、神族や魔族などの人外たちが住んでいる街だ。

 はじめは、ある神族の男が己の息子のために造った、平和な理想郷だった。

 しかし今は『人外を標的にしたテロ』から逃れた者達の悲しいシェルターと化していた。



■昼休み・白波しらなみ学園高等部校舎屋上■


 高等部2年神A組神崎拓人たくとは、暖かい屋上で母お手製の弁当を一人で食べていた。

 教室では疎外感を感じて居心地が悪く、雨の日以外はいつもここで昼食を取っていた。たまに理事長である父、神崎有人あるとに渋々付き合って一緒に理事長室で食べることもあったが、そういう時は後で級友に何を言われるかわからないので、誰にも見つからないように、遠回りをして理事長室に行くのが常だった。


 常々彼は、理事長の息子という事でやっかまれ、また、理事長の息子でありながら半神ハーフゴッドである事で蔑まれていた。結局、二重の理由で中傷されていたのだが、彼は親を心配させたくなかったので、自分から言うことはなかった。

 母親のうららはもともと人間だったが、父親と結婚後神族に迎え入れられた。そのため厳密に言えば拓人は半神はんしんではないのだが、純血種の者から見れば母子共々侮蔑の対象には違いなかった。


(そういや、今日は転校生が来るって、朝飯のときに親父が言ってたっけ……)

 食事を終えた拓人は、屋上から二つ隣の棟にある理事長室の窓を覗き込んだ。どうやら、現在来客があるようだ。さらに彼は手すりから身を乗り出した。

(ん。あれって、今朝言ってた転校生かな?)

 窓の奥に、同年代くらいの少女の姿を見つけた彼は、直接その子の顔が見てみたくなって、普段は通らない直線コースで理事長室まで駆けていった。



■昼休み・理事長室■


 理事長室は温室のようにぽかぽかとして、昼寝にはうってつけだった。ソファーの上では、この部屋の主が萌え絵のついた抱き枕を抱いて、惰眠を貪っている。彼は、もうすぐ来客だというのに、アホ毛をぷらぷらさせ、よだれを垂らして寝こけていた。


「理事長? 神崎理事長? そろそろ起きてくださいよ」

 ……秘書の礼子嬢の声が聞こえる。芳しいコーヒーの薫りも漂ってくる。恐らく目覚ましに。と彼女がいれてくれたものだろう。

「ん。……あ、もう……時間?」

 理事長と呼ばれたよわい25ほどの男は、だるそうにシャツの袖でよだれをごしごしと拭いて、ソファのアームレストに掛けてあった背広に袖を通した。

「はいはい、しゃっきりしてくださいよ理事長、みっともない。枕は隣の部屋で干しておきますから、日が落ちないうちに自分で回収しといて下さいね」

 いかにもキャリアウーマン、といった風情の礼子嬢に、子供にでも言い聞かせるかのようにたしなめられる。まぁ、いつものことだと彼は思った。だらしない自分のせいで、彼女に手間ばかりかけている事を、ちょっとだけ反省する。


 部屋の奥に据えられた木製の大きな机は、いわゆるエグゼクティブデスクと呼ばれるもので、理事長室の雰囲気を演出するのには役立っている。しかし、広くて淋しすぎる机上を持て余した彼は、ついつい美少女フィギュアや超合金、プライズのぬいぐるみなどで飾りつけてしまう。そして、翌朝には礼子嬢に片付けられる、という事を何度も懲りずに繰り返している。オタクな彼にとって、この部屋はちょっと居心地の悪い場所だった。

「えーっと……今日は転校生が来るんだっけ。面倒だなぁ、こういうの」

 神崎は、革張りの椅子に座り、転入関係の書類を大きな封筒からごそごそ取り出して、ナナメ読みをしている。

「仕方ないじゃないですか。校長も教頭も出かけているんですから。たまにはちゃんと仕事してくださいよ、有人あるとさん?」礼子嬢は、ソファーの上から抱き枕を掴み上げ、小脇に抱えた。

「礼子さん、学校でその呼び方するのヤメて。誰かに勘違いされたら困るし。それにさ、もう戦争は終わったんだからさ。 ……まあ、キミとは全然そういう気は起こらないけどさ」ちらり、と礼子を見る神崎。

 カップを手に取る指には、彼お手製のマリッジリングが光っている。

「奥さんとラブラブですもんねぇ、はいはいごちそうさま」と、礼子はすたすたと隣の秘書室へと歩いていった。

     ◇

『理事長』と呼ばれるには若すぎ、秀麗さをだらしなさで台無しにしているこの男の名は、神崎有人かんざきあるとという。かつてGSSグリフォンセキュリティサービス社の傭兵派遣部門で、最高軍事顧問兼特A級傭兵として世界を駆け回っていた経歴の持ち主だ。そんな荒んだ生活を送っていた神埼が、人間の女性との結婚を機にGSS社を退社をした。その後、神埼夫婦が儲けた子供が、ひとりっ子の拓人だった。


 非公式的に政府に認められた存在ではあるものの、人外が普通の人間社会で生きるには未だ強い風当たりも多く、神埼は息子の行く末に不安を抱いた。そのため、彼は兄に多大な借金をして作ったのがこの理想郷、白波学園都市である。神埼のちかごろの日課は、白波学園の理事長として、まったりと息子の成長を眺めて暮らすことだった。

 周囲三方を山が囲み、南に開けた一方には、大きな人工の入り江と港がある。そして海上には、こじんまりとした空港もあった。学園都市製作にあたり若干の地形の操作は行ったものの、防衛的見地からも、地脈上、風水上も万全の立地にこの学園都市はあった。


 理事長としての神埼の種族は、表向き『戦神』ということになっている。

 そう彼の名刺に刷ってある。しかし、実際には『創造神』が本当の肩書きで、戦神はオマケのようなものだった。

 彼の持つ『創造神』としての職能は、主に生物を創造するいわゆる「バイテク系」の技術だが、創造職に付帯して彫刻や鍛冶、細工物の技術にも特化しており、『神の武器』が作れる数少ない『創造神』だ。

 しかし、『この街の創設者として、通りの良い方にしろ』、という『創造神』であり師匠でもある兄の言う通りにした結果、不本意ながらこんな肩書きになったというわけだ。


 戦神として三流な神崎は、寿命がないのを利用して、大変な努力と時間をかけて数多くの戦闘技術や知識を蓄積し、後天的に戦神としての能力をある程度高める事ができた。

 とりあえず、傭兵稼業をするぶんには無敵になったのだが、正直戦神としてのナチュラルな強さはやはり本職に遠く及ばなかった。

 彼の力は、現代兵器や、自ら作り出す「神の武器」との合わせ技で、なんとか本職に追いつける程度だった。

     ◇

「転校生の女の子は、高等部の2年魔A組に編入、ってなってるけどいいのかな? これ。下手すると、性格歪んじゃうかもだよ、この子……」理事長は資料の束を爪で弾いた。

「と、言いますと?」

「この子の両親、神族と魔族なんでしょ? 当人そんなにスレてなかったら、けっこうツライかんじになりそうなんだけどね……。有り体に言ってしまえば、いじめられる、ってことだ。まったく、どえらいレアケースが来ちゃったもんだなぁ。どうするよ、これ。」

「どうもこうも、親御さんのご希望じゃないですか。」

「でもね、俺、一応これでも教育者の端くれなわけでさ、彼女が心配なんだよね。」

「はぁ、人間の私にはちょっと分かりかねるのですが……」礼子嬢は、タイトスカートのすそを引っ張りつつ、苦笑いをしている。

「ふーーーむ。校長も教頭もいないなんて、どうなのよこの状況。誰にも相談できないじゃん。……もしかして、俺って試されてる?」神崎は、資料の束をダブルクリップで留め直して、書類受けの中に放り込んだ。

「ま、いいけどさ。ここは俺が好きで作った場所なんだ。みんなで仲良くいてくれるなら、誰でもウエルカム。万一何かあれば、俺が全部被ればいい」

 そうつぶやいて、少し冷めたコーヒーを胃の腑に流し込んだ。

「礼子さん、次ミルク多めでお願いします」

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